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予想外の注目

 現地入りした翌日、一昼夜掛けて全ての準備が整い、いよいよコースインすることに。


 尚、アメリカのサーキットでは、欧州や日本と異なり、大掛かりな整備などはガレージではなくその裏のパドックで行う。恐らくは一種の安全策であろう。

 というのも、仮にフリー走行であっても、マシンが何等かの問題でガレージへ飛び込んでこない保障などない。


 また、アメリカのレースでは、雨天になると即刻赤旗である。そのくらい安全策については厳格なのだ。


 史実では、1950年に始まったF1に於いて、初めて赤旗が振られたのは1973年イギリスGPのことであり、この時はジョディー・シェクターが乗るマシンがトラブルから突然スピン。しかもトップグループを走っていたためにオープニングラップでマシンの密度が高かったことも災いし、後方は最早完全に行き場がなく、結果最終的に8台がクラッシュして出走不能。コース上が完全に塞がれレース続行は不可能と判断されたための赤旗であった。

 尚、ジョディー・シェクターも本質的には被害者であり、所謂レーシング・アクシデントだったにも関わらず、結局4レースに及ぶ出場停止処分となっている。

 唯一の救いは、あれ程の大クラッシュにも関わらず死者はおらず、負傷者にしても張本人のジョディーが軽い打撲を負った程度で済んだことであった。


 この先も、F1では80年代に入るまで、赤旗が振られることはレース続行不可能と判断された場合に限っており、今尚異論があるものの、当時はヘタに赤旗中段でドライバーの集中力が削がれることによる事故及び二次被害誘発の方が恐れられていたし、実際下位カテゴリーではそうした例も多発していたため、必ずしも根拠のない話ではない。

 加えて、当時のレースでは今以上に誰もが死を覚悟しており、何を今更感があったのも確かであろう。

 何しろ当時の風潮に逆らい、レースの安全性向上を声高に唱えていたジャッキー・スチュワートでさえ、一方ではそうした覚悟を持って走っていたのだから。


 その一方、アメリカではその間どれだけの赤旗が振られたか知れない。その甲斐あってか、アメリカで事故による死者というのは驚くほど少ない。

 それ程までに、アメリカとは命の遣り取りには神経質な国であることは知っておくべきだろう。


 嘗て人気を誇ったカンナムシリーズが廃止となったのも、ポルシェによる事実上のワンメイクになったからというのは、単なる口実に過ぎなかったのではと推測している。

 実際、当時のグループ4 (後のグループCに相当)であるポルシェ917をベースとしたターボマシンは、速過ぎて安全性について問題視されており、55年ルマンを筆頭とした欧州での数々の大惨事は、主催者にとって他人事ではなく、レギュレーション変更によって、ポルシェを締めだしたことで人気が急落したカンナムシリーズが最終的に廃止となるのは、想定内だったとしか思えない。


 実際、カンナムシリーズの廃止によって、エスカレートする一方であったレーシングマシンの性能競争に、一定の歯止めが掛かったことも事実である。


 そんな中で、意外にも現地一番乗りとなったIZUMOには、予想外な程の注目が集まっていた。


 日本からWMEに参戦するというのもだが、それ以上に、富士でフェラーリを相手にしての勇戦は、ここアメリカにも伝わっていたのである。

 というのも、アメリカでは老舗大手メディアの一つ、NBCが日本のテレビ局から放映権を買い取ってスポーツ専門チャンネルで放映したところ、予想外の反響だったのだ。

 因みにNBCは、この頃から日本に支局を持っており、また特派員もいたので、映像の入手は欧州以上に容易であった。


 また、日本と異なり、アメリカではチャンネルをユーザーが購入する仕組みであり、地上波というのが事実上存在しない。そのお陰で視聴率の測定が比較的容易というメリットもあるし、視聴率=マーケティングに対する反応でもあるので、人気のないチャンネルは、公共性が高い物を除き、容赦なくリストラできるメリットもある。

 加えて、アメリカは日本と比べ、デジタル放送への移行が早かったことでも知られるが、この構造故に可能だったのである。


「Oh!ビューティホー!!」

 と、フラッシュを焚くカメラマンも多かったのだが、ほんの15年程前まで敵対していたとは思えない程の歓迎振りであった。

 なので、関係者の心中は複雑である。寧ろ未だに欧州の方が差別的な視線を向けてくるくらいだった。


 その上、特にフラッシュが浴びせられていたのが、二人の女性ドライバー。そう、風也と渦海であった。因みに新聞記者に至ってはインタビューも敢行しており、特に渦海への注目は高かったのだが、とある大手新聞社に至っては、子供にモンスターマシンを操縦させる無神経な日の丸親方と称する風刺画を掲載し、日本政府から抗議が来たという。


 無論、その新聞は二人も見ており、特に口さがない渦海は、

『アンタの国では子供に危険な冒険を平気でさせているのは問題ないのかしら?』

 と、容赦なくツッコミを入れている。

 因みに渦海も、内心子供扱いされることには大いに悩んでいるのだ。その上、後にはそうした質問に対し、

『じゃあ首から下を見せてあげましょうか?』

 などと図太い面を見せるように。


 そんなこんなで、渦海が乗り込み、いよいよコースインすることに。無論、その様子には誰もが目を瞠っていた。まあ無理もない。どう考えても見た目は子供のような少女がモンスターマシンに乗り込んでるのだから。

 その上、富士であの逆転劇を演じたのも彼女である。


 エンジンが始動すると、OHV特有のカタカタ音が響くが、プラズマ・エグゾーストの影響もあり、そのサウンドは拍子抜けする程静かであることに、誰もが唖然としていた。

 アメリカではレースでもOHVが主流だが、そのカタカタ音が掻き消される程にアイドリング時もうるさい。その理由は、当時はV8、それもクロスプレーンだったからである。

 これがフラットプレーンの場合、アイドリング時はそれ程でもない。フェラーリのV8エンジンのサウンドを聞いたことがある方なら、納得いただけるだろう。


 しかし、それはアイドリング時だけの話である。そして、アクセルを踏み込み、サービスでホイールスピンさせてコースインしていくと、その本性を知ることに。


 だが、同時にIZUMOもまた、ここで本格的な世界の洗礼を浴びることになるのである……

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