表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/77

 ルドが一足先に現地入りした翌日、チーム・モデナ及びスクーデリア・フェラーリ他、有力チームが次々と現地入りした。


 パドックはそれに伴い大変な賑わいとなる。欧州のパドックが華やかな社交場とすれば、当時のアメリカのパドックは、大衆的な賑わいの休日といった趣があった。

 それは、この頃のアメリカの時代背景をも反映しており、所謂古き良きアメリカの時代でもあった。信じられないかもしれないが、この頃のアメリカでは今の日本と同じく置き引きなんてまずなかった。


 しかし、その時代はあまりに短く、この僅か二年後にアメリカはベトナム戦争へ突入すし、古き良きアメリカは、旧き好きアメリカとして歴史の彼方のみの存在となる。

 この年にはこれから僅か半年余り後、世界が終わるのではと誰もが危機感を募らせることになるキューバ危機が勃発。その兆候は既にあったと言えよう。

 そして、ベトナム介入本格化と共に、アメリカの満月は少しずつ欠けていくことになるのだ。それから60年余り後、アメリカの月は今尚欠けたままである。


 覇権国家としてのアメリカの全盛期は、厳しい見方をすれば、朝鮮戦争が終わった1953年から、ベトナム介入に至る1964年までの僅か11年に過ぎない。

 そして、その短さ故に古き良きアメリカは燦然と輝いているのだ。だが、あまりにも儚い輝きである。

 尚、これは余談だが、1950年代から60年代を舞台としたアメリカ映画。特にB級のヒューマンドラマには、何気に名作が多い。


 話を戻そう。


 そんな鷹揚な時代を反映してか、何処か遠慮がちなカメラマンにもフェラーリなど名門チームも撮影には積極的に協力しており、寧ろ撮影してくれと言わんばかりであった。

 この時、IZUMOは日本からのチームということもあってか慣れがない所為もあるが、プレスも遠慮がちで遠巻きに撮影していたのとは対照的である。

 そこがやはり何だかんだでモータースポーツを文化として楽しんでいた欧州との違いであった。


 その様子を遠巻きにしていた田中は、

「こういう時、功がいれば、よしんば、モーター月報でもいればかなり違うんだがな……」

 正直、空港でも何処かよそよそしかったというか、まるで未知との遭遇のような対応だったのを思い出す。それはまるで、何かを恐れているかのようでもあった。


 ただ、これに関しては無理もない。当時の超大国アメリカに唯一牙を剥いた国であり、更に末期には特攻まで仕掛けてきた国である。

 

 それからまだ僅か17年に過ぎない。アメリカにとっては未だに生々しいトラウマであることが窺えた。


 無論、それは当人も理解していたことではあったが、欧州勢に対するあまりにも対照的な対応に、未だ日本に対する壁の厚さを思わずにはいられなかった。

 こちらが壁を作った覚えは無論ない。撮影は普通に黙認していたし、質問を投げ掛けられれば積極的に応じるつもりでいた。

 しかし、向こうから壁を作っているのはどうしようもない。


 そんな壁の問題に悩んでいるところへ、一人の男が気さくに声を掛けて来た。それは、ロレンツォ・バンディーニである。

「よお。久々だな。ここセブリングはフェラーリにとって庭のようなもんでな。御宅らの健闘楽しみにしてるぜ」

 そう言って再びパドックに戻っていくが、恐らく去年の富士での悲劇を気にしているのは間違いない。しかもここを庭と言ってのけた。つまり、フェラーリによる勝利宣言であり、事実上の宣戦布告である。


 そして、遠ざかるロレンツォを見ながら、田中はあることを思い出していた。

「そういえば、セブリングでのフェラーリの強さは圧倒的だったな」

 そう、1956年の初勝利以降、フェラーリは去年まで6連勝している。庭も同然と言うのも当然であろう。実際、セブリングと相性が良いことは間違いないと思われる。

 因みにフェラーリにとってアメリカは当時最大の市場であり、セブリングの勝利と輸出増加は軌を一にしていた。


 かの映画『フェラーリ』では、経営状態はまさに倒産寸前の中で、57年ミレミリアに社運を賭けている様子が描写されているが、既にアメリカという巨大な市場を持っていたフェラーリは、果たして倒産寸前だったのかは疑問である。

 恐らくはフェラーリの事業を拡大するために、エンツォ・フェラーリが仕組んだ御家騒動ではないかとは、考え過ぎであろうか。


 実際、イタリア企業では、御家騒動はある意味伝統であるが、創業者一族による世襲経営が多いイタリアでは最早文化と言っていい。

 つまり、自分たちを脅かす脅威が現れると、わざとそういう騒動を起こすことで自身の権威性を保ち、そして御家騒動による危機を乗り越えると企業評価が高まるのも確かで、実際、57年危機を乗り越えたフェラーリは、歴史上第一の全盛期を迎えるのだ。


 尚、この御家騒動に、イタリアの底力を見るのは気のせいであろうか。信じられないかもしれないが、御家騒動が伝統の企業は、そう簡単には倒産しない。


 その気さくな宣戦布告に、フェラーリの恐ろしさを見るようであったが、田中に不安はなかった。

「結果はどうであれ、こちらには少なくとも炎上しない自信はある。それに、さっき役満も見たことだしな」

 因みに田中が役満を見たのは、あれが初めてであった。


 だが、アメリカの壁に対する不安は、未だに拭いきれてなかった。ある意味、楽観的要素を見出して、何とか平静を保とうとしていたというのが正直なところだろう。


 初めての海外の地となるIZUMOに、運命の女神はどのような審判を下すのであろうか……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