ワルキューレの舞 序章
当時の耐久レースでは、予選は事実上ない。何故ならレースの性格上、スタート時の順位は意味がないからだ。
なので、スタート時のグリッドはボール形式である。
この時、フェラーリは何とチーム・モデナが2を引き当て、IZUMOはビリを意味する90を引き当てた。つまり、今回参戦するのは90台に上る。随分多いが、その中にはアメリカからのエントリーもあるためだ。これが実は思いの外手強い。
因みに21世紀現在、アメリカの自動車産業は凋落して久しいが、カスタムショップを始めとしたプライベーターのレベルは別格で、世界的なコンストラクターも未だに少なくない。
それがアメリカのモータースポーツ、引いては自動車産業を辛うじて支えているのである。
62年の開幕戦であるセブリング12時間のスタートは、午前10時。ゴールは午後10時となる。アメリカの場合、終了時刻をナイターに持ってくることが多いのだが、それは、テレビ中継を意識しているためで、ナイターはゴールデンタイムなのだ。
プロスポーツが早くから発達し、エンターテイメント王国であるアメリカらしい発想と言えよう。
これは余談だが、その一方、日本と異なりモータースポーツ以外のプロスポーツは、基本的にデーゲームが多い。これは恐らく国土が広く、それ故家路までの距離が遠いことを勘案してのことと思われる。
というのも、この時代はアメリカにとって比較的治安の良い時代であったが、同時に都市部では黒人差別が問題視されるようになり、公民権運動が盛んになり始めたことで、治安悪化の懸念があったからだ。
特に夜間外出はこの頃でも危険になりつつあり、そんな中でナイターを行うのは危険すぎる。
じゃあ何でモータースポーツ、それも耐久に限ってゴールがナイターなのか。
まず、視聴率の観点から、他のスポーツと視聴率の食い合いを防ぐため。ナイターはゴールデンタイムなので莫大なスポンサーフィーが飛び交っており、出資している企業側にしてみれば、視聴率の食い合いは堪ったものではない。
そんなことをすれば、テレビ局にとっても信用問題になる。
また、開幕となる3月は、MLBの開幕が目前であり、スプリングトレーニングなどキャンプシーズンでもあるため視聴者の関心は高く、優先順位が高いこと、他のプロスポーツ、NFLは既にシーズンオフだが、NBAやNHLはクライマックスを迎えているためにやはり視聴の優先順位が高い。
こういった事情を勘案してアメリカのモータースポーツは開催されているのだ。
本来ならセブリングは開催地であるフロリダが、雨によって冷却が期待できる4月の方がマシンには望ましいのだが、そもそもアメリカのプロスポーツは早くからスポンサーによって賄われていたので、これは仕方がない。
また、インディーカーなど、古くから伝統あるレースは開催スケジュールが既に決まっており優先順位も高いが、セブリングは当時NASCARと並んで開催が1950年前後と、当時は歴史も浅く、その点でも止むを得ない。
因みに上述の問題からゴール後の帰路が懸念されるが、フロリダ州は富裕層の多い地域であり、その点での心配は、他の都市部と比べると少ない。富裕層は、いつの時代も鷹揚である。
第一、セブリングの観客の大半が地元で占められており、国土が広い所為もあって、それ以外はテレビ中継で観戦しているのも好都合だった。こういった事情を抱えるアメリカに於いて、わざわざ遠方から観戦に来るのは余程のマニアと言ってよい。
因みにマニア自体は、何処の世界にも少なからず存在するものである。
この時季、フロリダは所謂サンシャインシーズンの只中であり、半島特有の気候でもある慣れない乾燥した空気が、IZUMOにとって最大の懸念かもしれない。寧ろマシンより、ドライバーにとって。
何故かって?慣れというのは恐ろしいもので、乾燥した場所は確かに過ごしやすいのだが、日本人の身体は高温多湿の方に慣れているからである。
さて、エンターテイメント王国アメリカらしく、所謂前イベントは7時頃から目白押しで、且つパドックへもテレビカメラが盛んに入っていて、フェラーリを筆頭としたトップチームは無論、東洋からの挑戦者であるIZUMOにもメディアは容赦なかった。
正直、そのインタビュー攻勢には反って面食らった程である。監督である田中は元航空関係だったのもあり英語は堪能だったし、進駐軍相手にスラングも心得ていたが、慣れない取材に応えるのは一苦労だった。
また、これは想定内であったが、マシンへの取材も凄かった。
ベトベト触るのは当たり前、中には乗り込んで確かめているリポーターもいる。正直機密事項の塊なので、遠慮して欲しかったが、出発直前耕平から取材は一切断るなと念を押されており、どうしようもない。
今にして思えば、こういうことだったのかと、田中は諦念という名の悟りの境地にいた。
因みに言葉の端々にOLDという単語が聞こえていたので、ティアドロップの外観もあり、何とも古めかしいマシンだと評価していたのは間違いないだろう。
尚、アメリカのリポーターの取材は、デスソース並みに辛口である。特に新参者、その上東洋からの挑戦者とあっては猶更であろう。
なのでOLDという単語と合わせ、一体どんなジョークやスラングで評価していたのか、凡その想像はつく。
