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キューピー列伝① 「いつまで経っても愛の矢は・・・」


 アフロディーテはシングルマザーである.浮気して最初の亭主のヘパイストスからは離婚された.アレスとの浮気の現場をオリンポス中に晒された.アレスには、キューピーが生まれたあと、捨てられた、ようだ.はっきりと、別れを告げられたわけではないのだが、音沙汰がないから.

 以来、手のかかる独り子のキューピーを彼女なりに大事に育てている.息子には特殊な能力がある.その手に持つ弓矢は、愛の仲介をする.しかし、男と女の両方に好きになる矢が当たるといいのだが、好きになる金の矢が男の胸に当たり、嫌いになる鉛の矢が女の胸に命中、ということになるとなかなか問題は深刻である.男は女が好きで好きでたまらないから、顔見たさに家や職場の近くをウロウロとつけ回す、女が「うん」というまでネチネチしつこくつきまとう、女はそんな男の顔など見るのも嫌だから逃げ回る、ビンタやパンチのお見舞いで撃退できれば救いがあるが、それができないから女は警察に相談する.ストーカー事件の出来上がりである.アポロンに追いかけられて月桂樹になったダフネや、ハーデスに好かれて冥界に連れ去られた、ペルセポネなど、枚挙にいとまが・・・と言いかけて、思い当たる例は数例しかない.つまり、キューピーの恋の矢は滅多に当たらない.しかもペルセポネにはハーデスを嫌いになる矢は当たっていないようであった.これは後からわかる.とにかく世に知られているのは「キューピーの矢は当たらない」ということである.


 小さい頃のキューピーは、母親の子守唄を聴いた.

 

 「いつまで経っても愛の矢は、あなたの胸には刺さらない・・・・」


 母親のアフロディーテは、昼間は看護師さん、しかし、それだけではキューピーを食べさせられないので、夜の仕事もしている.所謂「飲み屋さん」という業界である.自由恋愛が原則のこういうお店では、店の女の子と、お客が酒の勢いで恋に落ちて、そのまま、女の子がお客様のお土産、というかテイクアウトになってしまうことがしょっちゅう、あるらしい.

「しょっちゅう・・・」でもないか、

「まれならず・・・」と言うほど起こることでもないか、

「皆無ではないくらいには・・・」起こるらしい.

お客は次こそは、と目当ての女の子をテイクアウトしようと夜毎に店に通い、昼間の仕事中は、せっせとメールを送って女の子の気を引く.


「じゃ今日ご飯行く?私、しゃぶしゃぶがいい」と女の子から返事がくる.その後の仕事は上の空で、しゃぶしゃぶ店の予約をしたりする.

 午後5時になるとそそくさと仕事場を脱出して、夜のお店の仕事が始まる前の女の子と約束のしゃぶしゃぶ店で待ち合わせ、楽しく食事のはずが、女の子は携帯ばっかり見てて、話が全然弾まない.それでも男が女の子の出勤に合わせて一緒にお店に行く.この業界独特の出退勤管理システムである.このシステムを「同伴」というらしい.タイムカードと同じで、女の子の給料にも関わるから、出勤前の食事をうっかりキャンセルしたりしたら、大変である.2度とそのお店には行けなくなるほどの大きなペナルティになるから気をつけたほうがいい.

 開店から閉店までいると、お店が終わってから目当ての女の子と、系列のお店に行ったり、ラーメンを食べに行ったり、カラオケをしに行ったりなんてこともある.アフタートいうシステムだ.チャンスと思うやつは、甘い.客が支払いを終わると同時くらいに女の子はタクシーに吸い込まれ.「あれー、吸い込まれる、助けてー」と言わんばかりに、タクシーの窓から手を出すのだが、間違ってもそれを救い出そうと、タクシーのドアを開けたり、自分も乗り込もうとするのは、無作法なこと、とされているのだ.男は、夜の街に吸い込まれる女の子をただ見送るしかすべはない.

 それにそもそも、女の子をお持ち帰りなど、そうそうできる、男はいないだろ.考えてもみなさい、どんなに軽くても、45kg以上はある人間の女を抱えて家に持って帰るなど、よほど訓練を積んだ男にしかできることではあるまい.それにこんな筋力と熟練のいる作業を酔っ払ってするには危険だろう.

