お祭り
ルマン24時間。
それは、WMEに於いて、最も権威あるレースと見做され、耐久に於ける最高の栄誉とされ、そして、世界三大レースの一つでもある。尚、三大レースの内訳は、F1モナコGP、インディー500マイル、ルマン24時間だ。
ここでの勝利は、ドライバーもだが、それ以上にメーカーにとってこの上ない栄誉なのである。
ルマンとは、開催地ル・マン市に由来しており、開催されるサーキットの名は、サルト・サーキットと呼ぶ。尚、ル・マンはパリを基準とした場合、フランス北西部に位置しており、ノルマンディー地方やブルターニュ半島、そしてパリとを結ぶ結節点でもあり、交通上の重要な要衝でもある。
尚、交通の要衝というのは、古来から度々戦争の舞台となることが多く、ル・マンもその例外ではない。17世紀頃から徐々に落ち着きを見せ始めると、織物業で発展していった。
ルマンはカトリックにとっても整地であったようで、現在司教座が置かれており、修道院や大聖堂もある。なので、観光地としても見どころは多いと言えよう。
そして、WMEでの一戦でありながら、ルマン24時間の主催者はフランス西部自動車クラブ (ACO)であり、その本部もここルマンにある。
そんな、主の御加護の許で開催されるのが、ルマン24時間なのだ。舞台となるサルト・サーキットの全長は、この時点で13.461㎞左回り。尚、普段は公道であり、サーキットとして使われるのは、一年の内、僅か二日である。
第一回開催は1923年 (大正12年)。当時、既に耐久レースの原型とも思えるレースはいくつかあったが、24時間レースは前例がなく、果たして完走できるのかという懸念もあった中、29台中リタイアは僅か2台に過ぎず、これは史上最高完走率として、今尚破られていない。
尚、本来スタートは午後4時であり、ゴールは翌日午後4時の予定であった。しかし、主催者の手違いで、午前4時スタート/午前4時ゴールとなってしまう。この手違いに際し、ACOはこう言ったという。
『これは、主が御定めになったことですから』
正直とんでもない言訳だが、誰も否定できなかったため、以降、夜が明ける頃となる午前4時スタートが伝統となったのであった。太陽とは、時に主のことを指すので、寧ろ反ってスタートに相応しいとされ、夜が明ける中ゴールするのは、主からの祝福と見做されるようになる。
如何にもカトリックの信仰篤い地域らしい発想だ。
尚、開催時期である6月は、白夜の影響でフランスでも夜明けは早い。
そして、主が御定めになった手違いは、思わぬ副産物を齎した。
それは、後半戦となる夜間の駆引きが熾烈さを増したことで、その上ルマンでは、ゴール1時間前の午前3時が最もタイムが出るため最大の山場でもあり、観客は寝る暇も惜しんで観る程だ。
前夜、フランス全土では新聞売りの少年が、声高らかに号外を訴えており、誰もが手に取り、そして、またこの季節が来たかと男女問わず胸躍らせる。
そう、ルマン24時間は、最早国家行事であると同時に、フランス最大級のお祭りなのである。
これまで様々なドラマが生まれたが、今年、62年ルマンでは、どんなドラマが待ち受けているのか……




