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条件

 コロンボが出雲産業を訪れていたその頃、次なる戦いであるデイトナ24時間出走に関して、アメリカのレース統括団体であるIMSAから、IZUMOに対し、ある条件が付きつけられた。


 それは、騒音規制をクリアしないと、次のデイトナ24時間出走は認められないというものであった。尚、その数値は、85㏈以下であること。別段規定はなかったが、看過出来ないレベルだったのだ。

 実はセブリング12時間に於いて、IZUMOが撒き散らした騒音は、想像を絶していた。


 あの時、IZUMOが記録した騒音は、最大時で何と110㏈。これは、ジェット旅客機並であり、離陸寸前の音にほぼ等しい。

 つまり、ジェット機が12時間に渡って地上を走り続けていたことになるのだ。


 観衆は大興奮であったが、終盤デッドヒートを繰り広げたロレンツォは、プラズマを浴びて身体が真っ赤になっており、痛すぎて三日間シャワーも浴びられなかった他(事実上の火傷であった。第一度以下の軽度とはいえ、これはさすがにキツい)、他のドライバーからも耳の不調を訴える者が多く (大半がよりによって全治一週間。しかもこの間マシンに一切乗れない)、デイトナ24時間は、セブリング12時間と並んで当時WMEの一戦に組み込まれていたとはいえ、主催していたのはFIAではなくアメリカのIMSAである。

 なので、IMSAとしては、安全面の観点からも無視できないと判断したのだ。尤も、FIAも問題視してはいたが。


 このため、IZUMOに対し、厳しい条件を突きつけざるを得なかったのだ。この、得なかったとは、IZUMOの走りに観客は大いに熱狂したことから、彼らを一種の資産と見做しており、このまま追放するには惜しい存在であったことを意味する。

 如何にもアメリカらしい考えと言えなくもない。


 とはいえ、彼らの主張は尤もであり、田中からすれば半ば想定内ではあった。そして、クリアする自信も十分あった。なので、大して慌ててはいなかった。

 取り敢えず、次のレースまではまだ一か月あり、解決には十分すぎる猶予が与えられていた。


 尚、史実ではデイトナ24時間開催は2月であり、セブリング12時間が3月なのだが、この世界では逆になっている。

 史実に於いて、デイトナ24時間が先である理由は、恐らくNASCARのデイトナ500の開催日であるワシントン誕生日の前日の日曜日 (ワシントンとはアメリカ建国の父にして初代大統領、ジョージ・ワシントンのことで、彼の誕生日は2月22日だが、現在開催日は2月の第三日曜日となっている)へ向けて、集客効果を高めるプレイベントとしての位置付なのだろう。

 大きなイベントは、ある程度の密度で開催する方が、集客は見込みやすいからだ。何しろアメリカにとって、2月はプロスポーツのオフシーズンでもあり、IMSAとしても、これを逃す手はない。


 因みに、アメリカ人は無類のスポーツ観戦好きであり、スポーツ専門チャンネルが成り立つ故である。他国では採算が合わない。

 それだけアメリカではプロスポーツが盛んなことを意味しており、そりゃオリンピックで多数のメダリストを輩出するのも当然だろう。


 話を戻して、では何故この世界では逆なのか?実は、安全面を考えると、デイトナ24時間は、3月の方がマシンへの負荷が少ないからで、2月開催でも数珠繋ぎでスリップストリーム合戦を展開するデイトナ500では、実を言うとマシンへの負荷はそれ程でもない。

 実際、リタイアの多くはマシントラブルよりも、集中力を切らしてのクラッシュである。


 また、2月はフロリダでも寒冷期にあたっており、空気密度が高くなるため、マシンを支えるダウンフォースも大きく、スリップストリームの中で急な進路変更をする場合、かなりのダウンフォースが必要なので、その点でも好都合なのだ。尤も、開催が2月なのは様々な偶然の産物であるが、偶然も重なれば必然と言えよう。


 これは余談だが、NASCARシリーズに出場するマシンの車重はかなり重い。何しろ21世紀現在でさえ、最低規定重量は何と1560㎏。インディーカーやF1の実質倍である。

 一方、空力パーツやその他規定は、運営費を含むイコール・コンディションを保つために厳格を極めており、研究費などでコストが非常に高いものにつくエアロパーツについては特に規制が多く、それは21世紀現在も尚シンプルな外観に反映されている。

