跳ね馬の矜持
翌日から、スパは賑わいを見せ始める。
次々とコースインしていくマシン。その中には、日本からの参戦組もいる。その中にあって、フェラーリ陣営は、鬼気迫るものがあった。
それも無理はなくて、去年の富士はまだ言訳が利くにせよ、第二の庭とも言えるセブリングでまさかの取りこぼしは、しくじり以外の何物でもなかった。
今年既に三戦目だが、一勝もしていないというのは、フェラーリの矜持を傷つけるには十分すぎた。何しろイタリアのマスコミ、特にスポーツ新聞のボロカス振りは、ハンパなかった。
尚、日本のスポーツ新聞は、基本的に野球を中心に追いかけているが、イタリアのスポーツ新聞は、F1を中心にモータースポーツを追いかけている。
なので、一昨年はWMGP女子選手権に於いて、SSDが全レースで表彰台を独占していた時、イタリアのマスコミはお通夜状態だった。何しろイタリア勢が、影さえ踏めなかったのだから無理もない。
そして、皮肉にも紅い旋風に、よりによってイタリアの老若男女までもが夢中になっていたのだ。イタリアで佳奈、翔馬が相次いでチャンピオンを決めた時の熱狂ぶりは、凄まじいなんてものではなかった。何しろティフォシでさえ勝者が日本人であることも構わず賞賛と歓呼を贈ったくらいである。
無論、フェラーリ陣営にとっても二年前のあの出来事は決して他人事でも笑い事でもなく、最早我々がイタリア最後の砦だということを、誰もがイヤという程自覚していた。
それが、跳ね馬の矜持である。
監督に至っては、北の教皇からの審判よりも、恐らくは陰で密かに咽び泣いているのではないかと思うと、そちらの方がずっと心苦しかった。
そして、監督は改めて檄を飛ばす。
「明後日が本番だ。もしも12時間後、チェッカーを受けられなかったその時は、私はこの世にいないと思ってほしい」
それは、北の教皇に対する、自分なりの壮絶な覚悟に他ならない。イタリア人というと、何処かのほほんとしていて、食いものと女にだらしがないなどというイメージを抱きがちだが、一方で戦いには日本のスポコンも顔負けの熱き血を滾らせる一面も持ち合わせている。
それも、時に命を賭けた壮絶な覚悟で臨んでくることも珍しくない。しかも、殺さんばかりの気迫で挑んでくることさえも。
情熱のラテンとはよく言ったものだが、それすら超越しているとしか言いようがない。それがイタリア人の真の姿でもある。
そして、今のフェラーリは、まさにそういうモードであった。
まず、ルドが乗り込み、コースインしていくが、そのフェラーリから、焔が揺らめいていたという証言が、後にいくつも聞かれることになる。
ルドはコースインしながら独白する。
「今回、絶対負ける訳にはいかねえんだ。このレースに勝てるなら、オレはそれこそ死んだっていいぜ」
ロレンツォと並ぶ、レース界きっての伊達男とは思えない熱いセリフである。
果たして、IZUMO陣営は、フェラーリに勝利する以前に、スパの地を無事に後にすることができるのだろうか……




