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苦戦難問

 エンジンブロック開発に成功したことで、そこから先も、順調に進むかに思われた。


 だが、ここからは苦戦難問の連続であった。


「くそうっ、まただ!!」

 特に問題だったのが、バルブへ空気を送り込むベンチュリー管。実は、OHVの上にターンフローのため、通常の構造では出力が頭打ちとなってしまう。それを避けるため、吸気側にベンチュリー形状を採用していたのだが、これが難問であった。

 というのも、材質には鍛造アルミを用いたのだが、パイプをベンチュリー状に絞り込むのは、当時の技術水準では至難の業だったのだ。


 しかし、これが出来なければ、エンジンは完成しない。文字通り小さな部品でありながら、生命線でもあった。

 だが、試行錯誤を重ねている内、あることに気付く。

「いっそのこと、熱した上で絞り込んでみるか?」

 だが、それだと鍛造の過程で凝縮した分子がまた元の密度に戻ってしまって意味がない。だが、アルミは柔らかいが靭性が低いという問題があり、いずれも絞り込む過程で変形に耐えられず、割れてしまう。

「いいからやってみよう」

 既に行き詰まりを見せていた中、ある技術者が、これに賭けようと言った。これがダメなら、ルマンプロジェクトは暗礁に乗り上げる。


 極秘研究と称したその開発は、既にかなりの規模まで拡大していたのだ。今更退くに退けない事情もある。


 とすれば、問題は、どれだけ熱して、どのタイミングで絞り込むかだ。これについては、秘策があった。それは、嘗て日本だけにしかなかった技術、ヘラ絞り。

 主にコーンと呼ぶ先端部を成形するのに用いられ、日本の飛行機の尾部はこの技術で作られていた。その際の早見表が残っていたのだ。

 尚、この技術は戦後にアメリカが持ち帰り、航空機開発に於いて飛躍的な進歩を齎している。

 試してみた。


 すると、スムーズに絞り込まれていくではないか。これはいけると思った。後の強度試験でも、ほぼ問題はなかった。だが、慎重を期して改良を重ね、漸く品質も安定して生産が軌道に乗る。


 それにしても、何故ベンチュリー管を用いるのかというと、ターンフローは燃焼室が極端に狭くなるため、スワールが発生するのが早く、それが空気を押し返してしまう。

 なので、ベンチュリー管を用いることで、ベルヌーイの定理を応用し、空気を強制的に押し込むのだ。また、過給機装着も既に決まっていたのだが、この吸気管がないと、結局は過給効果も薄れてメリットがない。


 ベンチュリー管については解決の目途がついた頃、別の問題も生じていた。


 それは、排気管であった。

「何故だ。思うように排気されていかない。これでは、吸気さえも支障が出るどころか、最悪の場合、エンジンが爆発しかねない」

 ターンフローであるが故、吸気管の隣を排気管が通る仕組みになっており、実はその幅は狭い。それが意図していたのは、敢えて狭めることによって、バルブオーバーラップを最大化することにあった。

 当時既にレーシングカーどころか乗用車でも主流になりつつあったクロスフローでは、バルブの間が離れるため、バルブオーバーラップはどうしても頭打ちになってしまう。

 クロスフローの方が出力を追求する意味でも有利なのだが、耕平は、ターンフローの方が寧ろ有利とみていた。何しろ吸気バルブのすぐ隣が排気バルブなのだから。

 

 しかし、そこに大きな問題があった。


 燃焼室が極端に狭いため、バルブの動く余裕が殆どない。加えて、そのバルブオーバーラップこそが皮肉にも排気ガスが思うように抜けない原因となっていたのだ。

 吸気が行われるのはピストンが下死点に来た時であり、排気が行われるのは2回目の上死点の時であるが、180度配置にすると、回転抵抗が理論上ないため、排ガスの抜けが極端に速い。つまり、バルブオーバーラップが起きる前に排ガスが抜けきってしまい、吸気への貢献が事実上ゼロになってしまう。

 そればかりでなく、抜けた排ガスはバルブオーバーラップの恩恵を受けられないため、排気ガスに勢いがつかない。要は排気ガスの流速が遅くなってしまうため、バルブオーバーラップが起きなくなってしまうのだ。

