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マン島TT62

 スパでまさか、スタート僅か2時間でのリタイアに、誰もがショックを受けていたのではと思いきや、IZUMOでは誰もが事実を冷静に受け止めていた。


 起こってしまったものは仕方がない。ならば、原因を突き止め、対策を打てばいい。至って楽天的であった。尤も、それが思うようにいかないから、皆苦労するのだが。


 そして、落ち込む暇もなく、ルマンまで一か月ものインターバルがあるため、風也と渦海は特別休暇と相成り、マン島に来ていた。


 実はこのマン島にて、衝撃のニュースが走ることになる。


 何と、SSDにてグループSのエースでもあった大間佳奈が、今年一杯での引退を発表したのである。原因は、右手の神経摩耗。今年に入ってから、僅か2勝しかしておらず、去年は9勝してマン島制覇と共にタイトルを連続で獲得しただけに、僅か23歳だったのもあり、速すぎる引退を惜しむ声は内外から届いた。

 そして、記者会見の席には、あのビュガティのエースとして何度も立ちはだかったコゼット・ジェヌーがおり、SSDへの移籍を発表したのであった。


 というのも、去年マリアンヌの引退によって (スーパーバイク選手権に移行したため)、戦力が大幅に低下したビュガティは、今年で撤退を決めており、シートを喪ったところへ渡りに舟だった。

 実を言うと、60年、61年と未勝利が続いたことでフランス国内から散々叩かれ、撤退もあって一時は引退も考えたのだが、そこへSSDに空席が生じることを知って、即座に売り込んだのだ。

 SSDとしても、断る理由はなかった。


 その後、移籍で速さを取戻したコゼットは、移籍2シーズン目の64年、5年振り且つ三度目のマン島制覇とチャンピオンを手にすることになるのだ。


 今回、SSDの空席に座ったのはコゼットであるが、こういう時、表向きは引退を惜しんでいながら、水面下ではトップチームの空席を喜ぶライバルが大勢いるのだ。それがモータースポーツの非情な現実でもある。

 WMGPに於いて、日本勢は最早ジャップどころか超一流の名門チーム扱いであり、特にワークス入りを望むライダーは、国籍問わず大勢いた。

 それも当然で、勝てるマシンに乗らなければ、自身のレーサー生命にも関わる。それが分からない程レーサーも愚鈍ではない。プライドより現実が優先するのは当たり前だろう。


 因みに、IZUMOもそれは他人事ではなくなっていく。速いマシンに、国境などない。


「あのダイナミックな走りも、とうとう見納めか……」

「あにシビレる走りがもう見られなくなるのは、やっぱり寂しい……」


 佳奈の稲妻のような走りを知る二人だけに、今年で以て見納めとなるのは、それまでが当たり前のようにあったものが突然消える喪失感にも似ていた。

 

 そして、今年から、二年前から施行された技術公開の原則により、その成果が実った海外勢のマシンが追い上げる場面も度々見受けられており、最早死闘であった。

 それでも尚、重量級クラスでSSDの牙城を崩すのは難しく、グループSでここまでコゼットは1勝が手一杯。グループXでもビアンカはやはり2勝で以て報いるのがやっとだった。


 62年マン島に於いて、衝撃のニュースが駆け巡ると共に、台風の目となっていたのは、調布英梨花であった。これまでなかなかツキに恵まれなかった印象のある彼女だったが、表向き大して気にはしていない様子で、やっと自分にツキが回ってきたといったところか。

 ただ、この時点で英梨花も2勝しかしておらず、それでもランキングでトップに立っていたのは、4回に及ぶ2位入賞が利いていたからだ。

 この、勝利数が少ない反面、一方で安定して表彰台に上り続けることでポイントを積み重ねタイトルを獲る、というスタイルが英梨花に定着していくことになる。


 だが、英梨花はこの年、本気であった。

 レースが始まると、2位からスタートした彼女はスタートダッシュに成功してトップに立ち、多くのコーナーでマシンをスライドさせながらクリアしていく。それは、佳奈とは異なり、まるでフィギュアスケートを彷彿とさせた。

 実のところ、無謀な走りであったが、危なげない。


 そして、英梨花は最終コーナーであるガバナーズブリッジで、観客を圧倒する走りを披露した。

 何と、通常1速で小回りするか、2速でアウトインアウトを強いられるこのコーナーを、よりによって3速でスライドさせながらクリアしていく。

 これによって、シフト回数を事実上4回節約しており、それによる空走時間の減少は、当然の如く2位と開く一方の差となって表れる。

 WMGPでもきっての理論派として知られ、上述のように無理はせず安定した戦績を目指すタイプの彼女だが、ここ一発で魅せる攻めの走りが観客を魅了することでも知られていた。

 しかし、まさかガバナーズブリッジでそれをやろうとは、誰一人予測できなかったろう。


 結局、この走りによって、英梨花はマン島初制覇を決める。今年で以て引退の佳奈は、終盤コゼットに抜かれ3位に終わった。


 また、グループXでも、それを見た翔馬は、同じくガバナーズブリッジで盛大にやらかす。何と、4速でスライドさせてクリアしていったのだ。その上、今年もマン島を制して、三年連続での制覇となる。これは、王者ビアンカ・ロッシと連続タイであり、今尚金字塔の記録である。

 尚、翔馬はこのレースで、あの走りは、あまりにも危険だとして、FIMから注意を受け、以降、ガバナーズブリッジは3速までとする制限が設けられた。


 終わってみれば、勝利という点ではSSDの難攻不落振りは、相変わらずであった。しかし、2位以下は混戦で、60年代に入り、WMGPは以前にも増してエキサイトしていることが窺えた。


 この戦いで、二人が得たものがあった。

「あのガバナーズブリッジで魅せた走り、ルマンでも使えそうな気がしない?」

「ですよね。あそこで同じことすれば、かなり有利に戦えると思う」


 果たして、ルマンで、二人はどんな走りを見せるつもりなのだろうか……

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