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出雲ショック

 デイトナが終わった頃、日本へ飛んだキャロル・シェルビーは、出雲産業を訪れていた。


「それにしても、こんなのんびりした場所で作られているとはな……」

 それが、シェルビーが抱いた第一印象であった。それにしても、ここまでたどり着くのは正直骨の折れる思いだった。

 何しろ山陰は、アクセスする手段がホントに限られるのだ。それは今も本質的にはそれ程変わっていない。


 だが、山陰は、古より日本の産業を陰から支えてきた重要地帯でもある。なので、歴史を知る者からすれば、ここから世界トップレベルのレース用マシンが送り込まれていたとしても、然して不思議には思わないだろう。


 シェルビーはメモを見ながら、確かにここだよなと視線を建物とメモの間で行き来している。

「間違いない。ここだ」

 

 田園風景が拡がるのんびりした中にあって、黄色 (というより稲穂色)の建物は目立つし、それに門には出雲産業と刻まれた青銅のプレートが嵌めこまれている。どう考えてもここしかない。

 約束の時間に30分程遅れたが、事前に連絡は入れていたので、耕平自ら出迎えてくれた。尚、耕平は、海外は育った文化が違うことを理解していたため、予定より30分遅れたのは想定内である。


「ようこそ、我が出雲産業へ。早速こちらへどうぞ」

 耕平は、そう言うとコロンボと同じく、早速シェルビーをレース部門へと案内する。レース関係者は常に時間に追われていることや、外国人はビジネスだと基本的に単刀直入である。

 一呼吸置いてお茶より、工場へ案内する方が有効なのだ。尤も、21世紀現在は日本流接待を受け容れるケースも増えたようだが。


 案内された工場を見て、早速最初のカルチャーショックである。

「まさか、こんな木造の工場で作ってるのかよ」

「その通りです。レース用マシンにとって、最大の敵は静電気ですから。木造の建物はその点、静電気を生まないので、我々的には好都合なのですよ。尤も、アメリカでこれは適用できませんな。基本的に乾燥した場所では、コンクリート造でも問題ありません」

 そう言って、さり気なく塩を贈る。因みに日本で製作する場合、木造の建物が調達できないなら、完成後に外でアーシングして静電気を抜いても問題ない。

 しかし、組立段階で静電気を帯びないようにする方が、より確実であった。


 内部に案内されると、シェルビーは自分の工場と同じ熱意を感じた。シェルビーもまた当時のアメリカ文化の中に育った人間であり、日本に対して何かを期待していた訳ではなかった。しかし、そこでは自分たちと同じ熱い思いを秘めた人間が大勢いることを知り、考えを改めるのだった。

(すげえな。そりゃ強い筈だ)

 まだ技術的な何かを見ている訳でもないのに、そう感じざるを得なかった。そもそもレース用マシンは最先端技術以上に、作り手の情熱の集合体なのである。

 少なくとも、シェルビーもマシンを見る目はあり、見掛け倒しなのか、本物なのかは区別がついていた。そして、あの時乗ったマシンも、そして今目前で組み立てられているマシンも、熱い何かを感じ取っていた。


 耕平から様々な説明を受ける中、シェルビーは工房の隅々まで、サングラス越しに目を皿のようにして視線を送りリサーチしていた。あれ程のマシンを生み出す秘密を。

 実は、レース用マシンの戦闘力を左右するのは、技術力以上にどれだけ工房内部が合理的に整備されているかの方が重要なのだ。シェルビーもそれがよく分かっていた。


(工具は使い終えたら必ず元の場所に戻し、作業が終わった後は汚れた場所をキレイにしている、というより、汚れが予想される場所にはわざと新聞紙を敷いてあるな。動線自体もよく考えられてるし、やはり強いチームは当たり前のことを当たり前のようにこなしてるな)


 日本では戦前から当たり前のことだが、海外ではつい最近まで、意外とこういったことが杜撰だった。例外は1950年代のアメリカだが、その後の度重なる労働争議の中で、次第に職場は荒れていくことになる。

 それは史実での話だが、この世界では、キャロル・シェルビーが来日したことで運命が大きく変わることになるのだ。

 因みにこの時期、フォードも一般の生産ラインは荒れていたのだが、シェルビーが持ち帰ったデータがフォードを大きく変えていき、その影響はGM、クライスラー、更に他のアメリカ企業にも波及していくことになる。


 実のところ、IZUMOがセブリング、デイトナと制したこと自体が、既にアメリカにとって多大な衝撃をもたらしていた。

 それは、零戦が戦争期に圧倒したゼロ・ショックの比ではなかった。何故かって?自動車は兵器と比べ、日常生活により密着した製品であり、それが日本に敗れたことは、アメリカのプライドを大いに刺激せずにはいられなかったのである。


