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中海でのアクシデント

 宍道湖でのテストは、比較的順調に進んだ。


 そして今回、宍道湖の隣、中海 (なかのうみ)がテストの舞台となる。尚、宍道湖の周囲長がおよそ47㎞なのに対し、中海の周囲長は何と105㎞に及ぶ。

 しかも今回、行政や住民の御厚意により、何と昼間にテストが行われるのだ。


 現れたマシンに、周囲からはどよめきが起こる。無理もない。外国でしか見ないようなシルエットが、突然出現したのだから。その上、ワニス効果とはいえ、黄金色の輝きを放っているとなれば、猶更であろう。


 だが、この時技術陣には一つの懸念があった。

「社長、今回フィンなしで大丈夫でしょうか?」

「オレも一応は懸念しているし、用意もしているんだが、一気呵成の開発ではロクにデータが取れん。ましてや欧米と違い、我々はレースノウハウには乏しい。だから今回は見送りにしたい」

 そう、耕平としては、特に空力面での急速な開発には慎重な立場であった。それ自体は間違ってはいない。だが、この判断が後に大きな影を落とすことになるなど、誰が予想し得たであろうか。


 今回、渦海がまず乗り込み、ギャラリーへのサービスとして、キーを捻ってエンジンスタート。しかし、OHVの上、ロングストロークなので、始動時のサウンドは拍子抜けする程大人しい。尚、これは後にWMEへ本格参戦した際、大いに嗤われる原因にもなった。尤も、一旦鼓動が高まると、フェラーリのV12や後のポルシェ917の比ではない程轟音が響くため、そうした声はすぐさま止むことになるのだが。


 だが、周囲は大人しいサウンドにも関わらず、期待に胸を膨らませていた。何しろ本格的なレーシングマシンを見るのは、これが初めてである以上、当然と言えば当然だった。


 そして、合図と共に静かに走り出す。それだけでも『おおっ!!』という声が上がる。


 尚、今回山陰本線から分岐する境線の終点、境駅周辺をピットと見做してコース入りし、時計回りである。因みに宍道湖では反時計回りだ。これは偶然にもルマンの開催地、サルト・サーキットと同じであった (史実とは異なる)。


 コースインすると、途端に本性を顕わにするかの如く、周囲に凄まじい轟音を撒き散らす。耳を塞ぎたくなるどころか、周囲には商店も多く、ガラスが割れるのではと思う程であった。

 以前にも確認したように、超音速現象が発生するのは事実だが、飛行機が超音速で移動する時に発生するような被害が生じることは有り得ない。

 理由は簡単で、発生源は理屈上そのような現象が生じているだけであり、別段マシンが超音速で移動している訳ではないからだ。

 ソニック・ブームは、移動体が超音速であるからこそ発生するのである。


「エンジンレスポンス、ハンドリング、いずれも良好ね」

 マシンに慣れて来たのもあって、渦海は御機嫌であった。ここまでの経過は頗る順調である。


 だが、コースを南下し、スタート地点から20㎞余り離れた、大神山神社を前にした十字路で直角にコーナリングしようと、ドリフトに入った時であった。

「!?」

 渦海は、テールが思った以上に振られているのを察知した。これはまずい。コースアウトすれば、ギャラリーに突っ込む最悪の大惨事である。

 だが、渦海は冷静であった。


 ブレーキを更に強く踏み込み、更に急ハンドルを切ってマシンを回転させてスピンさせようとするエネルギーを消費する。

 元より十字路だったのでそんなにスピードが出る箇所ではなかったのも幸いし、マシンは二回転程度で止まった。周囲には渦を巻いたタイヤ痕が刻まれていたが、幸い誰も被害はなく、マシンも無事であった。


 警戒していたお巡りさんも駆けつけるが、渦海もドアを開け無事だとアピールする。まさに不幸中の幸いだったと言えよう。


 だが、20㎞以上も離れているため、スタート地点ではそんなことなど知る由もなかった中、突然パトカーがサイレンを鳴らして急行してきたので、何事かと大騒ぎとなる。

 そして、パトカーから降りて来たお巡りさんが、血相を変えて耕平たちに告げる。

「た、大変です。大神山神社の十字路で事故が発生しました!!」

「な、何だってえ!?」

 

