人はそれと何と呼ぶ
上段の間にて、冗談を交わし、炎に抱かれて眠る
轟々と、我らを燃やさんとする怪物がすぐそこまで手を伸ばしていた。
少し焦げつつ、御殿に突っ込む。
そうして、要約止めていた息を吐いた。
「……はぁ、もう火の手そこまで来ておるな」
「逃げないのか?」
「逃げられん逃げられん。手遅れじゃろうて」
「ま、それもそうじゃな……」
儂は、上段の間に胡座をかいて座った。
その様子をアイツはなんとも言えぬ顔をしながら、儂を見下ろしていた。
「うわ、不敬罪じゃな」
「いいじゃろ、少しすれば焼かれる……ほれ、ちこうよれ。」
ぽんぽん、と隣の席を叩く。
アイツは、仕方ないなぁと言わんばかりに横座りをした。
「その座り方はやめろといつも言っていたじゃろ」
「足を負傷しての」
記憶にふけりながら、最期の時をゆっくりと待つ。
「懐かしいのう……昔、こうしてかくれごしたなぁ」
「ああ、結局最後まで見つからんかったわ」
「身を隠すのは得意じゃからな」
くすくすと、鞠音のような心地の良い声でアイツは笑った。
儂はそんな姿に見惚れてしまい、 ああ、駄目じゃ駄目じゃと呟く。
こいつとふたりで燃え尽きることに喜ぶ己が居る。
なんと、最期になってまで不純の心は健在か。
「なぁ……地獄はあると思う?」
「吾は極楽浄土に行く予定じゃ」
「無理じゃ、無理無理」
「酷い男よ」
ごほっごほっと咳き込む。煙を吸いすぎたようだ。
軽い吐き気を催した。
掠れた声で、声を失わぬように話し続ける。
「あーぁ、殿様逃げれたじゃろうか」
「此方の部下は優秀だから逃がせれたじゃろ」
「そうだといいのぅ……」
瞼が段々と重くなっていく。頭が揺れ、視界が揺らぐ。
もうすぐ、なのだろう。ああ、恐ろしい。
恐ろしさ故か、武者震いか、手が微かに震えた。
不意に、アイツの手が己の手に重ねられた。
「なんじゃ、お主…焼かれるのが怖いのか」
けらけら、と掠れた声で笑う。
アイツはとうに目を閉じて、辛うじて口角を上げた。
「ああ、……死にとうない。嫁と息子がいるからな」
「何歳じゃったか?」
「今年で5つ」
「若いのぅ……」
互いに肩を当てて、力を抜く。
アイツの頭が、己の頭にコツンとぶつかった。
「痛い」
「傷よりもか?」
「さぁ、もう何も感じん」
「吾もじゃ」
暫しの沈黙が訪れた。
燃え盛る城の音だけが、静かな慰めのように傷を和らげていた。
「最期だから言うが…儂、お主のこと案外悪くないと思っておる。」
「すまんが吾には愛らしい嫁さんが居るでな……此方の気持ちには答えられん」
「愚か者め。そういう意味でないわ」
もうすぐ、全てが終わることを悟りながら軽口を交わす。
それが何とも心地よくて、懐かしくて。
視界が暗くなっていく。
アイツの体温も、もう感じない。
「…………ああ、そうさ。好きじゃ。お主のことが 」
「…………ほうか」
もう、音は聞こえない。
もう、目は見えない。
もう、何も感じないのにアイツが傍にいるというだけで安心する。
馬鹿みたいじゃろ?
____吾も、好きじゃったわ
嗚呼、なんて都合がいい耳だこと。
暗転