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午前4時

 公開車検終了後、ルマンでは、レースを盛り上げるためのイベントが数多く催されるのだが、レース前イベントで有名歌手がコンサートを催すのは定番として、フランスでは何とオペラ歌手や交響楽団によるクラシックコンサートが催されるのだ。

 なので、夜になってもルマンのお祭り騒ぎが止むことはない。


 尚、これは史実とは異なるので注意してほしい。


 実は、ACOによる深慮遠謀の一つで、前夜に観客が盛り上がることで、早朝4時から暫くは静寂が続くことになる。

 何で前半の観戦に水を差すようなイベントが目白押しなのかと言えば、第一回大会が大きく関わっており、この時、手違いで午後4時の筈が、午前4時スタートとなり、結果、ゴールが早朝4時ということになったため、観客は夜通し観戦することになる。

 それに、当時レースを観戦していたのは上流層が圧倒的に多く、彼らはオペラなどと同様、最後まで鑑賞することをマナーとして心得ている方ばかりだ。

 それが災いするなどとは、誰が予想し得ただろうか。


 スタート時間が逆になったことで、そうなると後半が夜間となるため、当時のレースは今以上に後半戦が盛り上がる傾向にあったことから、夜間に繰り広げられる熾烈な戦いは、かの馬上槍試合を彷彿とさせ、観客は寝食も忘れ大興奮。

 結果、ゴール後に倒れる観客が続出。当然救急車が間に合う筈もなく、救助活動に軍まで動員せねばならなかった。

 尚、今でも西洋人は、騎士物語とか英雄物語には弱い。


 上流層が相次いで倒れるというのは、国や社会への悪影響も大きい。その上、6月はフランス国会にとって会期末にあたっており、観戦者には国会議員もいた。翌日、数名が欠席する事態となったことを受け、このままでは翌年以降の開催が危ぶまれることを恐れたACOは、これはマズいよなと思いつつ、盛り上がる時間帯に水を差すのは惜しいと考え、一計を案じた。

 

 それが、レース前イベントで観客を熱狂させ、前半戦を鎮静化させることであった。


 尚、翌年は大統領選挙、更に国民議会総選挙も重なっていたため、初の前イベントでは、何と大統領候補の演説が行われ、予想以上の盛り上がりを見せると共に、思惑通り去年の轍を踏まずに済んだ。

 因みに戦後、ルマンの後で選挙が控えていたことが何度かあり、観客はその足で午後に投票所へ向かったという。

 また、前イベントに市長選挙を始め、選挙戦が行われたことも何度かある。尚、フランスも国民の政治に対する関心は押し並べて高い。


 イベントの数々に圧倒されながらも、関係者は水面下で着々と準備を進めていく。


 午前3時。マシンがピットの反対側へ並べられ、ピットは俄に活況を呈していた。ガレージの裏では、関係者が忙しなく動き回る。

 そんな中、一人仕事熱心にシャッター音を響かせていたのは、御存知モーター月報の功。それにしても、去年入社したばかりの二年目にして、すっかり一人前扱いであった。

 この時、功は内心密かに友人に感謝したい気持ちだった。

(洋ちゃん、お前のお陰で、今オレはルマンで一線級のカメラマンしてるぜ)


 そして午前3時40分。ホームストレートの観客席は未だザワついていたが、その多くが、ある方向を指差していた。それは、3番グリッドからスタートするIZUMO。尚、フェラーリ勢は60番台に集中しており、IZUMOと同じくワンカーエントリーのシェルビーは、最後尾の100番目である。

 まさか、このグリッドの位置が、その後の結果を左右することになろうとは、誰一人思いもしなかったろう。


 にしても、ここフランスでもIZUMOに対する注目度は高い。ブーイングを浴びせる筈が、デカダンを彷彿とさせる繊細なシルエットに、誰もが息を呑み、或いは嘆息している。

 しかも、デビューから三連勝しているとあっては猶更だろう。尚、先のスパではリタイアしたが、三連勝すればそのチーム及びマシンは、トップクラスの仲間入りと言ってよい。

 実のところ、三連勝とはそのくらい難しいのである。

 実際、F1でも最近は別にして、90年代までは多くの勝ち星を挙げてチャンピオンとなったドライバーでさえ、三連勝しているケースはそんなに多くない。

 まさかとは思うが、それが巨大なプレッシャーとなってIZUMOに圧し掛かっていた可能性は、恐らく否定できなかった。


 スタート15分前、場内アナウンスが響き、ルマンの簡単な歴史から、主にプロダクションカークラスのマシン及びスターティングドライバーの紹介が行われる。

 今回、総勢100台に上るマシンの内、プロダクションカークラスにエントリーするのは20台程。実は、フェラーリが4台で最多勢力。ポルシェは904と906の二台であったものの、市販車クラスにかなりの数がエントリーしていた。この二大勢力に、IZUMO及びシェルビーが挑むという構図である。


 ルマンでのスターティングドライバーは、風也であった。


 向かい隣に駐機しているマシンを見つめながら、風也は田中からの忠告を回想していた。

「いいか、前半はとにかく順位など気にしなくていい。ルマンは後半が勝負だ。あと、今回ピットストップ回数の制限がないが、3時間を上限としてくれ」

 因みに、ピットストップ一回につき、5分の停車が今回ルマンの独自ルールとなっている。


 やがて、静寂が周囲を包み込む中、時計の針が午前4時を指した。その瞬間、フランス国旗が振り下ろされ、勇躍マシンへと向かうドライバー。

 夜が明け始める中、轟音を響かせマシンが次々コースインしていく。


 その中にあって、早くもトップに立ったのは、何とIZUMO。


 24時間後、チェッカーを受けるのは、果たして……

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