キューピー列伝③「南無八幡大菩薩」
融通無碍
弓矢の道を志すものの守るべき心がけをあらわす四字熟語
東京から鎌倉に行くのは東京駅から横須賀線に乗るのが一番、便利なようなので、キューピーはついてくるなというのについてきた、母親と海丸くんをちょっと迷惑に思いながら、一緒に逗子行きの電車に乗った.この路線は武蔵小杉経由らしい.でもなんであの路線はわざわざ武蔵小杉に遠回りして、品川から横浜に一直線に進まないのだろう、と皆もきっと思ったかもしれない.まあそれはどおでもいい.
一向は鎌倉で降りて、鶴岡八幡宮に徒歩で向かった.神様のお住まいは人からは見えないところにある.どこから、どのように行けば辿り着けるかは人には分からない.八幡様の屋敷の門まで辿りついて、案内をこうた.日本のこういうおうちに到着したとき、ごめんくださいではない.「タノモー」というのである.すると、下僕のお爺さんが出てきて、
「どちらさま?」
「私、鬼丸厳一郎の紹介にて、弓矢の道をご指南いただきたく、まかりこしました.愛染謝一郎と申します.こちらは、我が母、愛染恭子、さらにそれに控えるは、当家の下僕の海丸一学にございます.」鬼丸のおじさんに教わって何回も練習した「口上」をなんとか噛まずに言えた.名前もおじさんが考えてくれた.はるなもいいかもって言ってくれた名前なので気に入っている.ついでに海丸君と、お母さんの名前まで考えてくれたのだが、これもなんかぴったりな感じでいいと思った.特には母親の名前、つまり我が家の苗字、愛欲にまみれて、どっぷりそれに染まった母親の日本名、苗字はこれしかないと思わせる、絶妙、或いは「言い得て妙」とはまさにこのことなのだろう.「少々お待ちを」じい様は、奥に引っ込んでしまった.その間、門の前で待っている.
「キューピーくんなんで僕が下僕なの?」
「まあいいて」
「ルシフェルのおじさんがこういう喋り方すれば中に入れてくれると言ってたから」しばらくしてじいさんがまた出てきた.
「ご主人様がこれからお会いになられるそうでございます」ということで一行は奥に通された.海丸くんも座敷に通された.縁側の下でお控えくださいとならなかったのはなぜかは分からない.通された座敷の掛け軸には、「正射必中 無念無想」と書かれていた.皆意味などわかるわけがなかった.キューピーとアフロディーテの、愛染おやこは日本に馴染めきれてないのか.どうも正座は苦手である.海丸くんもあの座り方はどうも苦手であるが二人ほどではない.皆時々足を崩したりする.キューピーが5回目に足を組み替え、アフロディーテは.3回目、海丸くんは2回目に足を組み替えた頃に.「ご主人様がいらっしゃいます」家宰というのか奥向きの支配をしているちょっと偉そうな人が出てきて行った.続いてこのやの主人の八幡様が出てきた.
八幡様はすごく、偉そうで、そして強そうだった.日本の武士の憧れの神様だ.そして弓を外さない時に侍たちはこの人の名前を呼んだ.「南無八幡大菩薩」と.日本の歴史では、源平合戦の時、屋島の戦いで、那須与一が、扇の的をいる時に言ったのが一番有名かもしれない.「南無八幡大菩薩、我が国の神明、日光権現、宇都宮、那須温泉大明神、願わくはあの扇の真ん中を射させてくださいませ。」
他の神様のことは、勉強不足で私は知らない.あれ、他の神様にも声かけているということは、八幡さまだけじゃ足りないと思ったのかな?まあ、それが多神教のいいところか.一つの神様でなくて、他の神様にも保険としてお願いしておくということなのだろうと、キューピー・謝一郎は理解した.なんのことはない、ギリシャのオリンポスでもそうだったのだから.
偉そうな髭を生やして、頭は丁髷である.しかし江戸時代の侍や町人のような月代は剃っていない.白毛が混じった頭髪であるが禿げてはいない.歳の頃は鬼丸の親父と同じくらいか?背筋はピンと伸びている.なるほど武芸の達人の趣がある人だ.
「私が八幡である.その方らの主人の鬼丸厳一郎(はるなは日本で通じるルシフェルの名前を当てずっぽうに言ったつもりが、古い仲間からこう呼ばれていたのは驚きである!)とは、先の天帝との戦の時、盟朋として共に戦った、まあ言ってみれば戦友よ、あやつは息災にしておるか?」皆あっけに取られている、ルシフェルの親父といえば、その天帝に対する叛逆の親玉格で、この爺さんはその参謀とか同盟者格の偉い人だったというのだ!
「奴からの書状を読んだ.愛染謝一郎、その方、弓が上手くなりたいか?多少の艱難辛苦には耐える覚悟はあるかの?」
「あります.」動機は多少不純かもしれないが、キューピーはここで諦めたら自分はダメな男になってしまう、と覚悟を決めて鎌倉に来たつもりである.




