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ビッグ3の焦燥

 レースは半ばに入り、夜が明けても尚、IZUMOがトップであることに変りはなかった。


 初めての夜間であり、途中数台がクラッシュで消えたものの、幸い巻添えにはならず、取り敢えず峠は越えたなと田中は安堵した。

「後は、ゴールまでの12時間を乗り切ればいい」


 残りがまだ12時間もありながら、まるで優勝を確信しているかのような発言は、新参チームとしては傲慢に聞こえるが、それだけの自信があった。

 何故かって?ここまで中海や宍道湖で何度もテストを繰り返していたし、OHVはそもそも耐久性に優れた形式である。

 また、OHVは基本的に弄る必要が、あまりない。レース毎にセッティングをするというのは、至極尤もに聞こえるかもしれないが、弄る度に各部に掛かる負荷などが変化するため、それが何を齎すかは今尚未知数である。

 

 信じられないかもしれないが、レースでリタイアした際、壊れた部品について対策することはあっても、何でリタイアに至ったかまで深く追求するチームやメーカーは稀である。

 強度を増して対策した部品が、実は他の部分に余計な負荷を掛けてトラブル地獄の悪循環に陥るケースは、決して少なくない。


 21世紀現在、日本ではメンテナンスフリーが常識化しつつあるが、実は弄らない方が反って信頼性が高いことが多かったりする。

 このため、現在の国産車は、カスタムなどを反って受け付けなくなっている。一部からは楽しみが奪われるが、これは進化の代償と思って受け容れるしかあるまい。

 また、カスタム王国であるアメリカでも、21世紀に入ってからのアメ車は、やはりカスタムを受け付けなくなりつつあると言われており、カスタムの対象として旧車が今尚求められているのも、このためと推測される。


 夜が明け、デイトナを陽光が黄金色に染める中、プライベーターはほぼ脱落。生き残っていたのは30台いるかどうかであった。

 例年、デイトナでも24時間コースは負担が大きいだけに、完走できるのは半分くらいと言われているのだが、後半戦に突入した時点で7割が消えているというのは、明らかに異常だ。


 原因は一体何なのか。


 実は、蛍の光しか見えない中、トップを走り続けるIZUMOに露骨な妨害が行われており、それに失敗してピットのペリメーターゾーンに突っ込んだマシンがいたり、一部は驚異的なペースで走るIZUMOはいずれ消えると思っていたのが大外れ。慌ててペースアップを指示した結果、エンジンブローなどで消えたケースも少なくなかった。

 中にはドライバーが脱出後、盛大にキャンプファイヤーを起こしたケースもある。

 無論、こういったケースは耐久では珍しくないのだが、その原因が、まさか日本から来たマシンにあるなどとは、大観衆は誰一人予想していなかった。


 そして、まさかの事態にビッグ3陣営も焦燥に駆られていた。

「おいおい、こりゃマズいぞ。我がシェルビーが監修したマシンが、影さえ踏めやしねえ」

 キャロルに代わり監督を務めているピートは、まさかという思いだった。それだけあのシェルビー・マスタングは自信作だったのである。

 実際、後に判明するが、ルマン制覇さえ狙えるマシンであった。それでも2位をキープしており、トラブルの兆候はなかった。


 しかし、ビッグ3の御歴々の目前で展開している光景は、最早悪夢でしかない。

「な、何てことだ。このままでは、我々へのバッシングは確実だぞ」

 ヘンリー・フォード二世は、アメリカの消費者が如何に冷酷非情であるかを知り尽くしていた。それは、良く言えばいい物はいいと偏見なく受け入れるということでもあるのだが、ビッグ3にしてみれば、日本のメーカーに敗れるなど、あってはならないことだ。

 

 ましてや、アメリカは先の戦争で最大の勝利者となった覇権国である。そして、日本はアメリカに敗れた弱小国である。その力学から逸脱する光景が何を齎すかは、明らかと言えよう。

 そして、ヘンリーは密かに独白した。

「だからこそ言ったのだ。日本からは、何もかも奪うべきだったとな」


 戦後、日本に対してGHQは、財閥解体及び、航空機の研究開発を一切禁止した。また、一部の産業設備は使用禁止となるなど、ドイツ、イタリアと比べ要求は苛烈だった。

 しかし、自動車も禁止項目に含まれていたものの、僅か二年後にトラックなど貨物事業並びに公共交通機関用途に限り解除、五年後には乗用車も相次いで解禁となる。

 自動車産業は、この時点で脅威にすらならないとして、そもそも実質的に禁止されていなかった。では何故建前上は禁止されていたかというと、膨大な資源を必要とする自動車産業が、反って日本の復興を妨げる恐れがあったためである。


