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ビッグ3

 レース前日、デイトナ・スピードウェイに隣接するホテルにて、ビッグ3が大々的に発表会を行っていた。


 エンタメ王国アメリカらしい、華々しい演出の中、シボレー、フォード、ダッジのマシンが、次々とベールを脱ぐ。


 煌びやかなスポットライトの中、一番手はシボレー・コルベット。実はモデルチェンジも兼ねており、初代はハーレー・アールによる如何にもアメリカンテイスト漂うGTといった趣であったが、ビル・ミッチェルによる二代目は、初代の装飾を全て削ぎ落したかのようなストイックさが特徴であった。

 これは、異例にヨーロッパ的でもあるものの、直線的なデザインは当時のアメリカのトレンドに従っており、一見しただけでアメ車と分かるのは見事であろう。


 後にC2と呼ばれて市販されることになるが、初代まで搭載していたスモールブロックに換え、新開発のビッグブロックが搭載されていた。

 カラーリングは明るめのメタリックブルーに白のシングルストライプ。因みに当時はナショナルカラーで戦っていた最後の時代であり、アメリカは黒、もしくはメタリックブルーであった。そこへ白のストライプが加わる。


 初代と異なり、このC2と呼ばれることになるモデルは、調教で引き締まったサラブレッドを彷彿とさせる。


 続いてベールを脱いだのは、フォード。


 それは、見事なファストバックスタイルであり、当時専務だったリー・アイアコッカが自信満々にプレゼンする。

 これは、再来年市販予定のマスタングであると。実はこのマスタング、史実とは少し異なる点がある。


 まず、車高が20㎜低められており、ウインドウ部分が小さい。その分フロントウインドウが立てられていると同時に、左右が大きくラウンドしている。

 尤も、このデザインはオールアルミなのもあってコストが嵩むため、オプション扱いとなるが、ホットロッド仕様の半分がこのタイプであったという。

 また、ファストバック仕様はガーニーウイングと呼ばれる垂直の安定板がトランクリッドに装着されていた。

 こうすることで、アップフォースとダウンフォースを釣り合わせており、ここだけの話、シェルビーが密かに監修に関わっている。

 尚、このマシンもエンジンはビッグブロックであった。


 カラーリングは同じくメタリックブルーだが、やや暗めなのと、白のストライプはダブル。尚、アイアコッカはこれをポニー・カーと自称している。


 これは余談だが、マスタングは史実と異なりGT的な外観ではあったものの、純粋なスポーツカーとして開発され、内装についてはフォード・ファルコンを筆頭に既存車種から巧妙に流用することでコストを抑え込んでいた。

 それでも密かに招聘したカップルに事前に見せて値段を推測してもらったところ、予想より平均1000ドル高い値段を付けており、所謂1000ドルマジックカーとしても有名になる。

 また、『マスタングは貴方のデザインされるようにデザインされています』というセールストークでも有名だが、これはベーシックモデルに豊富なオプションを装着することで好みの仕様に仕立て上げられることを意味していた。


 尚、このボディも含め、ビッグブロックを搭載したホットロッド仕様だと、ベーシックの2400ドルに対し、8000ドル以上した。

 外観上の特徴は、アメリカ的な装飾を一切削ぎ落していることにある。

 これを当時の日本に輸入し、関税が40%掛かったのと合わせ、更に現在の額に換算すると、4000万円を軽く超える。


 後にこのパッケージは、パワード・バイ・シェルビーと呼ばれ、史実を上回る倍の400万台を記録する超ヒット作にあって、購入資格はA級ライセンス以上所持者という条件も相俟って、2万台しか作られなかったレアモデルでもあり、21世紀現在はレースでの活躍も相俟って10億円を超えるプレミアが付いている。

 実質的にはレースで消耗しているため、恐らく残っていても20台あるかどうかと言われており、90年代、日本の納屋でまさかのフルノーマル且つ新車同様の個体が見つかった時には、大騒ぎとなっている。


 因みにこのマスタング。ショウの後でその場で購入を申し入れた者がおり、結果発売は再来年の筈が今年の12月に大幅前倒しとなる。

 何で再来年だったのかというと、そもそもがアイアコッカの個人プランとして密かに開発された、俗に言う闇研であり、GTとして開発をスタートさせつつ、実態はレーシングカーであったため、まずレースで既成事実を作ることにより社長を納得させた上で発売する計画だった。

 確かにフォードは若返りを必要としてはいたが、予想を超える過激作であったため、さすがのアイアコッカも二の足を踏んだ。 


 しかし、この予想外の好評が耳に入ると、さっさと販売しろと命じたのは社長の方であったという。


 その過激作振りはオーラとしても発散しており、会場の端でGMの関係者がヒソヒソしていた。そもそもマスタングのライバルはカマロなのだが、カマロはこの世界には存在しない。そして、世界を巻き込んだコルベットとマスタングによる性能競争が勃発することになるのだ。


 いよいよ、最後はクライスラーだが、ベールを脱いだ瞬間、先の二台とは異なり、息を呑む静寂が会場を包み込んだ。

 

 その名は、ダッジ・チャレンジャー。


 直線的で伸びやかなデザインは、ファストバックと相俟って絶妙なバランスであり、見事としか言いようがなかった。

 大柄ではあったが、巧妙なバランスのお陰で恐るべきハンドリングを誇った。

 エンジンは新ヘミと役員は自信満々に発表する。実はこのエンジン、ターンフローであった。


 ヘミとはクライスラーが開発したエンジンで、そもそもヘミとは日本語で半球型燃焼室を意味しており、それ故バルブ配置はクロスフローだった。

 しかし、ここに来てクライスラーはニュー・エンジンを投入してきたのである。そして、ターンフローということは、事実上ペントルーフ型であり、半球型ではないにも関わらず、ヘミの名を継承しているということは、このマシンが並々ならぬ意欲作であることを意味していた。

 だが、GMとフォードが共にビッグブロックだったのに対し、何とスモールブロック。それでもプレゼンしている関係者の表情には一切動揺が見られないことから、互角以上に戦える自信が窺える。

 尚、排気量は後に5リッターV8であることが判明。


 会場にはIZUMOの面々もいたのだが、取り分け戦慄していたのが田中であった。

「ターンフロー……我々と同じことを考えている技術者が、まさかアメリカにいたとはな」

 そして、自分たちのマシンの特性を考えると、大柄な見た目とは裏腹に、ハンドリングマシンであり、且つ、空力パーツが見られないことから、恐らくは空力も同じ考えなのだろうと推測していた。


 カラーリングは、ミッドナイトを連想させるメタリックブルーだが、トップはシルバーにペイントしたツートーンカラー。伸びやかなシルエットを一層強調している。


 そして、ビッグ3の中で取り分けヤバかったのが、田中が予測した通り、このチャレンジャーであった。7リッターにもなる二台を向こうに回し、特にテクニカルサーキットでは無敵を誇った。

 ただ、欧州勢と戦うにはやや戦闘力不足だったようで、二年後に同じく7リッターへと換装するが、優れたハンドリングは殆ど崩れなかった。


 因みにチャレンジャーでもこのファストバックは翌年の僅か一年しか作られなかったレアモデルでもあり、21世紀のカスタマーの間では最も求められる一台ともなっている。

 その生産台数は、12シーズンに及んだ160万台の内、たった12000台に過ぎない。その内、およそ半数が欧州に渡り、日本にも1000台が渡った。


 ビッグ3の本気を前に、欧州勢は無関心であった中にあって、IZUMOはデイトナが先のセブリング以上に苛烈な戦いとなることを、密かに覚悟するのであった……

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