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懸念

 IZUMO一行がフランス入りしたのは、開催三日前。


 そもそもが公道である以上、普段は生活や物流を支えることが第一優先であり、サーキットとなるのは一年の内、たった二日だけ。

 スパからはトランスポーターで移動するのだが、淡い金色がかった飴色に、赤のラインと日の丸はシンプルなれども目立つようで、注目度は高い。


 だが、その注目は、決して好意的とは言えない。尚、それはWMGPでも同様で、フランスGP開催が迫ると、特にSSD一行はヒールもいいところだった。フランスの英雄コゼットをコテンパンにしておいて、それはないだろと思うのだが、そこがフランスでもある。

 なので、ビュガティ撤退の原因でもあるSSDへのコゼットの移籍は、トップニュースとしても報じられ、特にパリでは裏切者扱いだった。

 尚、コゼットにしてみれば、SSDから誘いが掛かった以上、レーサーとして勝てるマシンを断る理由など、ある筈もない。SSD移籍は当然のことだ。

 そのため、フランス側の反応は、筋違いもいいところ。


 しかし、IZUMOへの反応も含め、これを好意的な敵意と解釈する方が大人の態度というものだろう。でないとフランスとは付き合えない。

 ましてやIZUMOは、フェラーリに三連続で土をつけているのだ。敵意を抱くなと言う方が無理な話である。それは、フランス人が日本へ抱く異国情緒への憧憬とは、また別の感情であることに注意しなければならない。


 フランス人は、ゲストには驚くほど好意的だが、反面敵対関係となると掌返しと思う程容赦ない。


 レース前日も、ルマンならではのイベントが目白押しであった。その中で最大のイベントが、公開車検である。実は翌日即レースであり、パルクフェルメにて管理することができないのだ。だからこそ不正防止も兼ねて公開車検としているのである。


 この時のフランス人の反応は、実に露骨だ。

 フェラーリはともかく、ジャガーやポルシェに対しては、ブーイングを贈る程下品ではなかったものの、地元勢と比べると反応は小さい。

 今回ルマンには、日本勢も参戦しているのだが、よりによって、その日本勢に対して次々とブーイングが浴びせられる。

 これはフランス人特有の歓迎で、未知の相手にはブーイングが歓迎と思って構わない。

 

 そして、いよいよIZUMOの出番となった。当然ブーイングは予想していたのだが、その中に意外な反応も。

 公開車検に、マシンが姿を現した時、予想通りブーイングであったが、刹那、それがピタリと止まった。見ていた客の一人から、溜息が漏れる。

「な、何だよこのデカダンなシルエットは!?」

 それは、誰もが予想もしなかった、息を呑むような美しくも繊細なシルエットに、ブーイングすら忘れていたのだ。

 尚、レーシングカーは戦闘機と同じで、そこにデザインのためのデザインが入る余地など、一片もない。だが、それは速く走るためだけに突き詰めたにも関わらず、デカダンなオーラを発散していた。


 実は、これにはフランスの歴史的背景を理解しないとピンと来ないだろう。


 それは1930年代のことで、フランスのデザインが最も華やかだった時代に誕生した、デカダンな優美なデザインのクルマや建築などは、当時にあってさえ、フランスにとって誇りだった。

 そのデザインに共感したのである。


 それにしてもまさか、戦うためのデザインが、デカダンに結びつくなどとは思いもしなかったろう。無論、これをデザインした耕平も、意図したものでは全くない。独自の空力理論を突き詰めた結果である。


 その上、公開車検ではスペックに車重も記述されており、重量計の針は、スペック通り485㎏を指して止まった際、一部は騒然となる。

 まさか、スペック通りだとは思ってもいなかったであろうことは間違いない。当時としては大柄な割に、異例な程軽いのは確かだ。


 そして最後、それは、思わぬ刺客であった。


 主催者の紹介で、それは何とアメリカからの参戦であった。

 アメリカから来た刺客は、シェルビー・コブラ。それも、フロントエンジン車である。尚、市販車クラスにフロントエンジン車は今も普通にエントリーしているが、問題は、このマシンがプロダクションカークラスであったことだ。何しろ欧州では、既に絶滅種だったのである。

 なので、ブーイング以上に、爆笑の嵐であった。しかし、サングラスの男たちは、意に介していない。


 だが、その様子を見ていた田中は、戦慄していた。

「確か、彼は出雲を訪れたとか言ってたな。オレには分かる。その成果が間違いなく活かされているに違いない」

 尚、正式名称は、AC184コブラデイトナ。あのIZUMOのエンジンを、シェルビーの独自解釈で複製した仕様を搭載していた。

 因みにコブラというと、史実では7リッターに及ぶビッグブロックを搭載していたのと、グラマラスなシルエットも相俟って巨大に見えるものの、実際にはマツダ・ロードスターの幅を5㎝拡げた程度の大きさしかない。

 このため、見た目に反してハンドリングは非常に優秀で、GTシリーズで手を焼いたプレイヤーも少なくないだろう。

 

 その184コブラは、ブレーキをドラムに変更していることが、スペックから判明している。つまり、田中からすれば恐るべき一台ということだ。

 客やマニアの爆笑とは裏腹に、レースに出る以上、ムダな技術を採用している筈はないからだ。


「フロントエンジンなのは、それでもトップに立てる自信があるということなのだろう」


 尚、神ならぬ身の田中は知る由もなかったが、この時フォードではルマン制覇プロジェクトが既に始まっており、それは3年後、GT45として結実することになる。

 要は、シェルビーチームはそのための前哨部隊であった。どちらにせよ、このAC184は、WMEを戦うのに必要なデータを集める役目を担っており、最初から好成績など期待していない。


 公開車検では、ドライバーも紹介されるのだが、IZUMOでは当然驚きの声が上がる中、シェルビーのドライバーは、ケン・マイルズ/ブルース・マクラーレン。

 共に、ドライバーとしてもだが、それ以上に技術者としても超一級であったことは、あまり知られていない。

 キャロル・シェルビーとピート・ブロックが、そのことを知らない筈はない。つまり、そこにアメリカの本気を垣間見ることができた。


 それでも田中は、マシンから発散するオーラから、確かに脅威を感じ取っていた。


「ルマンでの懸念が、また一つ増えたな……」

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