 だが、日本の自動車解禁に最後まで反対だったのが、ヘンリー・フォード二世だった。

 理由は簡単だった。ほんの僅かな期間で、世界レベルまで追い付くような国に於いて、自動車が例外な訳がないだろと。

 要は、日本の実力を冷静且つ正確に評価していたことの裏返しでもあった。


 その後の日本の復興スピードは、アメリカから見ても異常であった。ヘンリーは、日本の自動車産業が世界の脅威となるのは、早くて25年後とみていたのだが、その予測は、最悪の形で外れてしまった。

 この時点で、あの戦争からまだ17年に過ぎない。

 それ以前に、日本の二輪メーカーが世界で猛威を振るっており、これすら彼からすれば他人事ではなかった。


 信じられないかもしれないが、二輪に対する風当たりの強いアメリカでもWMGPに対する人気は高まる一方であり、来年、WMGPに於いてアメリカGPがラグナ・セカで開催することも決まり、アメリカからもヒーローを求める声は、日増しに高まる一方だったのだ。

 そして、アメリカの二輪市場は、日本に脅かされる一方だった。尤も、それ以前から欧州に比肩どころかそれ以上の高性能マシンが、破格の安値で手に入っていたために、草レースでは既に猛威を振るっていたのだが。

 その頃は、マイナーな存在であったために黙殺されていたに過ぎない。

 だが、日本製バイクの波及は、アメリカに於ける二輪へのイメージすら大きく変えてしまった。


 それ程の訴求力を持つ国から来たマシンが今、デイトナの地で圧倒的な速さを見せつけているのだ。仮にリタイアに終わったとしても、ビッグ3の面目は、既に丸潰れであった。

 何故なら、仮に運も実力の内といったところで、アメリカは棚ボタ的勝利を最も嫌う。


 そして、ヘンリーはおろか、ビッグ3陣営が最も恐れていたことが起こってしまった。


「おい、何でジャップのマシンに追いつけないんだ!!」

「相手は所詮小国のマシンだろ。オレたちのマシンが敗けるなんざ許さねえぞ!!」

「あんな華奢なマシン、何で追い抜けねえんだ!!」

 

 大観衆からは、ビッグ3に対するブーイングの雨霰。フェラーリに負けるのは許せても、日本のマシンに負けるのは許せないといったところだろう。

 似たようなケースでは、ジャンルが異なるものの、1958年、日本競馬からハクチカラが保田隆芳と共にアメリカ競馬に遠征。遠征二年目、G2ではあるが、重賞を制したことで大観衆からはハクチカラへの賞賛の一方、それ以外にはブーイングの嵐だったという。

 余談だが、ハクチカラは引退後、インドへと渡り、種牡馬として大成功。インド競馬の発展に大いに貢献している。


 ブーイングの嵐の中、最早真っ青。その一方、何とIZUMOコールが巻き起こりつつあった。これには、田中もまさかの思いであった。

 が、アメリカとはそういう国なのだということを思い直す。そう、アメリカは実力本位の国なのだということを。

 それでも、17年前の関係は未だに政治的にどころか国際社会でも引きずっているだけに、これは半ば予想外でもあったのだが。


 午後4時。競技委員長が白旗を振り、ファイナルラップへ突入。この時点で、IZUMOは二位のマスタングとの間に20周以上の差をつけており、この一周を走り切れば勝利である。尚、二位のマスタングも去年のレコードを大幅に更新しているだけに、あのブーイングはないだろと思うのだが。


 ファイナルドライバーである渦海は、最後までペースを落とすことなく、テクニカルセクションを、まるでバレリーナの如くマシンを滑らせる。

 最早、敵はいなかった。


 そして、チェッカーフラッグが激しく振り下ろされる中、IZUMOはゴールを駆け抜けていった。その際、渦海はデイトナの芝生へマシンを突っ込ませ、盛大にスピン。これには大観衆も大絶賛。セブリングでの風也への絶賛の様子を忘れていた訳ではなかった。


 悠然とマシンから降り立ち、風也と共に表彰台へ。そして、ロレックスを手にした二人を、大観衆は、新たなヒーローとして、改めて歓呼を贈った。


「ふう。ああは言ったが、ホントにやるとは思わなかったな」

 田中は、勝利以前に、デイトナが無事終わったことに安堵していた。


 それにしても、去年デビューした富士から数えて、今回で三連勝。日本からの挑戦であること以前に、実は驚異的なことでもある。

 何故なら、WMEは年間8レースしかなく、1レースの重みが他のジャンルとは比べ物にならない。そもそもレースの世界に於いて、三連勝は至難なのだが、耐久に於ける三連勝は、重みが格段に違う。