 そして、工房を見学する中、シェルビーは、ある物に目を止めた。それは、図面であった。

(あれは、多分6気筒エンジンじゃない)

 と、耕平が案内している隙を縫って図面に視線をやるのだが、それを見ていてシェルビーは戦慄した。

(な、何だこのエンジンは!?10気筒なんて聞いたことないぞ)

 そして、シェルビーは湧き上がる好奇心を抑えられず、つい耕平に質問をぶつける。

「こ、この図面は、もしかしてニュー・マシンのエンジンなのか?」

 シェルビーにしても、さすがに勇気のいる質問だった。普通、ニューマシンのエンジンなど、最高機密もいいところである。


 耕平は口を噤むのではと思ったが、意外にも快く応じた。

「ええ。これは元々大型農機用のエンジンでして。北海道は広いですからな。しかし、レースにも使えるのではと思って研究しているのですよ」

 更に、シェルビーにとって思ってもない申入れが。

「宜しければ、この図面は差し上げますよ。レースに使うにはちと問題が多いのですが、アメリカでなら活かせるのではと思いましてね。技術とは公共財産でもありますから、誰かに活かしてもらう方が未来のためにもなりますし」


 シェルビーにしてみれば、望外の申し出であった。この時、シェルビーの頭の中では、次に開発すべきレース用マシンの青写真が朧げながら浮かびつつあったのである。

「おお。そ、それは有難い。是非ともいただこう」

 それは、60年代後半から70年代前半に掛け、フェラーリと覇を競うことになる名車、フォードGT45誕生の瞬間といっていいだろう。

 因みに史実でもルマンを制した名車、GT40の40とは40インチのことであり、WECの最低車高規定40インチ (1000㎜)に由来している。

 つまり、その10気筒仕様は、45インチということになる。尤も、それは車体上の吸気ダクトが追加されて生じた高さのためなのだが。


 その後、シェルビーは見学の終わりにIZUMOのエンジンユニットの購入を申し込んだ。勿論OKだったのだが、耕平はマシンを2台そのまま持って行って欲しいとこれまた望外の申入れであった。

 随分羽振りが良いが、実はこの時、耕平はIZUMOの活動は長くないことを見越しており、その技術を誰かに受け継いで欲しかったのだ。


 というのも、通産省の動きがどうも不穏であり、果たして自分たちがこの先も存続できるかどうか怪しかったからである。

 別段経営にどうこうはなかったとはいえ、出雲産業本社はここ島根にある。それ故、通産省が国際競争力の上で不利なのではと考えたとしても不思議はない。

 なので、技術は公共財であり、そして進歩は、無数の暗黙のギブアンドテイクの上に成り立っている以上、自分たちの殻の中で埋もれさせる訳にはいかないと考えたのだ。

 そして、世界で誰かが受け継いだことで花開き、それがやがて日本にも恩恵を齎すことを確信していた。耕平もまた、物事を巨視的に考えられる数少ない経営者の一人であったと言える。


 シェルビーにしてみれば、多少高いものについたとはいえ、思わぬ土産をも手にした。しかし、それだけでは終わらなかった。

 この後、フォードの関係者をここに見学に寄越していいかと申し入れたのである。無論、耕平としてはOKであった。

 実は、互いに利害の一致があった。


 まず、耕平にしてみれば、アメリカ屈指のコンストラクターとして既に名を馳せていたシェルビーとコネを持てることは、レースをする上で何かと有利だし、シェルビーにしてみれば、次世代レース用マシン開発の上で、現状のままでは絶対栄光には手が届かないことをこの工場を見て痛感したのである。


 後にこのエンジンはアメリカで複製されて改良を加えられた上で、シェルビー・コブラという怪物を誕生させることに。それは後に、フロントエンジンがミッドシップを打ち負かした最後のマシンともなるのだ。

 また、そのエンジンはアメリカの排気量命名法、立方インチから184 (エンジェルフォー)エンジン(3016㏄)と呼ばれ、且つスモールブロックより更に小さいことから、ジャパンブロックと呼ばれアメリカで猛威を振るうことに。

 さすがにありきたりの複製ではなかった。

 尤も、乗りこなすのが難しく、使い手は限られていたが、それでも歴史に名を残すエンジンとなることに。


 また、エンジェルと呼ばれるのは、18がエンジェルナンバーであることに由来するのだが、あの過給機を以てしても耳を劈くエンジンには違いなく、口さがない者の間では、エンジェルではなくディンゴの間違いだという意見も。

 

 そして、今回の出来事を、アメリカの産業史では、出雲ショックとして記録することになる……

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