マン島TT その3
スーパーバイクですらこの興奮である。
そんな興奮冷めやらぬ中、いよいよWMGPが始まるのだが、当然のことながら、その熱狂は、まさに焔が昇龍の如し状態。
そして、取り分け注目が多く集まるのが、やはり日本勢。各メーカーのワークスチームには、取材の嵐状態。応対するライダーや関係者も大変そうだ。
何しろ去年は全クラスに於いて表彰台独占の快挙を成し遂げた以上、それも無理からぬことであるし、それ以前に今年も絶好調で、海外勢は影さえ踏めずにいた。
このためプライベーターにも、ホンダ、ヤマハといったロゴが目立つ。日本勢が本格的に参戦したのは、僅か三年前。その僅か三年で、勢力地図は大きく塗り替わっていた。
普通、特定のメーカーが圧勝したところで、ここまで勢力地図が塗り替わることなどそうそうない。それだけ日本勢のインパクトは強烈だったのである。
とあるライダー曰く、『あんな無敵振りを見せつけられたらそりゃ乗り換えるしかないだろ』
そんな日本勢の中で特に注目度が高かったのが、現時点で重量級クラスに出走している唯一の日本勢、SSDであった。今やその象徴である紅いシルエットは、世界中から畏怖されていた。
前年度のチャンピオンだけに許される栄光のゼッケン1が、今や完全に定着している。撮影しているカメラマンも、何処か遠慮がちだった。
そして、風也が興奮気味に指差す先には、
「見て、あれは大間佳奈と西原翔馬よ!!」
共にグループS、そしてグループXチャンピオンにして、マン島覇者。今や世界中の女子レーサーから畏怖される存在であり、近寄り難いオーラを発散していた。また、他のメンバーも世界最強のチーム故か、近寄り難いのは同じであった。
二人は今年も戦績は好調であり、マン島でも優勝候補の筆頭だ。
尚、マシンについては前年に引き続き変更はなく、敢えて言うなら各部の熟成度が高められており、信頼性がより高まっていた。
そんなマシンを見つめていると、去年の無敵振りが思い浮かぶようだ。何しろ去年、女子選手権ではグループS及びXに於いて、SSD以外誰一人表彰台に立っていないのである。まさに歴史に残る空前絶後の怪物なのだ。
21世紀現在、60年以上が経過しながら、その挑戦者は未だに現れていない。
で、WMGPにしても、今年から発足したスーパーバイク選手権並びにクラブマン選手権にしても、去年とは大きく雰囲気が変わっていた。
去年から施行された技術公開の原則に伴い、特にSSDが持ち込んだ技術の多くが模倣され、マライソムアイはほぼ例外なく採用されていたし、日本のサプライヤーのロゴが目立つようになっていた。このため、パドックやピットには、そうした関係の日本人の姿も珍しくない。
そして、あの排気管も採用されていた。誰もが排気口から青い光を発しており、寧ろ観客は迫力があると大歓迎していた。尚、あの光はヘルメットのシールド越しに見るのは問題ないのだが。観客が長時間見つめるのは推奨されていない。
マン島は、予選から大いに盛り上がっており、地元にはオーバーツーリズムの弊害に悩まされながらも莫大な観光収入を齎してもいた。
周囲のパブは何処もフル稼働であり、アルコールの入った観光客はレースの予想を巡って盛り上がっている。
その熱気には圧倒されるばかりだ。
「いいか、我々が来年挑もうとしているのも、こういう世界なんだ」
耕平は、二人に改めて覚悟を問う。自分たちは、こんな盛り上がりの中で戦うのだと。だが、二人は無言で頷く。既に覚っていたことだ。
その後の決勝も前年以上に激しいレースが展開され、グループA~Cは、去年とはウィナーが入れ替わる程の激しさであった。尚、グループAには海外勢で唯一クライドラーが一矢を報いるかのように勝利、B及びCでは去年の雪辱を晴らすかのようにホンダを蹴散らしヤマハが勝利した。
そして、グループSではSSDに乗る佳奈が前年に続きマン島を制覇、グループXでも翔馬が制覇した。だが、こちらも変化が兆しており、共に2位にはサテライトチームのマクラーレンから、アマンダ・バロス、エステル・ブーケリッチが食い込んだ。去年はマシンの熟成不足もあったにせよ、影すら踏めなかったことを考えると、あのワークス相手に素晴らしい成長ぶりである。
その上、3位にはビュガティ、ロメックスが食い込んでおり、さすがに表彰台独占は成らなかった。いくら無敵といっても、そこまで甘い物ではなく、世界の必死さが窺えよう。
「これが、世界の激しさ……」
渦海も、さすがに圧倒されており、レースを見ているだけで燃え尽きていた。
「そうだ。だからこそ面白いんだよ」
元々は、渦海と風也が憧れのレーサーに会いたい思いで、無理矢理スケジュールに組み込んだマン島観戦であったが、得た物は大きかった。世界の想像を絶する激しさを目の当たりにしたのだから。
そして一行は、いよいよルマン24時間の観戦と相成る……