それに、エンジンルームも取材対象であったため、OHVなのはともかく、ターンフローであったことや、世界的には既に衰退して久しかったルーツ式スーパーチャージャーなどについても目を瞠り、フラッシュを浴びせられることに。
スーパーチャージャーは、アメリカ好みではあったがWME以外では実質使用禁止であったし、その欠点も分かっていたので、この時代、既にカスタムカーのみに許される存在となっている。
これは余談だが、今から10年後にアメリカのハイパワー競争は、マッスルカーという最終形態で以て全盛期を迎えるものの、スーパーチャージャーはオプションにすら設定されておらず、日本人が知るボンネットから突き出した巨大なスーパーチャージャーは、基本的にカスタム仕様だ。
日本と異なり安全基準は非常に厳しい反面、自己責任でもあるアメリカでは、日本では考えられないようなカスタムパーツが簡単に手に入る。無論、カネがあっての話だが。
尚、カスタムカーは、基本的に保険引き受けの対象外となることが多い。なので、こういったカスタムカーで人身事故でも起こした場合、目も当てられない。人生が間違いなく終わるばかりでなく、子々孫々にまで累が及ぶリスクも高い。
このため、その多くは公道を走行することを前提としていないショーカーであることが多く、基本的にはサーキットでしか走れないと思って構わない。
話を戻して、こうした取材に、所謂メーカーのスパイが紛れ込んでいることは常識である。なので、アメリカの関係者は富士での映像も見ていただけに、何でこんなマシンにフェラーリが敗れるハメになったのか、理解に苦しんでいたという。まあそもそもが常識を外れたマシンだから仕方がない。
尤も、レースが始まると、その理由をイヤという程知ることになるのだが。
とにかく、アメリカでは所謂ファンサが極めて重要なのだ。ヘタに断ると、次から出走権を剥奪される可能性もある。
しかし、メリットもない訳ではない。この後で思わぬ活躍をすれば、スポンサーが付く可能性もあるし、有力ドライバーから申し入れもあるかもしれない。
だからこそ、どのチームも取材には鷹揚どころか寧ろ積極的であった。
8時くらいになると、マシンはグリッド上、当時だとペリメーターと呼ぶ透明の壁によって隔てられたピットロードに斜めに並べられ、コースの向こう側にはドライバーが準備のため待機するようになる。
そして、出走するドライバーにも容赦ないインタビュー攻勢が始まることに。
今回、スターティングドライバーは、モデナがルド、IZUMOでは渦海であった。ルドについてはNBCやFOXが取材しており、彼も慣れているのも手伝い可もなく不可もないといった様子であったが、問題は渦海だった。
当時、白地に赤のラインのレーシングスーツが主流だった中、一人紅地に金のラインのレーシングスーツは目立つ上、更に取材しに来たのが、よりによって一部口さがない関係者から、ザ・マスゴミと呼ばれていた、ニューヨークタイムズことNYTであった。
論調自体は比較的マトモなのだが、スラングなどを交えた辛口評価や、また誤報や推測記事が多かったことがマスゴミと呼ばれる理由ではないかと思われる。
尚、その歴史的経緯をみれば、問題だらけのNYTだが、功績としては、恐らくは茶化しに来たゴダードによるロケット実験の取材が、アメリカの宇宙開発に於ける原点として貴重な歴史資料となっている他、意外にも他のマスコミと比べ、マスゴミと言われる割に歴史的瞬間には恵まれていることが多い。
恐らくそういったネタに対する嗅覚は、人一倍敏感なのだろう。
そして60年代、新聞を始めとしたオールド・メディアの全盛期にあって、NYTの論調は冴え渡っていた。
だが、目立つ上に年齢不相応(この時渦海は19)の容姿は、恰好のネタであった。だが、渦海は動じることもなく、流暢なキングス・イングリッシュで応対していた。
一見すると、何と紳士的な振舞なんだと思うだろうが、上流階級が聞いていたら真っ青になっていただろう。
というのも、NYTは発行部数3位を誇る大衆紙であり、スラングの多い記事からして読者層は明白であり、そんな新聞社へ、上流階級の英語であるキングス・イングリッシュで応対するのは、どう考えても遠回しの意趣返しである。要は毒舌だ。
正直、渦海もかなりえげつない。
しかし、一連のコメントと共に、渦海への取材は結果として歴史的に貴重な資料となる。というのもこの先、IZUMOがトップチームの一角を占めるようになると、こんな取材は不可能となるからだ。
尤も、ザ・マスゴミとはいえ、一歩間違えればNYTにとって、歴史上の汚点にもなりかねないのだが。
そして、午前9時50分。スタート10分前には、アメリカの国歌『星条旗よ永遠なれ』が流れる中、全員が胸に手を当て国歌斉唱に敬意を表する。因みに富士での開催時に流れたのは無論、日本の国歌『君が代』である。
尚、モータースポーツに限らず、プロスポーツは無論、オリンピックやワールドカップなど、公認スポーツイベントで国歌斉唱は、常識であると同時に儀式でもある。
この国歌斉唱によって、関係者一同は戦闘モードに入るのだ。
欧州と比べ何かと騒がしい印象のあるアメリカだが、この時ばかりは周囲を静寂が支配する。この10分間、関係者と観客は一体となるのだ。
そして、スタート地点の大時計の針が午前10時を指した、その時、競技委員長が持つ星条旗が激しく振り下ろされた!!




