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雪割草の囁き


 毎朝、風がそよぐような、鈴のなるような音.

 耳を澄ますと、誰かが話しかけている声.

 いつからだろう、あの声が聞こえるようになったのは.


「おや、またお前たちかい?」ドクトルは広間に置いた、雪割草の鉢植えに話しかける.

「ルシフェルのお父さん、なかないで」

「お父さんは悪くないから、私たちが見守っているから・・・」

「僕たちは皆、お父さんの味方だよ・・・」と慰めることを言ってくれる時もあれば、

「お父さん、助けて、みんなが私たちをいじめる、助けてお父さん」と助けを求める声に聞こえる時もある.

「お前達のいう、ルシフェルって、私のことかい?それとも誰か、他の人のことかい?」

「・・・・・」

「私のことではないようだが・・」


 しばらく沈黙の後、雪割草達は歌い出す.


「ルシフェルは、神の御子にて」

「七色に輝く羽を持つ、反逆の神子・・・・」

「落とされし、輝ける天使」

「七色に輝く、堕天使の王」

「そして、ルシフェルは・・・」

「わたしたちの、優しいお父さん・・・・」

「わたしたちの、守護者・・・」

「精霊の守り神・・・」


 雪割草の育てかたは、初めて花屋で買った時に、A4の紙の1枚だけ.裏表に描かれた説明書が、渡された.それによると、この花は基本的に日差しを嫌う.森の中で生育する草花だからと言う説明だった.


 春、花が咲いて、種ができ、花が落ちた後に新しい葉ができる.葉っぱの芽が出て育つ間は日光に当てて、ハイポネックスでカリウムとリンと窒素を補充をする.

 葉が育って固定?出来上がったところ?で、だいたい5月過ぎ頃、それからは昼間はあまり日に当てないようにする.

 夏の間はむしろ、暗い部屋で育てるのがいいらしい.肥料は週に一回くらいでよいらしい.秋以降は少しずつ明るくしていいらしい.


 鉢植えの雪割草がいくつかあるから、水をやったり、肥料をやったり、光の当たり方の調節をしたりは、

結構手間がかかる.


 ジョウロで、大雑把に水をやるというわけにいかない.鉢植えの土が少し湿ったぐらいが良いらしい.水が溢れるくらいにやる必要はない.300mlくらいの水差しで、ちまちまと水やりをするから.   


 チューブの栄養は、植木鉢一つに、半分くらいずつ入れればいいらしい.量は、結構、いい加減である.「塩を少々」、とか、「砂糖をひとふり」的な感じである.


 苦労して育てると、本当に自分の子供のような気がしてくる.


 雪割草との会話は、こんな感じである.

「お父さん、暗いよ」

「おお、そうだった、葉っぱが育っている時はしっかりお日様の光浴びないとな」同じ時期はすぐ喉が渇いてお腹が空くらしい.

「お父さん、のど乾いた、お腹すいた」皆の大合唱が始まる.

「そうだそうだ、水と栄養だったね.窒素と、リンとカリウム、と」


 光と水と炭酸ガスがあれば、炭水化物はできる.アミノ酸を作るには、窒素同化が必要か.空気中の窒素をアンモニアや、硝酸塩に人工的に変換することはできなかったらしい.特殊な菌類のみが可能なことであったらしい.

 20世紀になって初めて、ハーバーとボッシュが、窒素から、アンモニアを合成する方法を開発して、人工肥料の生産に成功したという.それほど昔のことではなかったか.それまでは、肥溜め糞尿を肥料にしていたわけだから.イワシのミンチも栄養にしていたんだっけ.


 カーテンが閉まっていたら、開けて日の当たる場所に植木鉢を移してやって、せっせと水やりをする.


 水と栄養をやると、皆のご機嫌が治る.5月末から、6月頃になると葉っぱが育って、栄養も水もそれほどいらない.野生のものは梅雨時には、土が濡れているからそれほど頻回に水はやらなくていいらしい.鉢植えの時はどうするのだろう?


「皆どう?のど乾いた?」

「夕方までお水いらない」


 それが夏に近くなると、

「お父さん、眩しいよ、暑いよ、風通し悪いな、この部屋は」

「お腹いっぱいだから水も栄養もいらないよ、いつも言ってるでしょう」と水と栄養のやり方に文句を言ってくる.

 

 「おやそうだったか、ごめんごめん」夏が終わり、秋になると皆が文句を言うことは少なくなってくる.

 冬になり、皆静かになる.花を咲かせるのに、力を蓄えて、静かにその日を待っているのである.

 野生のものは、雪の積もった森の中、名前の通り、かぶさった雪を押しのけて、隙間を割って、出てくるのだろう.


「雪のお布団なくてごめんな・・」

「いいよ、お父さん、雪積もってると寒いし、出てくる時重いし」

「そうかい」

 2月の末から3月初めころかから、花の茎が一つ、ふたつと伸び始めて蕾がつく.3月の始め頃から、花が咲き始める.

 皆「うーと、気合を入れて、ハー」と息を抜いた時に一斉に花を咲かせる、そんな彼らの声をドクトルは楽しそうに聴いていた.


 3月末頃から、4月の中頃にかけて花は咲き揃い、4月末頃にはすべての花びらが散って、種が育つ.


 家の中なので蜂とか、ちょうちょとかいないから、受粉はドクトルがやってやる.ティッシュペーパーを雑に束ねてコヨリにして、それで花をこちょこちょくすぐるのである.

「あ、お父さんくすぐったいよ、キャハハ.くすぐったい」花粉のついたこよりで、今度は別の子にこちょこちょする.こういうことをいやらしいことと思うようになったのも神の罰なのか?


できた種はそのまま植木鉢に落ちたのはそのままにしておく.残った種は後から集めて、新しい鉢に植える.すると2、3年後にはそこからまた新しい仲間たちが花を開く、というわけである.


 朝、出勤前.ドクトルは、春なら、日光が当たるように調節して、夏なら光が当たらないよう注意して鉢植えの配置を調節してから子供達に挨拶してから出勤する.

「じゃみんな、行ってくるよ」

「お父さん、行ってらっしゃい、頑張ってね」

「早く帰ってきてね」

「私たちみんないい子にしてるよ、心配しないで」

一斉に返事をしてくれる.遠くに鈴の音、その音に耳を澄ます子供の声に聞こえる、彼らの語りかけてくる言葉はいつもそうだ.




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