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空気

 そして迎えた翌日、スパ・フランコルシャン12時間決勝。


 今回、IZUMOは2番目から、フェラーリは最も前のクジを引いたマシンで6番目からで、互いに接近してのスタートとなる。舞台は元より公道なのもあり、地元住民の観戦も非常に多い。

 今回参戦しているのは、合計で100台。


 子供の中には、フェラーリのみならず、IZUMOを指差すのも少なくない。さすがに三連勝したマシンに注目するなという方が無理ということか。

 子供は洋の東西問わず、この点は正直である。


 尚、決勝スタートは、午前6時。欧米人は基本的に早起きは苦手だが、開催数日前からスパに押し寄せており、当然周囲の宿泊施設は満室、大半は周囲にテントを張っている。

 欧州の耐久レースではこれが一般的で、アメリカと異なり近年まで観客席はホームストレート周辺くらいにしかなかった。

 これは、アメリカがモータースポーツを数多のプロスポーツと同様、エンターテイメントと見做していたのに対し、欧州では貴族の決闘に近く、名誉を賭けた戦いと見做していたからである。要は観客は決闘を見に来た見物客という訳だ。

 実は、それが賞金体系にも反映されており、アメリカは昔からこのテのスポーツイベントに於ける賞金は高い。


 また、大抵は公示されており、例えば1911年、第一回インディー500マイルの優勝賞金は25000ドルであった。尚、翌年は倍に増額されている。

 当時、アメリカの一般労働者の日給は2ドルくらいだったので、25000ドルは30年分を悠に超える。

 このため、モータースポーツの黎明期から、欧州レーサーがアメリカに遠征することも多かったのである。実際、これ程の賞金なら、船賃をはたいて大西洋を渡る価値は大いにあるだろう。

 加えて、スターティングマネーもデカいし、ポールポジションやファステストラップでもお金が落ちる仕組みになっていることも多い。

 なので、先のデイトナで副賞のロレックスなど、実は多寡が知れている。


 尤も、それだけにアメリカのレースの苛烈さは尋常ではない。


 そして、初めて踏んだ欧州の地で、IZUMOのメンバーは、貴族的な空気を嫌が上にも感じ取っていた。

「これから始まるのは、所謂決闘にも等しいのか」

「12時間に及ぶ決闘。でも、必ず死ぬ訳ではないのは安心だわ」

 これは余談だが、嘗て20世紀前半、遅くとも戦前まで、欧州の大学では決闘の類は多かった。何しろ欧州で大学に通えるのは古くは貴族だけだったし、家の名誉を賭けた決闘は必然でもあった。

 因みに、貴族間のマウント合戦は想像を絶する。


 それに、仮に軍に在籍していなくとも予備士官であるため、決闘はある程度黙認されてもいる。特にフェンシング部に在籍していた学生による決闘は、日常茶飯事だったという。

 こんな背景があるので、五輪など各種フェンシング大会で欧州勢は未だに強いのだ。その意味で、2021東京五輪での日本人によるフェンシング金メダルは、ある意味奇跡であったと言えなくもない。

 そのくらい欧州に於けるフェンシングの選手層は厚い。


 それが何故戦後になって決闘は急速に廃れていったのか。それは、第二次大戦が影を落としているのは明らかで、ミもフタもない言い方をすれば、それまで世界で最も理性的であり、世界を導く存在であることを信じて疑わなかった白人が、よりによって人類史上類を見ない蛮行に手を染めてしまったことへのショックと負い目にあるのは間違いなく、それはアメリカも例外ではなかった。

 これは今だから言えることだが、アメリカは当時から日本への原爆投下を激しく後悔していたのだ。だが、世界最大の核保有国であり、西側のリーダーとして世界に責任を持つ身である立場でそんなことが公言出来る筈もない。

 

 こうした背景が重なり、決闘は蛮行と見做され、フェンシングもその煽りを受けて一時廃れたとも言われている。実は、日本の武道もそのとばっちりでGHQにより禁止が検討されたものの、色々揉めた末に存続となったことが影響しているのは、案外知られていない。

 つまり、武道が精神修養や教育の一環としての位置付であることに活路を見出し、これまでの戦いのためのフェンシングから、スポーツとしてのフェンシングへと進化したのである。


 そんな空気の中で、スタートが迫る中、春とはいえ早朝なのもあり、欧州特有の突き刺すような風が、否応なしに周囲の緊張感を高めていく。


「周囲はまさに決闘相手そのものか」

 そう言いながら、スターティングドライバーの風也は、大時計の針を見つめていた。


 スタートまで、あと10分……

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