2度目のはじまり
「かはっ……」
呼吸しづらくなって咳をするように口の中のものを吐き出す。
ぜえぜえと大きく肩を揺らしてなんとか息をした。
口内はひどくしょっぱくて後から後から溢れる液体は
きっと血なんだろう。
そんなことをぼんやり考えながら
ああ、俺これから死ぬんだなーなんて
まるで他人事みたいに考えていた。
「さようなら」
頭上からそう告げられて鋭い痛みが上半身を穿いた。
痛いなんてもんじゃない。
熱い。苦しい。しんどい。
でもこのままで終わるのはすごく悔しかった。
「うおおおおお!!」
これは最期の力だ。
最期にどうにかしてやるって俺は叫んだ。
無意味に叫んだ。
だって俺が死んだら奏はどうなる?
このまま俺が死んじまったら
奏が殺されるのに。
奏を守るためにも俺はヒーローでいたかったのに。
ジリリリリリリリリリリリリリリリ!
「うっ……るせー!!」
強烈な目覚ましの音に負けじと
叫んで俺は飛び起きた。
あれ?痛くない?
ん?痛くない?
何が痛くないんだっけ?
俺は寝ぼけまなこで目をこすって
目覚ましを止めて時間を見た。
「もう起きる時間かよ……」
時刻は7時。
なんだか夢見が悪かった気がしたが
どんな夢を見たのかも
もう俺は覚えていなかった。
「さああああくうううらばあああああ!」
「よっ!石ちゃんおはよ!」
学校に着いて教室前の廊下で担任の石山に出くわす。
「おまえ昨日の進路調査票!!
なんて書いたか覚えているか?!」
鼻息荒く詰め寄る石山に俺はにっこりVサインで
返事を返した。
「ヒーロー!!!!」
「ちがあああああああああう!
もっと……こう、あるだろ?
自衛隊とか警察官とか消防士とか!!」
「だって俺ヒーローになりたいし!」
子供の頃に憧れたドッグ戦隊
ワンワンジャーのポーズをビシッと決めてみせると
「桜庭またやってんのかよ〜!」
とクラスメイトたちのお決まりの
ひやかしの声が教室から漏れ聞こえてきた。
「桜庭!ヒーローは職業じゃないと
何度言えば分かるんだ!
それにヒーローっていうなら
お前の幼なじみの雪城 奏の様子もみてきてくれ!
もう1週間も学校に来てないんだぞ!
先生も昨日自宅前まで行ったが
電気もついてないし親御さんとも
連絡がつかないから心配してるんだ」
「あー…歩のお母さんなら今海外いるから
連絡つかないのかも?まぁ大丈夫だって!
腹でも壊して寝てるだけだよきっと!」
「腹でも壊したって……まったく。
お前たちもしかして喧嘩でもしたのか?
今までは朝になればいつも仲良く
一緒に登校してただろう?
この1週間一緒にいなかったようだし」
「ん?そうだっけか?」
「おいおいおい……ボケるのは早すぎる年齢だぞ〜
先生の方より早くボケないでくれよ〜」
チャイムが鳴って石山は教室へと入っていく。
石山に言われた俺はそういや昨日以前
何してたっけ?と思い返したが不思議と
すぐに思い出せなかった。
放課後はすぐにきた。
俺は朝に言われた石山の言葉がなんだか
気にかかってしまってすぐに身支度を
整えると学校を出た。
ーーー雪城 奏。
俺の幼なじみにしてもはや家族みたいな存在。
俺と奏の母さんが親友同士で
これまた仲良く同じタイミングで結婚。
出産までなんと同じタイミングで続いたものだから
なんなら隣り同士で家買っちゃう?と
家まで買った奇跡。
お隣り同士で付き合いも長い。
物心ついた時くらいに越してきた奏を
最初見た時は女の子だと思って
あまりに可愛かったもんだから
けっこんしようねって言ってしまったのが
俺の運の尽き。
家族みんなにすぐに大爆笑されてしまい
奏が男だったというきれいなオチつきだ。
今でもたまに結婚するんでしょ?と
母親に冷やかされたりもしている。
なんなら学校にもそれが知れ渡ってしまい
