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ロレックス

 一時はどうなるかと思ったが、杞憂に終わったのに加え、キャロル・シェルビーというまたとない人脈をも得ることになった。


 そして、まだ3月だというのに、デイトナは季節外れの暑さに見舞われていた。だが、これこそが日本人が思い浮かべるフロリダであり、デイトナでもあることは確かだ。


 ここで蘊蓄として、ロレックスのラインナップでもつとに有名な、コスモグラフデイトナは、デイトナ24時間で冠スポンサーを務めていることに由来しており、それは1991年からのこと。

 なので、デイトナで表彰台に上った者は、副賞としてロレックスコスモグラフデイトナが贈られる。

 その前身は驚くほど古く、1950年代のコスモグラフまで遡る。


 本来はその名の通り、宇宙飛行士のために開発された時計であり、その後NASAからのお墨付きをもらうための熾烈な競争に敗れたことで、これをモータースポーツに売り込んだのが始まりであった。

 そして1959年、デイトナ・スピードウェイが完成したのを受け、ロレックスが公式時計を務めた際、コスモグラフデイトナが誕生することになる。


 また、ロレックスはそれ以外にも黎明期からモータースポーツでしばしば計測も担当していることは、知る人ぞ知る話。ブランドばかりが独り歩きしている傾向にあるとも言われるが、優秀な時計であるのもまた事実である。


 だが、この当時、冠スポンサーはロレックスではなくペプシであった。尚、オイルサプライヤーはセブリングに引き続き、モービルが務める。


「ふう。それにしても暑いわあ」

 日本はこの時季、冬が終わったばかりでまだまだ肌寒い中、デイトナは季節外れとはいえ、まさに灼熱という他なかった。

 渦海は、特にしんどそうだった。それも無理のない話で、元より寒冷な山陰育ちの上、どう見ても皮下脂肪率の高そうな見た目は、やはり暑さは苦手であった。


 尤も、山陰は、夏になると山陽よりも反って暑いくらいなのだが。ここだけの話、彼女は巫女として研鑽を積んで来た関係上、殆ど学校に通うこともなく、あの出雲の山に囲まれた神社から出ることもなかった快適生活が祟っていた模様。

 俗に言う深窓の令嬢に他ならない。その点、風也の方が逞しかった。

 

 現役期間中、渦海にとって、暑さ対策は終生の課題として付き纏うことになる。


 そんな中、マシンは着々と準備が進められていたのだが、審査はテスト走行をも兼ねており、後で調べたところ、大した疲労は見つからなかった。想定内であったとはいえ、やはり田中としては分解してみるまで不安であった。

 しかし、セブリングの時以上に、IZUMOを囲むメディアは多かった。何しろあれだけ大々的に宣伝した以上、これは無理もない。

 テスト走行の様子は、予想以上の視聴率を記録した。


 そして、デイトナはアメリカにとってインディアナポリスと並ぶモータースポーツの聖地でもあり、アメリカ三大モータースポーツイベント (デイトナ500、インディー500、デイトナ24時間)の一つでもあるデイトナ24時間に挑もうと日本からやって来たチャレンジャーが、注目されない筈がない。

 その上、前のセブリング12時間で勝利しているとあっては猶更だろう。


 だが、その突き刺さるような視線の多さに風也は、

「これはまた、セブリング以上に風当たりは厳しそうね」

 と、心中密かに覚悟していた。


 所謂女の勘ではあったが、それは、必ずしも的外れではなかった。


 実は今回、ビッグ3は密かに市販予定のスポーツカーをプロダクションカーとして送り込んでいたのである。そして、60年代は、実はアメリカの自動車産業が最もホットだった時代であり、今見ても高く評価されるべき意欲作も多かった。

 アメ車というと、全盛期はテールフィンとクロムの50年代だろと思う方も少なくないだろうが、自動車史に特筆されるべきは、どう考えても60年代である。

 でなければ、いくら巨額のカネを注ぎ込んだとはいえ、フォードがフェラーリに勝てる筈もない。


 そして、そんな時代に日本の自動車メーカーは、アメリカへと進出していたのだ。正直、蟻が巨象に挑むなんてレベルではなかった。

 この時代の日本人の恐れ知らず振りは、今の基準で見ても想像を絶している。


 今回、懸念材料があるとすれば、ビッグ3が意欲作を送り込んでいたのを別とすれば、初めての24時間レースということだ。

 ドライバーにとっても、マシンにとっても、チームにとっても、全てが未知の領域である。


 だが、周囲の緊張をよそに、二人は呆れるほど呑気だった。

 というのも、この年から表彰台に上った者には、副賞としてロレックスから時計が贈られることになったのだ。それが翌年から公式に市販されることになる、コスモグラフデイトナである。

 その副賞は既に展示されており、見事過ぎるデザインに、喉から手が出る程だった。

「コレのレディースモデルってないかなあ」

「うんうん。それ思う」


 因みにこの時代、日本では限られた時計店でしか手に入らなかった、雲上の時計でもあった。ロレックスの名もまた、日本では早くから知られていた。

 そして、当時は現在と異なり、カネさえあれば手に入った。フェラーリを擁している家に買えない筈はないのだが、悲しいかな、当時の山陰や備前の田舎でロレックスは手に入らない。


 上述と矛盾するのは承知の上で、信じられないかもしれないが、高級時計は高級車以上に昔から入手難易度は高い。当時、カネさえあればといっても、入手できるのは、ほぼ大都市に限られる。

 

 当時、ウォルサムでさえ相当な立場の人でないと手に入れられなかった時代、ロレックスともなれば猶更であろう。

 その上、当時の日本は、まだまだ明治以降の階級社会的な空気も残っており、ロレックスを扱っているような宝飾店は、気軽に行ける場所ではなかった。


 ましてや、日本では腕時計は国産でさえ、まだまだ高嶺の花だった時代でもある。


 その、ロレックス欲しさに勝利を目指すという、不純過ぎる動機が、まさかの事態を齎すなど、誰も知る由もない……

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