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キューピー列伝④「奥義会得」


 八幡さまの弓修行の日課はこうである.

朝は4時に起床.冬でも夏でも井戸の水を浴びて体を清める.

屋敷と道場を隅から隅まで、雑巾で掃除.それから神社の境内を抜けて由比ヶ浜までランニング.江ノ島を回ってまた戻ってきて、座禅である.

それから朝ごはん.お粥のご飯と味噌汁と、たくあんだけである.修行僧のそれを想像してほしい.

 食後、休む間もなく、座学である.弓矢を使うものの心がけ、武人に必要な教養、道徳、基礎知識をみっちりと叩き込まれる.10時を過ぎる頃から、弓道場か、馬場で、射的の練習である.初めは弓の持ち方、構え方から教わるが、1回か2回、お師匠の八幡様の手本を見て、後は見様見真似である.あまり懇切丁寧でないのは、アルテミスと同じである.しかし、何度もやって、いいや、とかダメとかその都度首を横に振ってくれるから、あ、またダメかとわかる.それで何百回目にやっと、うんと頷いてO Kをもらえると、奥義を会得する楽しみ、嬉しさを実感できるが、その日でダメなことは何日もかけてやっと「うむ」をもらえることもあるから厳しい修行であることに変わりはない.師匠には、邪念を見透かされただけで「喝―つ!」である.その後は、岩の上で座禅、ならまだいい方で、正座をさせられると、欧州出身の彼には大変な罰である.自然と雑念は振り払われ、修行の効果がメキメキを現れる.日ごとに謝一郎の弓の腕は上がっていくのだった.

 師匠の罰は時に腕立てのこともあるし、由比ヶ浜まで10往復のランニングのこともある.夏でも冬でも飲水厳禁、汗だくなって、熱中症の危険が迫っている時も容赦はない.しかし彼らは永遠の魂を持つ神々なので、その辺は大丈夫、死ぬ心配はない.そう、愛染家の保護者は、子供が水も飲ませてもらえずにヒーヒー言っているのを見ても怒らない.「この教育は行きすぎたシゴキです、学校に厳重に抗議いたします」、なんて半狂乱で怒鳴り込むような恥ずかしいことはしない.日傘さして麦茶飲みながら涼しい顔で見ているだけである.子供の命より、心配なのは日差しが強くて日焼けをしないかということだけである.神様の子育ては楽、だと言って良い.何をしても自分の子供は死なないから.海丸くんもほぼ謝一郎と同じカリキュラムをこなしている.だから弓の腕はもちろん上がった.それ以上に後にこの時の修行が彼の精神面、身体面、生活の全般に非常に役に立ったのだ.

 洋弓と違って和弓の場合、的に向かって立ち、構えて矢を番えて引き絞り、放つまでの方がわかると、結構的に当たるようになる(読者に弓道やっている人がいて違うとしたらごめんなさい)問題は乗馬のままで的に当てる流鏑馬だ.これまで馬にはあまり乗ったことがないし.弓をとって、矢をつがえて狙って、射て、的に当てるという動作は、スピードかつ正確さが要求される.この道場に来た時は全くダメだった.謝一郎も厳しい修行のうちに、馬で駆け抜け抜ける間に矢を番えて、まとを打つことができるようになってきた.まだ的には当たらないが.この高難度の武術を儀式として歴史の遺産としのこし、その前に技術を完成し、洗練させた鎌倉武士は恐るべしである.


「奥義、会得」


 謝一郎の流鏑馬の技術は少しずつ上がった.ある時、彼の前を颯爽とした、若武者が走り抜けた.流鏑馬は10回のうち、9回までは的を打ち抜くというこの道の上手である.乗馬のまま戻ってきた、武者は謝一郎と海丸、愛染の母さんに話しかける.「その方らもきておったのか?」

その若武者は、女で、しかもなんとアルテミスであった.「ええ、アルテミス!」みんなが腰を抜かしそうになった.

「キューピー、ちゃんと基本を教えてもらったか?基本がわかって仕舞えば、みてろ、私の後からやってみろ」

またアルテミスは馬でかけ始めた.次も九発当てた.謝一郎は、なんかできそうな気がしてきた.

「はい!」と馬を走らせて、うった.10個のまとのうち、なんと3個のマトを射落とした.次も、そのまた次も、落とせるマトの数は増えた.10個のうちのマトを5つまでは落とせるようになっていた.アルテミスが走る時はその動きを凝視する.彼女の動きが、ある時止まって見えた.


「わかった!」謝一郎は、叫んでいた.

