ライド・インパクト その2
「Bienvenue chez Izumo Taxi (イズモタクシーへようこそ)」
などと、渦海流のエスプリの利いたお持て成しである。
乗り込んだ役人は、当初視界の狭さが気になっていたが、意外にもそこまで見えない感じはなく、寧ろ集中力が高まるのを感じた。特に天地方向が狭く、正面から見るとドライバーの目くらいしか見えないのだが、コックピットから見ると視界の狭さは然程でもない。
これだけでも完成度の高さを感じずにはいられなかったが、不安は別のところにあった。
(こ、こんな幼い少女がハンドル握って大丈夫なのか!?)
当人がそう思うのも無理からぬことであったが、これは来年WMEへ本格参戦してからも引きずることに。何でこんなに幼い顔立ちなのか。一説にはうなぎの食べ過ぎなどと噂されている。
乗り込んだ役人の内心を察してか、不安を取り除くように笑みを浮かべると、発進準備を促す。
「それでは、宍道湖周遊を楽しんでいただきましょう」
そして、キーを捻ると、レーシングカーらしからぬ静かさに拍子抜けする。OHVは、アイドリング時は本当に大人しいサウンドなのだ。しかし、それはアイドリング時に限っての話である。程なく、このマシンの本性を目の当たりにすることに。
アイドリングが安定してきたのを、タコメーターと水温計から確認すると、渦海は、マシンを静かに走らせる。
尚、プリセレクター式なので、発進は意外な程楽だ。
コースインしていく様子を不安そうに見つめる関係者。大人しいサウンドはこちらにも伝わっており、あの映像はフェイクではないかと疑いたくなった者も。
「これまたレーシングマシンらしからぬ音ですな。普通、レーシングカーはアイドリング時でさえ猛々しい」
それに対し、耕平はエスプリの利いたセリフで返す。
「我が社のマシンは日本人らしく普段は控えめでございまして。ですが、これからその本性を御覧いただきましょう」
と、ニンマリする。彼らが仰天する様子を確信していたのだ。
「お、おい、アレを見ろ。マフラーから光が出てるぞ!!」
そう、このマシンも、SSDが採用し、現在WMGPに於いて例外なく採用しているベンチュリー式排気管であり、真鍮メッキのジュラルミンスプリングで接続することで発生する静電気が、管内を通る排気ガスの摩擦と衝撃波によって生じる静電気と出口で干渉することで、青ではなく黄色のプラズマとなる。
黄色なのは青と比べ温度が低いためなのだが、これは四輪という関係上排気管が長いので排ガスの温度が下がるためである。
加えて、超ジュラルミン製の排気管には吸熱作用もあるのだ。
そして、プラズマが有害成分を完全燃焼するので、クリーンな排気となるのだが、市販車のみならずレーシングカーにも大いにメリットがあり、というのも短時間で桁違いの排ガスを排出する過程で、排気管内部に生じた有害物資によって排ガスが更に高温化し、それによって排ガスの密度が下がるため、排気管内部の気圧が下がって大気圧に押し返され、エンジンへ逆流することでエンジンブローを引き起こすリスクを減らすことができる。
エンジンブローの多くがレース後半に集中するのは、このためだ。特に、現在は排ガスを一刻も早く抜くため、スワールを利用する目的から集合管のみならずうねった排気管を採用していることから、猶更この方式のメリットは大きいと思われる。
谷田部に於いて、マシンが24時間ずっと高負荷状態で平気だったのも、この排気管のお陰なのだ。エンジンにとって、排気管とはまさに命も同然なのである。
実際、耕平も排気管の設計は納得いくまで何度もやり直した。
コースに出てマシンが次第に加速していくと、内部はエンジン由来とは全く異なる轟音に包まれていた。その轟音は、慣れていないといつ爆発するんじゃないかと思いたくなる程だ。
尚、この時マシンのスピードは同乗者がいる関係上200㎞/h前後に抑えていたのだが、それでも公道であるため渦海に相手を気に懸けている余裕はない。
たまにサーキットで同乗者に色々アピールする映像が合ったりするが、サーキットだからこそ可能なのであることに留意すべきである。
それでも、同乗者としての使命を果たすべく、極度の不安に駆られながらも冷静に分析はしていた。
(それにしても、何てマシンなんだ。動きは驚くほどスムーズだし、この音以外は不安を感じない。それに、シフトアップする時、手と足の動きが連動してないな。恐らく加速する時、手首のスナップだけで変速している。これは……WMEにこんなマシンが登場したら、間違いなく歴史が変わってしまう)
何より、そのマシンが生まれたのは、日本の片田舎であることが一番の驚きであった。世界の自動車メーカーとの政治的な癒着を考えると、彼らに配慮するなら出場はさせられないと思ってしまう。だが、これ程のマシンをレースに参加させないのは、神に対する冒涜にすら思える。
また、傍らで見ていた関係者も、
「な、何て轟音なんだ。その上、マシンが走り去った後で音がしている。こんなクレイジーなマシンは初めてだ!!」
そう、超音速現象に初めて遭遇し、更にその重低音サウンドは、腹に響くかのよう。排気管が長いと、サウンドは重低音になる。
これこそが、IZUMO Type11の本性なのであった。これでさえまだ半分の性能しか披露していないため、谷田部ではどれ程であったかは言うまでもない。
実は、撤収した後で周囲の住民から苦情が来た程だ。
やがて、マシンは宍道湖を二周してスタート地点に戻って来た。同乗者は、逃げるようにマシンから降りて来た。
「こ、これはもう、マシンなんかじゃない、金属の猛獣だ!!」
それも、飼い馴らされた猛獣ではない。深い森を棲家とする、森の主的な猛獣だと、彼は思った。まさに、ライド・インパクトであった。
耕平はその様子から、ある確信を抱いていた。
「これはもう、来年の参戦に向けて、交渉を有利に進めることができるな」
実は、WMEは参戦に対する条件は、F1以上に厳しい。特に、ルマン24時間は事実上の招待制であり、申請してもそれが受理されることなどまずない。
ACOがレースでの実績を考慮し、招待状を贈ることで参加成立となるのだ。なので、WMEには参戦できても、ルマンに参戦できないことは、理論上あり得ると言えよう。
世界最高峰のレースはF1であるが、耐久の世界は、それ以上に敷居が高いのである。
だが、この後耕平すらも、予想もしない事態が待ち受けていた……