 実際、後に計測すると、排ガスの流速は600㎞/h程度しかなかった。バルブオーバーラップを起こすには、最低でもマッハ2は必要である。

 クロスフローなら、こうした問題は起こりにくい。


 ならば、どうすればいいのか。これを巡って開発が二週間ストップしてしまった。


 耕平も悩んでいた中、宍道湖へ足を運んでいた。その時、ハッとなった。


 それは、シジミ漁だった。シジミを獲る際、漁網を用いる。その際、網には当然シジミが残り、水だけが排出される。この、網の目の仕組みを応用できないかと考えた。

 早速会社へ戻った耕平は、排気管の図面を描き直した。

「これを使ってくれ」

 そう言って、開発陣に手渡したのは、カーボンメッシュ。実はこれ、自社の農機の排気管に使われていた。というのも、超低回転で動くことを宿命づけられている農機では、仮にクロスフローであっても排ガスの流速はどうしても遅い。

 このため、カーボンメッシュを排気管に装着することで、排気バルブからメッシュまでは排ガスの動きが遅く、このメッシュを通ることによってメッシュの間でスワールが発生し、干渉し合うことで排ガスの流速が高まる。単純ながら、実に精妙なメカニズムだった。

 レース用エンジンには不要だと思っていたのだが、まさか必要だとは思いもしなかったのと、自社の技術が図らずも最良の解決手段となったのだ。


 装着してみると、狙った通りであった。その後、改良に改良を重ねたことで、エンジンとしての基本プロセスは、ほぼ解消をみた。

 また、排気管も吸気管の技術を応用し、超々ジュラルミンを絞り込むことでベンチュリー形状と膨張形状を組み合わせ、更に接続部にスプリングを4つ用いることで、ある問題を解消していた。

 それは、騒音の問題である。


 実はこれ、先にSSDで世界を制した仁八から教えてもらった技術の応用である。何故レーシングカーで騒音問題を意識していたのか。実は、レーサーにとって騒音によるストレスが、事故誘発の原因の一つになっているのではと推測していたからである。

 エンジン音は、マシンをコントロールする上で重要なコミュニケーションなのだが、レース用エンジンは押し並べてその限界を超えている。

 すると、ストレスが操縦ミスを誘発する可能性や、更に騒音は破壊エネルギーの一種でもあり、各部に徐々にダメージを与えていく。

 元より強度上のマージンをギリギリまで削っているレース用マシンの場合、これが齎す問題は深刻であった。


 今は解析技術や素材技術、製作技術などの進歩により、こうした問題はほぼ解消されているが、当時は突然サスペンションが折れたりしてコントロール不能になることも珍しくなかった。

 騒音が、その原因の一つなのではと考えたのである。


 そして、この構造を応用すると、見事なまでに騒音が消えた。その一方、副作用として、独立した6本の排気管から、黄色い閃光が噴き出していた。要はプラズマである。

 この黄色いプラズマの正体は、排気管が静電気を吸収する過程で排気管内部に於いて排ガスの静電気と干渉することで、排ガスを燃焼して発生するのだ。

 ただ、この黄色のプラズマは、SSD名物の青いプラズマ以上に問題が大きかった。黄色いのは、大量の紫外線を含んでいるためで、電気溶接と状態は近い。

 なので、このままレースに出場すれば大問題となるのは確実なため、これについて対策が必要だった。


 解決策そのものは簡単である。要は排ガスの抜けを少しだけ遅くすればいい。何もマフラーを使う必要はない。

 耕平の洗練された解決策は、排気管終端部をメガホン状にすることで、直径比で2割程拡大した。それは上手くいった。ただ、その代償として、計算上3馬力から4馬力へとロスが増えることとなったのだが、これは仕方がない。

 後に判明することだが、排気管を鏡面仕上げにすると、2馬力までロスが減ることが分かった。


 この技術は、後に日本の自動車ばかりか、世界の自動車にも多大な恩恵を齎すことになる。


 特に、トラックやバスなどの大排気量ディーゼルエンジンにとっては、尿素触媒の大幅な寿命向上へと繋がったばかりか、騒音低減、排ガスの有害物質の大幅な減少などによって、IZUMOへ感謝の電話が引きも切らなかったという。

 このため、史実で世界を散々悩ませた光化学スモッグは、70年代に入る前に解決を見ることになるのだ。


 一通りの解決をみたエンジンが台座に鎮座する様子に、誰もが感慨に浸っていた……


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