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困惑者たち

 その頃、FIAでは混乱が起きていた。というより、困惑していたというべきか。


「それにしても、日本の自動車産業が、あそこまで進化していたとはな」

 二輪産業がWMGPを圧倒的な強さで席巻しているだけに、その可能性を考えていた者もいるにはいた。しかし、自動車は二輪と比べると比べ物にならない程複雑であり、それこそ無数のノウハウが要求される世界でもある。

 それだけに、いくら日本でも一朝一夕にはいかない筈だとの考えが支配的であった。後世で言われるように、必ずしも踏ん反り返っていた訳ではないのだ。


 だが、現実は冷酷であった。


「彼らは、既に我々ですら達成できていないことをやってのけているのです。ヤタベでの映像を御覧になっていると思いますので、それ以上は申しませんが、このままでは、WMGPどころか、WME、果てはF1までもが日本に席巻されるのは時間の問題でしょう」


 そう、400㎞/hを超えた、あの瞬間は、FIAにとって衝撃以外の何物でもなかった。戦前、後のF1の前身であるグランプリ・フォーミュラーでドイツ勢が300㎞/hを超えるまでにはなったが、あくまで特例であり (何しろ背後で国家援助があったので)、戦後から15年余を経て、モータースポーツは漸く300㎞/h時代に突入したばかりなのである。


 尚、この世界では一時的とはいえ、スピードでは二輪の方が優っていた。


「とにかく、彼らの実力の程を知る意味からも、今年11月にフジでWMEの最終戦は絶対開催せねばならん。その上、コーノからも既に開催準備は整っているし、周辺も歓迎準備は抜かりない、是非とも遊びに来ていただきたい、とのことだ。全く、とんでもない余裕振りだよ」

 それは、河野一郎の書簡であった。自信たっぷりなことが窺えるが、富士は江戸時代から富士参りで有名な観光地でもあり、それだけに宿場町も充実していた。

 明治に入っても外国人にとっては日本に於ける定番の観光スポットの一つでもあり、富士山を愛した者は少なくない。


 富士スピードウェイが建設されたのも、もしかしたらそこまで見越していたのではないだろうかと思わざるをえないのだが、発起人の一郎氏は真相について明かすことはなく、墓まで持って行ってしまった。

 また、洋平氏も父からは何も聞いていないと言って、90歳近い今も沈黙を守っている。


 加えて、去年のWMGP日本三連戦で貴重なノウハウも手にしており、日本側にしてみればいつ来てもこちらは準備万端ですよ、であった。

 尚、あの三連戦は、洋平氏も密かに観戦している。


 だが、FIAにしてみればこの書簡は、明らかに日本自動車産業からの宣戦布告であった。


 この後も色々と揉めたが、日本の実力を知るべきであるという点では意見の一致をみた。自分たちの与り知らぬところで、自分たちを脅かす新興勢力が台頭してくるのは、さすがに我慢ならなかったといったところか。

 日本のモータースポーツをFIAの傘下に引き入れることで、自動車産業に於ける主導権を握ろうと考えていたのである。

 実は、FIAの傘下に入ったことによって、その後の成長の芽を摘み取られているケースは意外と少なくない。この時代、アメリカもF1を始めとしたFIA関連のイベント招致には積極的であったが、その頃からアメリカの自動車産業は斜陽が兆し始めており、これは戦前戦中も絡む根の深い問題なので、それだけではないのだが、果たして無関係と言えるだろうか。


 その後、特に90年代に入ってアメリカのモータースポーツは独自色を強めて行ったのも、決して無関係とは言えないだろう。

 一方、世界へと進出するアメリカ人レーサーには水面下で支援が行われていたとも言われているものの、二輪ではその後ケニー・ロバーツを筆頭に、一定の成功は収めたが、四輪ではマリオ・アンドレッティ以降、これといって傑出した戦績を残しているレーサーは寡聞にして知らない。

 また、国内では欧州のレース以上に賞金体系が充実していることもあり、一定の成功が保障されている中でわざわざリスクを冒そうと考えるレーサーなど、なかなかいないとも言えよう。

 一時的にはそういう熱も確かにあったが、マイケル・アドレッティがF1で思うような戦績を残せなかったことで、アメリカは再び内向きとなってしまった。


 尚、アメリカのモータースポーツのレベルは世界に比しても決して劣るものじゃないし、インディーカー・シリーズでトップレーサーの一翼を担うマイケル・アンドレッティは決して侮れない存在でもあることは、紛れもない事実だ。

 そんな彼ですら、FIAの魑魅魍魎の世界では通用しなかったのは、実力以前に政治で負けていたことを意味する。


 その意味で、FIAは伏魔殿でもあるのだ。


 そんな伏魔殿から、11月にWME最終戦が富士スピードウェイで正式に開催決定となった通知、更に参戦を予定しているメーカーのみならず、日本の自動車メーカー全てに招待状が贈られたのは、この三日後であった……

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