日本勢、予想外の快進撃
IZUMOとフェラーリが鍔迫り合いをしている間、他の日本勢も予想外の快進撃を展開していた。
今大会に参戦している日本勢は、IZUMOの他にはプリンス自動車、そしてホンダである。
そのプリンスからは、R380と、それをオープンにしたR381が出場していたのだが、予想に反してオープンのR381が健闘しており、現在総合6位。何と、あのポルシェを押さえての快走に、ポルシェやその他海外勢だけでなく、観戦していた日本政府の関係者も度肝を抜かれることに。
因みにこのR381の快走こそ、ポルシェに909の開発と出場を決断させたとも言われている。意外かもしれないが、耐久でオープンタイプは意外と疲れにくいのだ。
視界の圧迫感がないのもあるだろうが、それ以前に上面を流れる風が所謂低圧であるため、コックピット内の空気が抜けやすく、熱くなりにくい。
また、内部の圧力が減少するために走行抵抗が少ないというメリットもある。その代わり空力設計は逆に複雑になる。
その一方、クーペの場合、空力設計が容易であり、耐久にクローズドタイプが多い理由でもある。その代わり、内部抵抗の計算が複雑になるのと、それに対処することも考える必要があり、ピット戦略が複雑になる問題もある。
IZUMOもそれは承知の上で、敢えてクーペタイプを選んだのは、総合的に見て自身の設計思想が最大限に活かせると判断したからだ。
スタートから3時間が経過し、レースも後半戦に突入する中、主にGTクラスにリタイアするマシンが出始める。
実は、6時間レースはこの3時間が一つの分水嶺であり、3時間を乗り切れば完走は余程のことがない限りほぼ確実という。
その意味からも、スプリント的な性格を持つ6時間は、耐久に於いて24時間と並んで厳しい展開となりがちだ。その開催地が富士であれば猶更だろう。
案の定、最終コーナーを抜けてピットインした際、疲労困憊でマシンから出られなくなるドライバーも。恐らくあのドリンクを飲まなかったのかもしれない。
更に、今大会で度肝を抜いているマシンがいた。それは、ホンダから参戦していたS600である。
現在の軽四規格よりも小さいエンジンを載せながら、二輪並の1万回転という高回転。更にワークスに限り、富士対策としてルーツ式スーパーチャージャーを搭載していた。出力は75馬力とそれ程でもなかったが、各部の軽量化も功を奏して、この標高高いサーキットで安定した走りを見せつけていた。
現在総合9位であり、参加していた中で最小排気量であることを考えると、驚異的である。
これに慌てて一部のチームがペースアップを図り、エンジントラブルでリタイアするケースが続出することになった。
因みにこのS600。当時欧州でセレブにも一定の市場を獲得していたライトウエイトスポーツよりも更に小柄であったため、二輪で世界を制したホンダのブランドイメージも手伝い、世界最小のスポーツカーとして海外でも予想外の人気を呼んだ。
あのグレース・ケリーモナコ公妃や、俳優スティーブ・マックィーンもユーザーである。
予想外の日本勢の快進撃に、観客も大いに熱狂していたが、実は面白くないのがFIAであった。この時、一部の関係者はこう嘯いたという。
『今大会、世界に放送する予定がなくて幸いだったよ』
だが、この時の映像は、日本のテレビ局から流出し、後に苦情が殺到することになるのだが。この時FIAにとって誤算だったのは、非常に見せ場の多いレースであったことだ。
また、FIAは他にも見誤っていた点があった。それは、観客というのは残酷なものであるということ。
例えば、当時耐久レースに於いて観客が期待していたのは、フェラーリによる快進撃であろう。だが、その反面フェラーリを破る新勢力の台頭を期待しているのもまた事実だった。
典型的な例としては、カンナムシリーズに於いて、ポルシェの独走でレースが成立しなくなっていると判断した主催者がレギュレーションを変更してポルシェを締めだした結果、皮肉にもカンナムシリーズに引導を渡す結果となったことである。
観客が望んだことは、ポルシェの快進撃と同時に、そのポルシェを破る新勢力の台頭であった。とある観客の、この一言に全てが集約されている。
『ポルシェのいないカンナムなんて……』
そして、富士の様子が後日放送された時、視聴者を釘付けにしたのは、一台の日本のマシンだった。
何しろ見たことのないシルエット。というより、明らかに古臭いシルエットのマシンが、終始レースをリードしているのである。しかも日本のマシンとなれば、注目されない筈がなかった。
それだけではなかった。一部プレスからは、ピットで忙しなく撮影しているカメラマンを発見したことで、後に他のメディアからもピットでの撮影を求める声が相次ぐことにもなる。
元々日本向けのサービスとして功に特別に許可を出していたのだが、これがピットにテレビカメラまでもが入って来る契機ともなるのだ。
尚、当初ピットにテレビカメラまでもが入って来ることに関して、レース関係者からは当然難色を示す声が多かったのだが、フタを開けてみるとそれ程混乱はなく、そればかりか、それが証拠映像ともなり、後に審判騒ぎとなる事態が減ることにもなった。
レースが後半戦に突入したのに伴い、ピットインしてドライバーを交代するチームが相次ぐ。無論、IZUMOでもここで渦海とバトンタッチ。
また、チーム・モデナでもロレンツォからルドにバトンタッチするのだが、その際ロレンツォは一言アドバイスを添えた。
「恐らく次は2時間後の筈だ。それまで何とかマシンをもたせろ。その間抜こうと考える必要はない。残り1時間が勝負になる」
無論、ルドはそれを聞き入れてはいたが、内心は全く違っていた。だが、この時ロレンツォはマシンの異変に気付いていたのだ。そもそもがフェラーリにとってもこの6時間レース自体が未知の領域である。いつもの12時間や24時間のリズムとは異なるため、メカニズムにもその影響が生じていることを。
しかし、IZUMOに生じた、あるトラブルが、ルドをして出し抜くチャンスだとの誤判断を与えてしまうことになる。
耐久の難しいところは、決してリズムを崩さないようにすることにあるのだが、同時にチャンスがあるのにそれを活かさなければ、大穴がありながら突入しなかった大馬鹿者として、自らのレーサー生命に汚点を残すことにもなる。
そんなことにでもなれば、次のシーズン、シートを失う可能性もある程に、レースの世界は厳しい。レーサーには、結果もだが、それと同等なくらいに敢闘精神が求められるのである。
耐久とて、少しでも前に進もうとする貪欲さが必要なことに何ら変わりはない。
その意味で、耐久に於ける判断の難しさは、F1の比ではないと言えよう。
このため、後々問題となるルドのその判断についてはロレンツォもだし、コメンダ・ドーレでさえ咎めてはいない。レーシングアクシデントとして片づけ、次に活かすまでだ。
実は、レースの歴史に於いて、何で待っていれば転がり込んでいた筈のチャンスをフイにしたのかと、したり顔で断罪する評論家は少なくないのだが、レーサーの立場からすれば、そんなことが分かる筈もなく、チャンスだと判断すれば抜きに掛かるのは、レースに於ける常識中の常識である。
そんな事例は、ジャンルを問わずゴマンと転がっているのだ。それがレースなのである。
こうして、レース最大の山場と言える後半戦が始まった……