 大急ぎで事故現場に駆け付けると、未だゴムが焼け焦げた臭いが周囲に漂っていた。そして、マシンは十字路で進行方向とは反対向きに止まっており、傍らで渦海は駆け付けてきた救急車に乗せられるところであった。

「だ、大丈夫か!?」

「幸い、誰も被害者はいません。私もこの通り無傷です。しかし、このまま病院へ直行させていただきます」

 そう聞いて、耕平は胸を撫で下ろした。

 周囲がざわめき、救急車がサイレンを鳴らして遠ざかっていく中、スタッフがマシンの撤去作業に入った。無論、今回の公開テストは中止である。


 取り敢えず無事なことが分かった途端、耕平は、何でこんな事故が発生したのかが気になった。これは、渦海が戻って来てからの話になるだろう。

 だが、技術陣にとって、これは想定内であった。

「あのフィンさえあれば、あんな事故は起きなかった」

 とはいえ、あの事故で皮肉にも貴重なデータが得られたことも確かではあった。


 数日後、渦海の報告と、マシンの検証の結果、その原因が明らかとなる。


 それは、所謂ロングテールであり、リアのオーバーハングがフロントより比率で20%程長いため、ミッドシップなのも相俟って後ろの慣性が大きく、オーバーステア傾向なのは分かってはいたが、それがあの十字路で牙を剥いたのである。

 一方、渦海からの報告からは、メカニズム的な救いも確認された。というのも、ドラムブレーキのお陰で急激に利くのと、軽い力で踏めることや、更にステアリングが総じて軽く反応も速いため、コントロールそのものは非常に容易で、お陰で冷静に対処できたという。

 この恩恵がなければ、大惨事は確実で、この瞬間ルマンプロジェクトが終わったのは間違いないと。


 この後、リアカウルに鶏冠状のドーサルフィンが追加され、且つ、後端は頂点から三日月状にカットした形状とされた。これは、オーバーステア対策の一環である。後端を真っ直ぐ降ろすと、コーナリングの際外側の空気の逃げ場がないため、特に直角コーナーに於いてフィンによって分断された外側の空気が内側の空気の圧力に負けてマシンを外に振ろうとするため、後端に空気の逃げ口を作ることでそれを防ぐことを狙った。

 三日後に再開したテスト走行では、問題は発生しなかった。


 尚、この時に各部の見直しが行われ、燃料タンクは80ℓから70ℓへと減らされた。この僅か10ℓが後部の慣性過剰に繋がっていると判断されたのである。

 因みにこの時代、耐久の世界に於いて、燃料タンクに特に規定はなかったものの、ドライバー交代が必須であるため、走行時間などから概ね100乃至150ℓくらいであった。

 70ℓというと、ほぼ半分だが、これは、排気量が僅か3000㏄しかないことや、ルーツ式過給機の特殊作用で事実上の超希薄燃焼、即ちリーンバーン燃焼状態になるため、この程度で十分だった。


 尚、ブロワーが4万回転を超えると衝撃波が発生し、5万回転以上になってくると、衝撃波はプラズマへと変化する。このプラズマが空気と共にシリンダーに入ると、それが何と窒素などを含んだ空気そのものを燃焼させる方向に作用する。

 寧ろ、理論上空気だけでエンジンが動くようになるのだが、それだと高温になり過ぎて冷却が追い付かず、エンジンそのものが爆発し、周囲に多大な被害を及ぼす。

 このため、燃料でその爆発を抑制しなくてはならないのだ。自然吸気ではこんなことは起こり得ない。


 また、遠心式でも20万回転を超えると、同様の現象が起こるが、ルーツ式以上に騒音が大きくなるため、現実的とは言えない。

 SSDの場合、二輪の上に排気量が精々1000㏄までだからこそ問題が抑えられているのだ。1800㏄以上になると、問題が深刻化する。ジェット機が地上を走っているのと何ら変わりない。

 あの排気管と組み合わせることで、いくら超クリーンなエンジンになると言っても、さすがに容認されないだろう。


 ともあれ、渦海の機転でルマンプロジェクトは救われたのだが、これも神の御加護かもしれないと、耕平は思った。


 巫女をレーサーとして迎え入れたのは、間違いなかったと……

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