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異変 その2

 あの異変には、さすがのIZUMOも慌てていた。一体何があったのか。ドライブを担当した風也曰く、


「見えない、コースが見えないのよ。これまで走っていたコースとは、明らかに違う」

 まるで、恐怖の記憶を思い出したように、風也の唇は震えていた。恐れを知らぬ世代でさえ、震え上がらせる何かが、このスパにはあるとしか思えない。


 だが、田中はそれを予測していたようで、ある程度原因は掴んでいた。

「恐らくだが、これまでと異なり、スパは平坦ではなく起伏の激しいコースだ。全長14㎞の中で高低差は100mあるが、それだけならそんなに激しいものじゃない。だが、スパはその高低差が特定の箇所に集中している。それが、ラ・スルスからオー・ルージュ、レ・コームに至るまでのテクニカルセクションだ」


 そう、特に問題となるのが、オー・ルージュで、正式にはオー・ルージュとケメルから成る複合セクションであり、二輪と四輪で視界が大きく異なる点だ。

 二輪は視線が高いのと、オープンなだけに視界はそれ程問題ない。だが、四輪は視線が低く、その上IZUMOのようなクーペタイプだと、切り取られたような視界しか得られない。なので、慣れていないとオー・ルージュのような高低差の激しいセクションでは、コントロールの切っ掛けが掴みずらい。


 その上、下りから一転して上りとなるあのS字では、レーシングスピードだと壁に突っ込むように見えるのだ。それが視線が低いと猶更恐怖感を煽る。

 多くのレーサーにとって、あそこは鬼門であり、どれだけスムーズ且つ、速く抜けられるかが、トップレーサーになれるか否かの分かれ目とさえ言われていた。

 風也にしても、こんな体験は初めてだった。


 そこで、田中は一計を案じた。

「これから渦海に乗ってもらう訳だが、あそこの走行ラインを変えよう」

 すかさず渦海が突っ込む。

「もしかして、調布英梨花や西原翔馬のように、あそこのインをショートカットするかのように全速で抜けるのですね?」

「そ、その通りだ。しかし、それは恐怖に打ち勝つのみならず、繊細なコントロールも要求される。大丈夫か?」

「問題ないと思います。そうだ、風也はオー・ルージュで見ていていただけますか?何かヒントが得られるかもしれません。それは、私にとっても有用な筈ですから」

 風也も合点がいったようで、

「分かったわ」


 マシンはコースアウトしたものの、取り敢えず問題ないことが分かったので、渦海が乗り込む。そして、悠然とピットアウトしていく。


「やはり、これまでの平坦なコースとは違う」

 渦海も、スパを見た時薄々感じていたことだが、実際に乗ってみると、想像以上に勾配や起伏が壁となって立ちはだかる。


 尚、レーサー及び関係者が現地入りすると、真先に行うのが実際にコースを歩いての下見である。ラリーで言うところのレッキに相当するが、歩いて調べることで、マシンに乗っている時には分からない変化を把握するのが目的である。

 

 嘗て、といっても30年も前だが、大型二輪免許が公安委員会主催の試験場の技能試験に合格することでしか取得できなかった時代、コースを歩いて下見するのは当たり前であったが、歩いて調べるという、意外な程当たり前且つ原始的な方法は、21世紀現在も有効だ。

 何しろ、同じサーキットと言えども、同じ条件である年は、二つとしてない。


 とはいえ、これは開催期間のインターバルが長い耐久だから可能なことで、当時のコースは10㎞超なんてザラだったのもあり、歩いて調べるのは大変だった。現在、一周は大体4~5㎞前後に収斂しているのも、開催数の増加に伴う負担増加への配慮もあると思われる。

