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鋳造

 電報を受けた翌日、出雲産業本社にて受け取った耕平は悲観的であったかと思いきや、意外と冷静であった。


「やはり、剛性が高すぎたな。それに、軽くし過ぎてしまった」

 まるで、スパでこうなることを見越していたかのような独白である。


 設計時、耕平には迷いがあった。何しろ当時、日本にとってモータースポーツは欧米以上に未知の領域が多かった。その上、同じことをしていたら、相手の方が歴史は長い以上、半永久的に追い付けない。

 なので、正攻法ではなく、逆攻法を選んだ。


 だからこそ常識外れのマシンに仕上がったのであるが、耕平には気懸りなことがあった。それは、トランスミッション。

 これがマニュアルミッションなら、然程悩むことはない。ドッグリンクさえ壊れなければどうということはない自信もあったし、日本にも優秀なトランスミッションメーカーは、既に戦前から存在していた。

 そこから取り寄せて、ケースのみ鋳造アルミに変更すれば衝撃も逃げるので、ドッグリンクの問題も解決する。


 尚、マニュアルミッションが主流だった時代、レース後ドッグリンクは殆ど磨り減っていて事実上消耗品であったが、これはシフトダウン時の衝撃が原因であり、且つミッションケースがその衝撃を撥ね返して更なるダメージを与えるために起こることが多い。

 ネルソン・ピケの場合、これが殆ど新品同然であったという証言が多いが、彼のシフトダウンの上手さのみならず、特にホンダではヒューランドのミッションケースを交換していた可能性も考えられる。

 

 レース用マシンは鍛造部品の塊でもあるが、鍛造は他の部品にも衝撃エネルギーを撥ね返してダメージを与える可能性があることは、あまり知られていないと思われる。

 特にターボ全盛時代、ミッションに掛かる負荷はコスワースDFV時代の比ではなく、ホンダはミッションから衝撃を逃がす重要性を知っていた筈だ。


 しかし、その思想は既に失われている可能性が高い。というのも、ジョン・バーナードが89年のフェラーリから導入したセミオートマティックミッションによって、コンピューターでギアチェンジを管理するため、衝撃が発生しにくくなり、その後、ハイブリッド仕様へと進化すると、回生ユニットがミッションの衝撃をも吸収するため、2020年代に入り、ミッションブローが原因のリタイアは、限りなくゼロに近くなるだろう。

 その代わり、回生ユニットはエンジンにダメージを及ぼすリスクが高い。昔に比べたらエンジントラブルもかなり減ったとはいえ、これだけ電子デバイスが増加すると、どうなるかは分からない。


 話を戻して、レース用マシンに鍛造部品が多いのは、桁違いの負荷が掛かる所為もあるが、これはあまり考えたくないものの、サプライヤーの都合もあるのではと勘繰りたくなる。

 何故ならサプライヤーに於いて、鍛造ラインと鋳造ラインの双方を用意するのは、大変なコスト高なのである。それも当然で、管理やノウハウも全く違う。また、どちらも可能な技術者となると、非常に少ない。

 そしてもう一つ、意外かもしれないが、レース用部品は、鍛造の方が安い。


 戦前はメーカーが主流だったが、戦後になると、コンストラクターと呼ばれる概念が登場した。

 コンストラクターは基本的にシャシーのみを設計製造し、そこへ得意分野の部品を供給するサプライヤーと組むのが一般的となったことで、所謂サプライチェーンによるレースが主流となっていくと、その多くは町工場であり、所謂零細企業では、そんなに数が出る訳ではないため、量産しないと採算が合わない鋳造ラインはそんなに簡単には置けない。

 少数生産の場合、機械加工する方が安いのだ。


 そして当初、未知の領域が多かった以上、耕平も無難に欧米で主流の流儀に倣った。それがスパでアダとなってしまったことは間違いない。

 その一方、耕平は腹案も並行していた。

「やはり、これから先、ミッションは鋳造しかないな」

 そう、鋳造アルミによるケースに切り替えたミッションをルマンに向けて送ることにしたのである。尚、これは設計に余裕のある耐久だからこそ可能なことで、かの名機、ホンダRA166及び167は、恐らく鋳造ケースを前提として設計されていた筈だ。

 耐久と異なり、フォーミュラーは設計もギリギリであり、パッケージングを前提としていないと、トラブルが頻発しかねない。


 尚、鋳造最大の欠点は、肌理が粗いことで、これは余計なダウンフォース=抵抗を生んでハンドリングを損ねる恐れがあり、かといってそれを研磨して取り除けば、表層が硬化するため、鍛造の二の舞を招く。

 このため、鋳造では定番の砂型ではなく金型を使った。因みにコストは前者の方が安い。

 しかし、金型での鋳造は、非常に高度な技術が要求されるため、高い物についた。それでも構わなかった。何しろ農機は意外にも鋳造部品も多いし、その多くが金型だったので、その延長線上である程度は抑え込めるからだ。

 剛性の問題については、どのみちユニットの一番後ろなので、別段問題ない。


 ただ、これによって5㎏の車重増加となるが、耕平は意に介していない。

「それに、マシンも軽すぎたのも良くなかったな」

 実は、480㎏の車重は耐久としては常識外れの軽さであり、それ故アップフォースが強くなり過ぎてハンドリングが神経質になったのもあるが、軽すぎても衝撃エネルギーが逃げ切らないことは、意外と知られていない。

 変速時、ショックが発生した際、その衝撃エネルギーは、さすがに鍛造ケースでもかなりの量がシャシーなどへ逃げるのだが、車重が軽いと、受け止められる質量がその分減ることにもなる。

 なので、設計時には480㎏と485㎏案があったのだが、今回の事態を受け、485㎏へと増えることになる。この、僅か5㎏の差が、時に天国と地獄の差にもなるのだ。


 何でもバランスというものがあり、重量増加が必ずしもマイナスとは限らない。現在のF1マシンは、2026年からの新規定で30㎏減ったものの、最低規定重量は768㎏で、寧ろ好ましい。

 今の世代は知らないかもしれないが、90年代前半頃までのF1マシンは、500㎏台が普通であった。この重量増加は、安全基準の厳格化もあるだろうが、様々なユニットを搭載する影響も勿論ある。


 梱包されていくミッションを見つめながら、耕平は感慨深げに独白する。

「それでもいよいよ、本丸とも言える、ルマン24時間……気が付けば、もう来月にはルマン。そして、ここまで二年か。今思えば昨日のことのようだ」


 果たして、初めてのルマンで、IZUMOを待ち受ける未来は……

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