 何しろフェラーリの五連勝を除いて、今のところ三連勝しているのはジャガーしかいないのだ。つまり、三連勝とは名門チームの仲間入りを意味するのである。

 尤も、この時点でIZUMOにその自覚はまだなかったが。


 こうして、デイトナ24時間は、セブリング12時間に続き、IZUMOが勝利したことで幕を閉じ、アメリカラウンドでまさかの日本のマシンの勝利に、翌日のメディアは大いに沸いた。

 朝のニュースは、アメリカと言えども、さすがに視聴率は低くなりがちなのだが、その日に限って視聴率は何と30%をマークし、学校や職場に遅刻した者が相次いだという。


 だが、ビッグ3にとっては、ここからが本格的な戦いの始まりであった。

 ニュースはおろか、各新聞でもブーイングは凄まじく、それは非難というよりも、国民による叱咤激励と言える。

 本社には苦情も相次ぎ、結果、ビッグ3は自動車開発により本腰を入れざるを得なくなる。そしてIZUMOによる思わぬ波及効果として、これまでのビッグサイズのみならず、コンパクトサイズのクルマを求める声が次第に増えていった。

 どういうことかというと、IZUMOの小気味よい走りに対し、ビッグ3もハンドリングでは負けていないのだが、如何せんそれと比べれば鈍重であった。

 それが消費者を大いに刺激したのである。


 ビッグ3に於いて、誰よりも今回の敗北を屈辱的に感じていたのがヘンリーであったのだが、水面下で進めていたフェラーリの買収交渉が事実上失敗に終わったことも、フォードによるWME制覇計画に拍車を掛けることになる。

 それに伴い、フォードのみならずビッグ3では、組織改革までもが進行していく。特に経営体制の刷新は目を瞠るものがあった。これにはスポンサーでもあるウォール街が猛反対したのだが、このままでは日本に潰されるという危機感の前に、その声は聞こえないも同然であった、

  

 それだけIZUMOの圧勝劇で受けたショックは大きかったのである。航空機ではこちらが覇権を握ったが、自動車は航空機以上にアメリカにとっては血肉にも等しい産業であり、自動車で日本に覇権を握られるなど、まっぴらであった。

 その影響は、自動車産業に関わる裾野の隅々にまで及ぶのだが、やがて自動車業界のみならず、他の業種にまで及ぶことになる。

 

 これまで、アメリカでは利益を上げることが正義であった。しかし、それだけでは我が国は日本に乗っ取られてしまうという危機感が、アメリカを刺激したのだ。

 全ての業種で、ウォール街の諫言は黙殺され、ウォール街もその声には抗えないと知るや、業態転換に踏み切ることになる。


 意図するしないに関わらず、山陰の片田舎のメーカーは、アメリカを全く違う国へと変貌させてしまった。


 そして、前年ガガーリンが史上初の宇宙飛行に成功したことで、アメリカは大いに沸き、時の大統領ケネディが、人類を月を送り込むことを公約した時のように、アメリカはいつの間にか一つになっていた。

 労働者に至っては、あの光景は余程ショックだったのか、労働争議そっちのけで仕事に励む者が続出することに。


 因みに、それを象徴するセリフが今も残されている。

 前代未聞の利益が上がったことで、とある工場の経営者は社員の給与アップを言い渡すも、何と社員が拒否する事態が発生したのだ。

『給与アップだあ?んなこと言ってるから日本に負けるんじゃねえか。こちとらもっといい仕事すっから、経営者はもっといい製品作ること考えろ。オレたちはそれに対してベストを尽くすまでだ!!』

 尚、こう言った夫に対し、家族も賛同したと漏れ伝わる。最早、彼らにとっては、カネよりもプライドの方が遥かに重要だった。

 それでもさすがに給与アップは不可避だったが。


 一方、そんなことなど露知らずのIZUMOは、ロレックスを獲得した喜びも束の間、次からはいよいよ欧州ラウンドであり、緊張を滾らせていた。

 最初のレースは、スパ・フランコルシャン12時間。更に、その次はいよいよルマン24時間なのである。いずれもその名を知られたWME屈指のビッグ・レース。緊張するなという方が無理であろう。 


 だが、IZUMOは欧州で初めてのレースで、大いなる挫折を経験することになろうとは、この時知る由もない……

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