「クビが痛い・・・」上位頚椎にまつわる話
「昨夜見た夢、なんか変な夢でした.」
海丸くんとルシフェルを相手に、ドクトルが話をする.
どんな夢?と海丸くんが聞く.
「夢の中で、クビが痛くなる病気を、はるなさんがまとめてくれて、ちょっと手直しするだけで、投稿できるような形になっているのです.あとは、何例か症例を書き加えて、文章をちょっと整えればいいだけ、みたいな・・・」
「ほお・・・」ルシフェルも興味を示す.
「それでどんなストーリーなんだい?」
「それが、夢の中、ストーリーの流れ、どんな話かと言うことをすっかり忘れているのです.そして、覚醒してから、クビが痛くなる病気とか、上位頚椎の外傷のことなど、昔経験した例が次々と思い出されて、それをまとめてみようと思ったのです」
ドクトルの昔話である.
「救急で運ばれてきた患者がいました.後頭部から、クビが痛くて、頭を動かせない、とのことで救急車で来られました.」
「まあ、脳外科にはよくある患者かもね」
「70代くらいの女性だったと思います.何日か前から痛かったようです.37度台後半くらいの熱がありました.その病院は救急車が来ると、まず、救急室を兼ねた、CT室に収容します.そして問診をとって、診察してから、すぐにCTを撮影すると言う形でした」
ドクトルが続けて言うには、大学病院にいた頃、神経放射線の偉い先生(脳外科出身で、CT,MRIが普及する前から、脳血管撮影で、神経画像診断一筋に仕事をしてこられた先生でした・・・)には、頭痛の頭部CTを撮るときには必ず、環椎(アトラス、と言う名前の割に華奢な感じの骨です)・軸椎(アトラスよりも、なんかゴツい感じの骨です、人の頚椎の骨では最大です)の歯状突起をとるように!と教えられてきました.大学の時にはドクトルにはその意味がよく理解できなかったらしい.
「微熱、後頭部から頸部の痛み、すぐにCTを取ると、環椎横靭帯という、軸椎の歯突起を固定する、靭帯が石灰化して、白く写っていました.もちろん脳の異常は何もありません.患者さんを仰臥位から起こしてみますと、怪獣ジャミラみたいな格好で、首を動かして横が向けません、ちょっとでも動かすとすごく痛がります.振り向く時は、すぼめた肩と体幹を一緒に動かさないと振り向けないような状態です.
頭部から上部頚椎の写真、その数日前に本で見た、この関節の儀痛風、つまり、crowned dens syndromeだ、と考えて、その場で、ロキソニンと、胃薬を内服させたところ、午前中に搬送されてきた人でしたが、入院して、昼ごはんの頃には、痛みが劇的によくなって、普通に首を動かして、ご飯を食べれるようになっていました.」
内科の雑誌か、総合診療の本を見て、勉強してその病気のことを知って、初めてみた実際の患者さんが、実に典型的な例で、この病気のことは、絶対忘れないと思って、待ち構えていたのですが.その後、ここまで典型的な患者はパタリと見かけなくなりました.他の先生が担当の患者でそれらしいのは、何度か見かけましたが・・・中には、腰椎穿刺をされて、髄膜炎の精査をされていたなんてこともあったようです.」
「まあ、頭痛がって、熱がで出て、後部硬直もあって、髄膜炎、まず疑うかもね.頭部CTで、くも膜下出血等の器質的な疾患がなくて、さらに微熱があるとなるとね.脳外科にしても神経内科にしても次はルンバールってなるだろうかね・・・」ルシフェルの考えである.
「でも脳脊髄液、取る時、腰に針刺すのでしょ?なんか自分だったらやめてくれ、って感じの気がしますが・・・」初めて、発言した、海丸君である.
「そうですね、できたら、やりたくない、検査ですね・・・」ドクトルも同意である.
ドクトルの昔語りは続く.