 これは邪推かもしれないが、1560㎏という規定は、上述の理由は事実にせよ、建前としての側面も兼ねており、恐らくはこの車重で以てダウンフォースを確保するのが目的ではないだろうかと思わざるを得ない。

 

 無論、エアロパーツでも工夫次第でスリップストリーム合戦は可能なのだが、もしもそのエアロパーツに何らかのトラブルが生じた場合、一瞬にして制御不能となることを意味し、仮に先頭グループで問題が発生すれば、観客との距離も近いだけに、未曾有の大惨事が予想される。

 

 そんなことにでもなれば、訴訟社会であるアメリカのことなので、賠償だけでIMSAの破産は確実であり、加えて政府としても問題視せざるを得ず、最悪の場合、アメリカでモータースポーツが禁止となる可能性もないとは言えない。

 そうなれば、多くのカスタムショップが廃業を余儀なくされ、その上、アメリカの自動車産業までもがダメージを受けることになる。

 それによって、アメリカの全ての産業が巻添え、恐らく航空産業などの近代産業は、他国への亡命を余儀なくされるだろう。

 アメリカ経済は急速に縮小し、鉄道さえも維持できない。


 そしてアメリカは、西部開拓時代にまで巻き戻ることになり、駅馬車が幅を利かせることとなるだろう。


 これは大袈裟かもしれないが、IMSAが最悪の予想を考えていないとは、到底思えない。


 それでも技術の進歩には抗えず、マシン開発費やチーム運営費の高騰に悩まされており、進歩とイコール・コンディション維持のイタチごっこからは、NASCARでさえ逃れられていないのが現状である。

 そして、現在NASCARの規定は、上述の理由からレースを含め、まるで法律書のように複雑化しており、開催に専門の弁護士が必要ではないかと思いたくなる。


 それでも、レースの本道を保とうとする姿勢に関しては、評価すべきであろう。


 話を戻そう。


 IMSAからは、勿論期限をつけられており、デイトナ24時間開催日の一週間前、2月の第4日曜日までと決められた。

 その日、デイトナ・スピードウェイでテストを行うと。また、テストに際し、不正行為防止のため、ドライバーはこちらで用意するとも。

 また、これをイベントとして告知する予定で、観客からブーイングが出れば、当然出走は出来ない。殆ど異端審問だ。


 あまりにも過酷な要求であり、特にドライバーに関しては、こちらは一切関与できず、第三者に操縦させることによって、多くの技術的な機密が明らかとなってしまうことに、田中は内心難色を示したが、IZUMOの将来に換えられるものではなかった。

 それに、いずれ技術的な秘密は否応なしに知られることとなる。それが早まったに過ぎないと考えを切り替えることにした。


 しかし、田中は、これが要求内だけで済むとは思っていなかった。最悪の場合、ビッグ3のお偉いさんだけでなく、アメリカ全土に点在するカスタマーも来るだろうと確信していた。もしかしたら、アメリカのことなので、特別番組と称してメディアも押しかけてくる可能性も否定できない。

 地上波と異なり、専門チャンネルは番組の編成組み替えが容易だからだ。


 山陰の地で心血を注いだ結晶が、アメリカの衆目に曝されるのは確実とみていた。


 チーム内では、この条件に当然抵抗を示したが、これは言い換えれば、それだけ評価してくれているのだと解釈しろと、説き伏せた。それに、渦海と風也も、第三者が乗ることで、デイトナの攻略法が分かるとして、IMSAの要求に賛意を示した。


 ともあれ、残された時間は少ない。一か月もあるといっても、こういう時に限って、時間は速く過ぎていくことも田中は心得ていた。時間は、常に本質的には味方でないことを。


 数日後には現地入りし、早速マシンの組み換えが行われた。尚、この間ドライバー二人は一切ノータッチであった。

 IMSAから、二人は当面指定されたホテルで預かると言われたのである。無論、その間二人は賓客として大いに遇されることに。


 そして、パドックでマシンが組み替えられている様子を、サングラス越しに遠巻きに見つめている男が一人。

「あれが、問題のマシン、IZUMOか。オレもレースは見させてもらったが、うるさいのを除けば、あんなに興奮させられるマシンはないぜ。今から楽しみだ」


 そう独白している男の名は、キャロル・シェルビー……

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