 しかも、店の女の子に聞いたところによると、お客にお持ち帰りされました、一緒に寝ました、翌日の仕事に差し支えます、出勤できませんでした、通常の勤務に支障があります、給料下がります、だから、商売が成り立たない、ということらしい.どんどん給料下がります、帰り遅くて寝不足になります、店に出るのがもっと嫌になります、とcirculus vitiosusに陥ってしまう.だから、お持ち帰り、よっぽどのことがない限り、されません、とそういう原理があるらしい.夜のまちのセントラルドグマと呼ばれるらしい.ちゃんとそういうことを経験から学んで、さらにお持帰りしてからその先のことが目的の男はもっと別のお店に行くらしい.

 アフロティーテは、ギリシャにいた時には愛の女神と呼ばれたくらいのいわゆるセクシーな女である.ただでさえ「理性(お前らにそんなもんあんのか?)」の曇りがちなアルコール性意識混濁の患者、いわゆる、酔っ払いが、恋をして、一緒にどうこうしたいと思わないはずがない.

 彼女もなかなかに積極的でさらに、お持ち帰りに成功して、本懐を遂げるわけだが、そこからが問題なのである.なんせ、「愛欲の女神」であり、「底なし」である.普通の男の体が持つわけはない.精力を抜き取られた男たちは、げっそりして、夜の店に「今日も行くぜ」という気力はうせ、余計な体力は枯渇して、気がついたら、「あれ、俺なんで夜になると店に行ってたんだろ」と遊んでいた目的そのものがわからなくなって、さらにその不合理に気がついて、会社が終わったら「疲れたから今日は帰ろ」となるらしい.アフロディーテは、自分で客のリビドーを最後の一滴まで吸い取っておきながら、遊ぶ元気もなくなるほど、げっそりして遊ばなくなるのがなぜか理解できない.とにかく、めぼしい客はほぼ食い尽くしたから店は閑古鳥で、商売上がったりなんだそうな.

 昼間の仕事はというと夜の仕事以上に芳しくない.まあ美人の看護師さんなのだが、いかにも愛想がない、つっけんどんである、はっきり言って怖い、ので、患者さんは皆、あの看護師さんはやめてくれと敬遠が始まる.勤めている病院からは暇を出されて昼間の仕事も無くなった、ということである.


「母ちゃん、お腹すいた、なんかないの?」

「困ったね、コメ全部くっちまったよ.この頃コメが高いのなんでだろうね.どうした物か」と思案にくれた.

 この前ばったりあった、顔見知りの、鬼丸とかいう爺さんに、「俺この頃はるなってこの家に入り浸っててよ、食うのに困ったらくるといいさ」と言われていたことを思い出した.はるなの家を訪ねてみた.アフロティーテ親子を、「どうぞどうぞ」と招き入れるのは、居候のはずの鬼丸老人である.


「いえ、あのここ私の家なんですけど」はるなは訳がわからない.

「まあまあ、遠慮するなって、あ、こいつら、キューピーとその母親のアフロティーテって、まあ一般に言われるビーナスってやつさ、な、いい女だろう、でもこいつうちの母ちゃんのヘラと同じで、結構性格キツくてよ、そんで看護師の仕事、あちこちで首になってな、で、米も無くなって、食うのに困ってきたってことらしいぜ、まあよろしく頼むは.おう、そんなとこで突っ立ってないで入った入った」


 親子が茶の間に通されると、中にクラスメートの海丸くんもいた.

「あれ海丸くん、どうしたの、なんでここにいるの」

「あ、あの鬼丸って爺さん、おじさんなんだ.僕の父上のお兄さん.僕は人間の学校に行くからここに連れてこられた.ここのね、はるなって子がすごく親切だからなかなかいいところだと思う.ご飯が美味しいんだ.掃除とか、皿洗いとか、家事のお手伝いしないとだめだけどね」

「へえそうなんだ」

 はるなのことを観察して、アフロディーテとキューピーくんはすぐに理解できた.この女の子は神々と精霊の言葉を理解する特別な人間であると.

基本は、親切で優しい子なのだが、時々、はるなの顔色が曇る.そういう時に彼女の心の声を聞くと大体こうだ.

「この頃お米、高いな、5kgでいくらすると思ってるのよ.」

毎日膨大な数の客に対してうらみごとは言わない.

「へー、この子優しい子なんだね、珍しいね」

母のアフロディーテもはるなの善意をいち早く理解し、そしてこの人間の娘が気に入ったようだった.


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