「うん、会得したの、謝一郎」物陰から見ていたのは八幡様であった.


 いよいよ、修了試験である.流鏑馬の的、10個のうち、6つをいぬけば合格である.命がけの戦で、6割でいいのか?9割くらい欲しいところであると思うのはど素人である.戦とは、相手もいる話である.半分以上の確率で的をいぬければ、勝つ確率の方が大きいというのが八幡さまの理論である.今の日本の医師国家試験は、最近基準が変わったらしいので一概には言えないらしい.なんでも最近は必須問題では80%正解を要求されるらしい.99.9%というのは日本の検察が起訴した場合の有罪率である.驚異的な有罪率であると思うかもしれないが実はこれは違う.検察は有罪にできると思わない例は、不起訴にすることができて、さらに不起訴の理由を言わない.「不起訴処分となりました.理由の説明はありませんでした」とよくニュースで言ってるのを聞いたことはなかろうか.不起訴の理由、「有罪にする自信がない」から起訴しないのだ、では皆納得しないだろう.だから理由は言わない.起訴された被告、有罪にならない可能性が、0.1%.その可能性にかけてみましょうというドラマがあった.松本潤くんが出ていたドラマである.刑事裁判の仕組みがわからないと理解がむづかしいかもしれない.


 アルテミス、日本では「巴御前」と呼ばれる彼女が謝一郎の前に走った.

10発中9発命中.お師匠の八幡様は「うん!」と満足げに大きく頷いた.

いよいよ、謝一郎の番である.「はい!」と掛け声をかけて馬を駆る.すっかり立派な若武者になった彼は、至って平常心である.修行の初めの頃、馬を走らせている時にはよく見えなかった、的が今では止まって見える.一つ一つ、丁寧に射る、邪念を排除して、それこそ「心を込めて撃つ」その余裕が今の彼にはある.10個の的を全部射落とした.「おおー」皆は感嘆と称賛の声をあげる.しかし、お師匠はなぜか怖い顔をして、いる.巴御前の時の大きく「うーん」頷いたのが、謝一郎の時にはなかった.


「謝一郎、大人になる」


 いよいよ修了免状の授与式である.

最後から2番目に呼ばれたのは、巴御前である.「巴御前、右のもの、所定の過程を修めたにより、免許皆伝、師範を命ず」

 最後に呼ばれた、のは、謝一郎である、「愛染謝一郎、右のもの、所定の過程を修めたにより、免許皆伝.師範代を命ず」

おー、巴よりマトを多く当てた、謝一郎が師範代だった.

八幡様がいう.「謝一郎、なぜお前より、巴が、上かわかるか?」

お師匠さまの教えはこうである.

「お前は神の子である.幼き時より、弓矢に親しみ、素養もある.しかし、基本が全然なっておらん.そこで、鬼丸のじじいがわしのところに送ってよこした.基本をみっちり教えてくれとな.わしはその方に基本を教えた.基本をのみ教えた.他は何も教えておらん.なんのことはない、お主、巴のやることをそっくりまねることができるではないか.わしも驚いた.その方は、わしの弟子の中で、第一である.師範代、というのは今後も励めという意味じゃ」周りからまた歓声が起こった.

 

 八幡さまの免許皆伝、しかも弟子の中で1番のお墨付きをもらって、すっかり立派になった、愛染謝一郎は、万魔殿別館に凱旋である.


「あの、どちらさまで?」はるなは最初わからなかった.背も高くなって、無骨な面構え、すっかり大人になった謝一郎がそこにはいた.謝一郎はるなに感謝のハグをした.しかし子供の頃のようなモヤモヤとした気持ち、今は感じない.

大人になって彼ははるなから卒業したようだ.


「家業の繁栄」


 長男の成長を見届けた後、愛染の母さん、次の子供を授かった.神話にいう、キューピーは弟がいないうちは大人になれない.いつまでも子供の格好のままである.思い悩んだ、母はキューピーの弟を産んだ.アンテロスという.しかし実は逆かもしれない.一人息子のキューピーを立派に育て上げてから、次の子を、と思ったのかもしれない.恋愛から妊娠出産、子育てまで、「母親」であることのプロである、彼女の選択である. アンテロスは、兄の盲目的な矢で片想い、に悩むものの救いである.相手にその矢を放つと両思いになるという.或いは、不合理な恋愛感情をキャンセルする働きがある、のだろうか?複雑なのが惚れたはれたはむづかしいということだろう.

 母が始めた、結婚相談所、社長が母、副社長都営業部長が、長男謝一郎、大きくなった弟も、会社を手伝い、業績はますます繁盛した、という話である.


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