キューピー列伝②「いざ鎌倉!弓修行へ」
いつもお腹をすかしていた、キューピーにとりあえず、ご飯を食べさせることができてアフロディーテは大助かりである.「なんとお礼を申し上げていいか」この極道女も息子のことになると一人の弱い母親である.しかも、ご飯はたらふく食べられて、おかずは日ごとに違う、それにどれも美味しい.なんとなく、オリンポスのヘスティアおばさんの家を思い出す.それはそうであろう、ヘスティアと、はるなはすでに友達同志で、いろんな料理をお互いに教えあっている仲だから.初めて行った日は、サンマの塩焼き、「魚が不漁なのにどこから」神々が味方だと色々便利である.昨日は鳥の唐揚げ、今日は鯖の味噌煮である.明日の予定は豚の生姜焼きだそうである.どの料理もすごく美味しい.はるなはせっせと支度をして、お膳とかおかずの皿を運んでくれる.ルシフェルのおじさんは、というと、寝っ転がってテレビを見ているだけである.海丸くんは、毎日美味しいご飯をありがとう(こいつも毎日来てやがんのか、居候か?)という感謝の気持ちをお膳を下げたり、皿洗いを手伝ったりすることで表現している.「キューピーお前もなんかお手伝い、しな、ね」とアフロディーテは息子にはいうものの、ご飯を食べてお腹いっぱいになると、ルシフェルと話し込んでいる.「え、旦那もですかーいやー私もなんですよ、奇遇ですね」とか、飲み屋モードになってしまう.そのうち膝枕をしてルシフェルの耳掃除をしたりしている.キューピーはそんな母親を咎めたりはしないで海丸くんと一緒に皿洗いやら食器の片付けのお手伝いである.はるなと目が合った.「君、キューピーくん、だったっけ、手伝ってくれてありがとう」自分のハートを彼女の視線の矢に完全に射抜かれてしまったのはキューピー、一生の不覚で合った.何か自分も頑張らないと、はるなに恥ずかしくない男になりたいと幼心に思ったのだった.
子供の、特に男の子が、成長するきっかけは、恋愛、かもしれない.つまり、好きな子に、「いいとこ見せたい」ということらしい.彼は、なんとか、弓矢が上手くなりたい、と真剣に思った.
「ルシフェルのおじさん、つかぬことを伺いますが、知り合いに弓が上手い神様っています?オリンポスにいた時はアルテミスが先生だったんですけど、天才の先生って、あまりコツを教えるの上手くないんですよね.みた通り、言われた通りにやってごらん、って言われて真似できたら苦労しないんですよね.」
「まあそうだろうな、アルテミスは、お前の矢を自分の矢で撃ち落とすんだろ、それは神業だから、普通は真似できねえはな.お前、なんだい、大好きな、はるなのハートを射抜きたいって魂胆か?うーこのガキませてるなー」と子供の心を弄ぶ.
じゃ、いい練習場がある.鎌倉ってところにな、「八幡さま」っていう日本の神様がいるんだ、鶴岡八幡宮ってところ、そこに弓の練習場があってよ、馬に乗って、マトを弓で射抜いて練習してるみたいだぜ.いっちょ修行つけてもらってくればどうだい.八幡さまには俺から一筆書いてやるから.ルシフェルはおもむろに紙と硯と墨と筆を取り出して、サラサラと何か描き始めた.ミミズのはっているような、文字?.見慣れた象形文字とは違う.ヒエログラフでもないし、ヘブライ語とも違う.フェニキアの文字?ギリシャの大人たちはどんな文字書いていたのだろうか?
「ねえ、おじさん、これなんて書いてあるの?
「おお、これはな、八幡様って弓の神様にな、おめえを弟子にしてください、って意味の手紙さ」ルシフェルが詳しく説明してくれた.
「このもの、弓矢の道志すも、良き師、此れなく、修行することあたわず、よって、御尊神を持って、師となし奉り、弓矢の道をなさんと志すものなり.以上の段、お願い申し上げたく、かしこみ、かしこみ、まうす」てな具合だ.
此の者、弓矢の道を志すも、良き師を得ず、
修行いまだ成らず候。
よって、御尊神を以って師となし奉り、
弓矢の道をなさんと志す者なり。
以上の段、お願い申し上げたく、
かしこみかしこみ申す。
ルシフェル 印
日本の神様はお願いするときの作法が大事でな、俺も本当はこんな手紙でいいのかよく分からねえけど、なんとなく敬語てな、相手を尊敬してますみたいな書き方で言ったりするといいみたいみたいだからこれ持って行ってみな.
「ほー」キューピーにはよくわからないがなんとなくすごい、と感じた.偉い神様のところで修行できる、それだけでなんかもう弓が上手くなった気がする.
まだ会ってもいないのに、「八幡大菩薩」この神様、只者ではない、そう感じた.