 レーサーにとって、歩くのは結構な負担なのだ。それが積み重なるのはシャレにならない。

 因みに、ルマンの開催地であるサルトサーキットなど、公道を閉鎖して開催するレースでは、そもそも下見すらできない。


 流しではそうでもなかったが、二周目、レーススピードで走ると、周囲が殆ど壁のようにしか見えない。だが、渦海は冷静だった。

「それでも皆、あのスピードで走ってるんだから、問題はない筈」


 渦海は、オー・ルージュに差し掛かる中、考えていた。実は今回の舞台であるスパは、フェラーリにとって圧倒的に有利なコースなのだ。IZUMOは勝てるとは思ってなかったのだが、それと勝利を諦めるのは、話が違う。

 出力はフェラーリに優ってはいるものの、6気筒の悲しさ、伸びの維持力の点で12気筒と比べ、不利は否めないこのマシンで優位に立つには、オー・ルージュを如何に速く抜け、レ・コームまで最高速で引っ張り続けるしか方法がない。

 スパは、とにかくIZUMOにとってスピードが乗りにくいのだ。


「やり方は分かっている」

 オー・ルージュを、インをショートカットするように走れば、フルスロットルで越えられる。あくまで理屈上は。それでもコントローラブルなIZUMOなら、それが可能だった。


 しかし、それが本当に出来るかどうかは、別の問題だ。


 ここをそれで越えられるのが、この世に二人いる。田中もアドバイスはしたが、実のところ、一抹の不安を抱いていた。四輪でそれをやった者は、まだいないのだから。

 直前、渦海は、自分に言い聞かせるように独白する。

「あの人たちに出来て、私たちに出来ない筈がない」

 そう言って、渦海はオー・ルージュへ向けてアクセルを床まで踏み込む。


 その異変に、オー・ルージュへ陣取っていた功と風也は気付いた。風也も分かってはいたが、まさかと思っていたのだ。

「おい、あれって、どう考えても全速で突っ込もうとしてるよな」

「間違いないわ。やるつもりよ。私も考えはしたんだけど、思うようにコツが掴めなかったのよね」


 そして、マシンは、インをギリギリ掠めるようにショートカットして見事に通り抜けた。尚、当時のスパは今と比べ幅も狭く、周囲は森や芝生による丘陵に囲まれ、見た目は牧歌的であったが、コースアウトは人生の終わりを意味していた。

 なので、間違っても縁石に乗らないようにしないといけない。縁石に乗り上げると、マシンに掛かるバランスが大きく崩れて一瞬にしてコントロールを失うことになる。


 実際、それで縁石に引っ掛かってあの世へ逝ったレーサーは数知れない。


 これは余談だが、大藪春彦原作の小説『汚れた英雄』の主人公、北野晶夫は、映画版ではベルギーGPのクラッシュで死亡したことになっているが、恐らくオー・ルージュで命を落とした可能性が高い。1982年当時、既にロングコースではなかったが、危険性は今以上であった。


 悠然と走り抜けていくマシンを後目に、二人は唖然としていた。分かってはいても、まさか本当にやるとは思っていなかった。

「おいおいおい、何て命知らずなんだ」

「まさか、ホントにやってのけるとはね」

 共通していたのは、心臓がこれまでになく高鳴っていたことだ。


 ピットに戻って来た渦海は、至って涼しい顔をしていた。

「取り敢えずこのマシン、カメラを積んでるでしょ。それを何度も見ることで擦り合わせるしかないかもね」

 そう、IZUMOはデータ取りのため、コックピット内にカメラを搭載していた。実は、マシンの挙動を見るより、ドライバーの動きを見る方が有効なのである。

 尚、それが何処で知られたのかは不明だが、次のルマンに於いて、リアルタイムでのコックピット内の映像が生中継されることに。


 この時、オー・ルージュを全速通過したことが功を奏して、何と去年の優勝タイムを1秒上回っていた。ていうか、何だかんだでこのマシンも驚異的な性能には違いなかった。


 パドックへとマシンを撤退させるその時、フェラーリを筆頭に、有力チームが次々と現着していた。すれ違いざま、馬衣の如くカバーを掛けられたマシンを見つめながら、ルドは雪辱を誓っていた。


「ここじゃあ、お前たちの好きなようにはさせないぜ……」

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