「後頭骨から、環椎・軸椎骨がらみの例は、ほとんどが外傷が多かったです.」
海丸もルシフェルも静かに耳を傾ける.
「1990年台半ば頃、田舎の病院、常勤の医者が全部で20人ちょっとくらいしかいないところでした.脳外科と整形外科が稼ぎ頭、といってもそれぞれ、2人しか常勤以外ない.麻酔科の常勤医はいない、だから手術の麻酔は自分でかけた・・・そんな病院で、外傷の患者で、軸椎骨の歯突起の骨折の患者さんがこられたことがありました.脳外科、初診だったか、整形が初診だったか忘れたのですが・・・」
「その例では術前に、フィラデルフィアで頸部をガッチリ固定したかもしれません.外固定にハロー・ベストを使ったかもしれません.その辺の記憶は曖昧です.その後整形外科の先生が固定の手術をしてくれたと思います.
なんと、まだ3DCTで、骨と血管の合成の画像を作れない時代、その整形外科の先生は、trans articular fixation(いわゆる Magerlの手術)を手術場にある簡単なCアームのレントゲンモニターだけ使って、いともあっさりとやってのけていたのです!」
私が卒業した大学の教育ではまだ、脊椎脊髄外科は脳外科よりも整形外科が主流のところでしたが・・・・
(欧米では、脊椎脊髄外科は脳神経外科が主流、脳外科の手術のかなりの部分を脊髄外科が閉めますが、日本では、整形外科の先生が脊髄外科をされる場合が多いです)
「術後の写真を見せてもらいましたが、軸椎のlateral mass から刺入したスクリューは寸分過たずに、環椎のlateral massに刺さり、椎骨動脈の損傷等のトラブルもないようでした.患者は元気に帰られたそうです.」
「今では術前に血管の情報も含めた、詳細な3DCTAとか、ナビゲーションなんかを駆使して手術するのでしょ?」お、さすが海丸君、なかなか勉強している.
「そうなんですよね、あの整形外科の先生、ほんとにすごい先生で、自分でナイフで、手首の先を骨が見えるまでバッサリ切った統合失調症の患者さんいたのですが、その肩の血管やら、神経、筋肉に腱、あっという間に顕微鏡使って縫い合わせていましたから・・・専門がなんと手の外科の先生で、それで、Magerlの手術・・・神がかり的な先生だったのですね、今から思うと・・・」
「それでね、次に出張したある地方都市の中核病院で、急性硬膜外血腫の手術をした、60台くらいでしょうか、男性の患者さん、頭の手術はうまくいって、動かしてもいいでしょうということになったのですが、なんか首を痛がって、この人も「ジャミラ」みたいな首と肩の括弧で、振り返る時には、体ごろゆっくり向きを変えるということしかできなかったのです.なんかおかしいと、頚椎のレントゲンを取ったところ、軸椎歯状突起の骨折でした.数ヶ月、フィラデルフィア固定という治療方針を部長を取ったようですが、その後はどうなったのか、わかりません.
さらにこれも、地方の中核病院でのことです.
「交通事故で、搬送時すでに心肺停止状態、頭部CTでは、頭蓋内は大丈夫、らしかったのですが、後頭骨・環椎脱臼で死因は、延髄から上位頸髄の損傷のようでした.警察にはそのように話したはずで、死亡診断書には、「後頭骨・環椎脱臼、頸髄損傷」とかいたのですが、翌日の新聞には死因は「脳挫傷」とだけ書かれていました.後頭骨と環椎骨の脱臼やら、上位頸髄の損傷が死因ということは担当のお巡りさん、理解できなかったのでしょうか・・・・」
「上位頚椎、結構怖いことが多いので、あまり経験をしないですむ現在の環境は気持ち的に平穏でいいかもしれません.生涯現役を名乗れない寂しさはありますが・・・」
ドクトルの正直な感想、かもしれない.