ちょくちょくネタにされることもあるくらいだ。
そうして幸せな日常を過ごしていたが
しばらくして奏の父親が
突然の交通事故で亡くなった。
夫を亡くした奏の母親はそりゃあもう
ものすごく落ち込んでしまい
ずっと塞ぎ込むような生活を
送っていたんだけどそんな中
うちの両親が気晴らしに海外旅行へと
連れていったのをきっかけに
今ではすっかり奏の母親は
海外旅行が趣味になっていた。
1週間前、海外旅行にいくために
早朝に奏の母さんが家を出ていくのと
それを見送る奏の姿を
俺の母親が見たって話していたから
何かあったというよりは
奏のやつも体調不良じゃないかなーとは思う。
でもまぁ確かに母親が海外旅行いったからって
1週間も休むような奴じゃないし
様子みとくに越したことないよな。
自分の携帯を見ると何度か俺も奏に連絡を
とろうとしていたがどれもずっと
返事がないままになっていた。
自宅近くまで来ると
隣の家の玄関の扉がちょうど開いた。
「かな」
奏ーっ!て手を振って呼ぼうとしたら
見たことない奴が出てきた。
身長がスラリと高くて
サラサラの蒼い髪の毛が特徴の男。
シャープな印象のメガネをかけている。
筋肉質のいい体してるイケメンだ。
あとから出てきた奏と
一言、二言話すと玄関から庭へ出て
そして俺がいるところまで歩いてくる。
おいおいおい芸能人かよってくらい
近くで見てもびっくりするくらい
綺麗に顔が整ってた。
どっかのモデルさん?
でも何でモデルが奏の家に?
もしかして芸能のスカウト?
でもモデルが直々にスカウトなんかするか?
怪しまれない程度によーく見ていると
すれ違い様に彼は俺に呟いた。
「におうな」
えええええええええ!?
俺臭かったー?!
確かに彼はどこぞの高級な香水の上品な香りがした。
いいにおいだった!!
だがそれに比べて俺はふっつーのドラッグストアの
ボディーソープで体洗ってるだけだ。
「まじか……」
臭いんか俺……
トホホとショックを受けつつも奏が
玄関から家の中に
入ってしまいそうなのを見て
慌てて引き止めに走る。
「奏!!奏!!待てよ!待てって!!」
50m走クラスでも毎年それなりに
いいタイムを出せている俺は
奏んちの玄関の扉をギリギリで掴めた。
「……何」
奏は俯いてこっちを見ようともしない。
ああ、奏のやつやっぱ具合悪かったのか。
「大丈夫か?体調。困ったこととかあればさ、
なんでも言ってくれよな!
なんてったって俺は奏のヒー」
「だからさ、そういうのがウザイんだよ」
「え?」
奏のヒーローでもあるんだから!と
いつもの決めゼリフを言おうとして
俺は思いがけない奏の言葉に固まった。
「歩はヒーローだよ!
誰がなんて言ったっておれの世界一のヒーロー!」
そう言って幼い頃からどんな時だって
俺のヒーローになりたい夢を
笑って肯定してくれていた奏。
そんな奏がいまだかつてないくらい真逆の反応を
俺へかえしてきたことに
俺の頭は混乱してしまった。
「何がヒーローだよ。そんな力もないくせに」
俺の目の前にいる奏は顔をあげ
ひどく苦しそうな表情をして
俺を睨みつけた。
「力もないくせに。ヒーローなんかいらない……
おれにはヒーローなんか必要ねぇんだよ!!」
「ちょっ…と……なんだよそれ……
お前どうしたんだって……お前は……
奏はそんなこと言うやつじゃ……」
「どうせ……じゃうくせに……」
奏の声が突然小さくなり俺には
途切れ途切れにしか聞こえない。
「は……?」
みるみるうちに奏の目に涙が浮かんでいく。
今にも泣き出しそうな奏は唇をかみしめ
俯いて俺に向かって強く腕を押し出すと
俺がよろけた隙に勢いよく玄関の扉を閉めた。
バタンっと乱暴な音だけが響きわたり
あとにはただただ呆然とする俺だけが
ひとり取り残されていた。