作戦会議
件のフェラーリによるまさかのスピンは、日本の関係者も大騒ぎとなった。この時まだ取材班が到着してなかったため、映像には残っていないが、後世の語り草となった。
ワークスであるスクーデリア・フェラーリが到着したのは、その直後だった。しかし、エンツォの指示により、今日のテスト走行は取りやめとなる。
また、セブリング12時間を終えた櫂アイチームが続々と直後に馳せ参じた。それを見越して未知のコースで大挙走る中でのテスト走行を危険だと判断したのではと思っていたのだが、エンツォの真意は別のところにあった。
その夜、ドライバーは近くのホテルに宿泊することとなったが、チームスタッフは旅館である。因みに明治時代、富士山は当時の西洋人にとっても定番の観光名所の一つだったことから周囲の旅館の利用も多く、それ故ノウハウが豊富だったことも関係者の宿泊先に選ばれた理由であった。
そんな、異国の地でフェラーリは今回の事態に際し、対策に追われるハメとなり、畳の上で話し合いとなる。和風の座敷となれば、典型的な日本観光に来た外国人の構図だが、生憎彼らは観光気分ではなかった。
何しろあの光景は、強烈なんてものではなく、文字通り世界最強に瑕が入った瞬間だった。ましてやその相手は、まさかの日本のメーカーである。
当時、欧州にあって比較的親日的だったとはいえ、イタリア人に日本人への潜在的な侮蔑感がなかったと言えば、それはウソになる。
だが、人種的軽侮と現実を希望的観測にすり替え秤に掛ける程、フェラーリは頑迷ではなかった。
重い沈黙の中、音頭を取ったのはコメンダドーレことエンツォ・フェラーリであった。サングラスのお陰で表情は読み取れなかったが、苦々しい思いだけは部屋中に蔓延していた。
「あれが、ヤタベで盛大にやらかしたマシンだ。本来なら我々が盛大にやらかしたかったところだが、アレをどうにかしない限り、勝利は望めん。今年のチャンピオンは既に我々で確定しているが、この最終戦で面目丸潰れだけは何としても避けなければならん」
重々しくも、冷静な口調である。そのことから、関係者はまだ勝機があると察していた。少なくとも、自分たちのマシンに対して言及がなかったところをみると、対策はそれ以外にあると言っているように聞こえた。
ここで技術者の一人が切り出す。
「そう言えば、このフジは標高が高い。恐らく現時点では最も高い場所でのレースになる。ロレンツォもルドも皆息を切らしていた。その上レースは6時間ときてる。とすれば、ハードな展開となることは必至。そこに対策の重点を置くべきだと思う」
これが24時間だったらスローペースになるのは確実だし、不確実性や不透明性が増える以上、こちらに分があるのだが、この時点で実は唯一の6時間レース。
未知の要素があまりに多すぎたことも確かであった。とにかく、耐久としては異例のハイペースとなるだけに、ドライバーの息が切れさえしなければこちらにもチャンスがあると、その技術者は主張していたのだ。
「そう言うってことは、既に対策があるのか?」
「今回、ピットストップは最低4回となっており、更に1回につき3分となっております。この休憩だけでも取り敢えずは十分と判断してますが、3分もあれば我がフェラーリならのんびりペースでやってもタイヤ交換及び燃料補給、主要部の点検を一通り済ませてもお釣りが来ます」
そう聞いて、エンツォはニヤリと笑った。
「如何にもイタリア人らしい作戦だな。つまりは、ドライバーに急いている様子を見せないようにすることが肝要か」
「そういうことです」
一堂、大爆笑となった。イタリアンジョークとの掛け合わせだから無理もない。
話を続ける。
「現に、あのイズモとやら、マシンが戻って来た時に観察したのですが、新参者にも関わらず、スタッフが慌てている様子がなかった。とすれば、連中は間違いなくフジでの走りを心得ている」
この辺りから、作戦会議は詰めの段階に入った。他のスタッフからも、
「となれば、開催までまだ二週間もある以上、イズモを徹底してマークしましょう。そうすれば、必ずそこに勝機が生まれるに違いありません」
「となれば、マシンなどは弄る必要がない。徹底してイズモをマークして、同じように動けばいい。そうとなれば、折角だ、周辺観光でもしておけ」
エンツォもまた、モータースポーツが文化であることを理解しており、そして経営者である前に、技術者である前に、文化人であることを自覚していた一人である。
実は、開催地周辺を観光して情報を仕入れておくことは、何かと勝利に繋がるヒントが少なくないのだ。
そうと決まれば、スタッフは翌日は丸一日観光と相成り、イタリア人らしく楽天的に構えることを決め込むのであった……




