イタリアン・スパイ その2
アリタリア機が、途中カイロ、ニューデリー、香港を経由して、羽田へ到着したのは、出発からおよそ一日後であった。
日本の地に降り立ったコロンボだが、昨今の日本ブームと異なり、異国情緒に何の感慨も抱いてはいなかった。何しろ目的は敵情視察である。尚、今回の旅程は、およそ二週間。
そして、彼が島根に向かおうとした、その時であった。
「イタリアからいらっしゃいました、ジョアッキーノ・コロンボ氏ですね?」
突然声を掛けられ、一瞬戸惑うコロンボ。だが、声を掛けた日本人は平然としたものであった。
「私は河野洋平と申しまして、嘗て貴社を訪問したことがありますので、憶えめでたいとは思うのですが」
そう、コロンボに声を掛けたのは、河野洋平であった。実は、大使館から電報を受け取った際、父一郎から迎えに行けと言われていたのだ。
そして、洋平はコロンボにあることを告げる。
「実は、コメンダ・ドーレからガイドを頼むよう言われておりまして。それで、参考になりそうな場所へ、私が案内するよう仰せつかっております。なのでご安心を」
コロンボにしてみれば、これは寝耳に水であった。
そもそも互いに打倒IZUMOという意見は一致していたし、そのために日本に行って何かしら土産を得てくる必要があることも。
だが、現地ガイドなど聞いていない。洋平のことは覚えていたが、胡散臭いと思うのは当然だろう。
「それは本当なのか?」
「ええ。御疑いでしたら、帰国後に訊いていただければ宜しいかと。こちらと致しましても、貴方程の大物に何かあった日には、貴国との関係にも響きますので」
そう聞いたコロンボは、あのエンツォに一杯食わされたような気がした。そして、何故洋平がガイドなのかも。
実は、エンツォはコロンボが技術者としては素晴らしい反面、交渉下手であり、恐らくそれが原因で大した土産は持って帰れまいと予想していたのである。
無論、自身も自分の欠点は自覚はしていた。だが、これはないだろと思ってしまう。
というのも、コロンボは、なかなかの伊達男であり、交渉下手ではあるが口説きの達人でもあることから、それでどうにかなると思っていたのだ。
尤も、日本人に口説きが通用しないことについては、エンツォの方がよく分かっていたと言わざるを得ない。洋平を見てそう痛感したのだ。
だが、それでコロンボは怒る気にはなれなかった。それがコメンダ・ドーレとしての愛情表現であることも理解していたから。
観念したコロンボは一言、
「分かった。そこまで言うなら相応の土産を用意していると思っていいんだな?私の要求は高くつくぞ」
「勿論でございます。寧ろ、我が国の工業を天下のフェラーリに見て頂くなど、身に余る光栄ですから」
こうして、洋平のガイドによる、コロンボの工場行脚が始まった……




