4 ◇ 私と同じ彼の人生を
これにて完結です。
関連作品につきましては、後書きをお読みください。
5年間ずっと一緒だったセゴットと別れた。
セゴットにはやっぱり最後まで伝わらなくて、セゴットは泣きそうな顔をして、今までの感謝を私たちに言って家を出ていった。
それから2日が経った。
当然まだ何も起きていない。きっとセゴットは王都に着いたばっかりだろうから。
お父様からの連絡はすでに王宮には行っている。でも、セゴットからの連絡はまだ我が家には来ていない。
……王宮に行く勇気は出たかな?
あ。もしかしたら、まだ王都にすら着いていないかも。
行きたくなくて、そこら辺で寄り道してノロノロしてるかもな。
推薦状を破り捨ててどこかに失踪……はしないか。だってセゴットだもん。
今のセゴットにとって、私とお父様の命令は「絶対」だから。
セゴットは泣きながらでも、何日かかろうとも、何があろうとも、絶対にちゃんと王宮まで行って推薦状を渡して、自分の仕事と、自分の生きる道を見つけてくれるはず。
私はセゴットが行っちゃった日こそたくさん泣いたけど、それでちゃんとスッキリできた。
心の準備ができてなかった分、セゴットの方が何倍も辛いだろうな。
私はそんな風にセゴットのことを考えながら、その日、もう一つ決めていたことをお父様に伝えた。
「ねえ、お父様。
もうこれからは、無理に私のお見合いは組まなくていいよ。もしお相手の方から打診が来たら、そのときは教えて。でもそれ以外は何もしなくていい。
──私、就職して家を出る。
実はね?もう仕事の目星はつけてあって、そのための勉強もこっそりしてきてあるの。
だから、あともうちょっとだけ頑張って勉強して自信をつけて、20歳になったらそれに挑戦してみる。
……この見た目じゃ、苦労するとは思うけど。それこそ『推薦状』でも持って行こうかなって。
……今まで散々無茶言ってごめんね。ありがとう。」
私の言葉を聞いたお父様は、じっと私を見つめて、それから難しい顔をして口を開いた。
「……シャメリー。お前は本当にそれで良いのか?
本当に、これで良かったのか?
…………お前は、セゴットが好きだったんだろう?」
妙に重々しく言うお父様に、私は思わず笑ってしまった。
「あっ、何?
お父様、私が『セゴットをうちの養子にしてあげて』ってお願いしたときに『婿養子じゃなくてか?』って言ってきたの、あれ冗談じゃなかったんだ?
……っていうか、お父様とお母様にはすでに理解してもらってあると思ってたんだけど。
もしかして最近の私のお見合いって、昔みたいな現実逃避だと思われてたの?」
お父様が無言のまま気まずそうに視線だけを下に向けたから、私は笑いながら誤解を訂正した。
「違うよ、お父様。
私がお見合いを頑張ってたのは、現実逃避じゃないよ。セゴットと離れる前に『この人なら好きになれる』って思える別の相手を見つけておきたかっただけ。
本当に前向きに、そういう人に出会えたらいいなって思って、やってただけだよ。
だって、私がもし素敵な相手を見つけて結婚するー!ってなってたら、セゴットも少しは安心してくれるでしょ?『お嬢』を託せる人が自分以外にできるんだもん。
……ま、無理だったけどね。」
「…………それがどう『違う』というんだ。」
お父様のツッコミに、私ははっきりと答えた。
5年前には考えもしなかったこと。
4年前は、まだ気付けなかった。
3年前にセゴットが好きだって思って、
……でも、2年前にようやく気が付いて、
──……それで、1年前にやっと理解できたこと。
「あのね。私はもちろん、セゴットが大好きだよ。
セゴットが世界で一番かっこいい男だって思ってる。ずーっと一生そばにいてほしいって、当たり前のように思ってた。本当は離れたくなかった。
でも、それは私がセゴットに『依存』してたからなんだ。
セゴットに出会ったあの日に、私は痛々しい自分から卒業できたって思ってたけど……でも、そうじゃなかった。それがやっと分かったの。
たしかに私はセゴットに出会って、昔みたいに変なことは言わなくなった。長い夢から目が覚めた。
……けど、本質は変わってなかった。成長してなかった。
私はただ、夢に逃げる代わりに、セゴットに逃げてただけ。
『セゴットがいてくれたら私の人生は変わるんだ』『セゴットといれば私は特別になれるんだ』って思い込んでただけなの。
……昔から変わらない他力本願。
私はね、強くてかっこよくて、私を大切にしてくれる特別なセゴットにずっと甘えてただけなんだ。
私自身はまだ何も変われてない。何も特別なんかじゃないの。」
「シャメリー、そんなことはないぞ。お前は変わった。成長した。
何より、お前はちゃんと……誰よりもセゴットのことを見ていたじゃないか。」
お父様が変に気を遣ってきたけど、私はそれを一刀両断した。
「そう?
だったらなおさら、セゴットのことは自由にしてあげなきゃ。
私の判断はやっぱり間違ってなかったってことじゃない。」
そして私は、お父様にまた口を挟まれる前に続けた。
「私はセゴットが世界で一番大好き。それは絶対、勘違いなんかじゃない。
でも、きっと……多分だけど、私の『好き』は『恋』じゃないよ。
……どうかな?もしかしたらそうなのかもしれないけど。まだ自分でもよく分からない。
ただね?従者でも、護衛でも、友達でも、恋人でも夫でも……『どんな形でもいいからセゴットをそばに置いておきたい』って思えちゃう時点で、私の『好き』は間違ってるんだよ。
…………それが、依存の証拠なの。
だから私は自立するんだ。
これからは『私にはセゴットがいるから』って甘えてないで、ちゃんと自力で仕事を見つけて、自分の力で生きていく。
もしかしたら、お料理以外にも新しい趣味ができるかも。今からでもまだ何か得意なことが見つけられるかもしれない。
さっき、お見合いは組まなくていいって言ったけど、諦めた途端にあっさり!っていうのも、よくある話だよね。明日いきなり素敵な人にお見合いを申し込まれるかもしれない。就職先で、誰かと恋に落ちるかも。
……まだ分からないけど、でも私なりに、自分の人生を見つけて歩むんだ。
ちゃんと自分の力で、特別な何かを掴むんだ。
そうしないと『主人』として、セゴットに顔向けできないでしょ?
あれだけ偉そうなことを言っておいて、私自身がセゴットにいつまでも依存してたら。」
──と話しながら、私はふと、あることに気が付いた。
だから私は、複雑そうにしているお父様に向かって、笑って最後に伝えた。
「そうだなぁ。
でももし、いつか私が自立して生きていく中で『やっぱりセゴットと結婚したいな』って思ったら、そのときはちゃんと私の方から言いにいくよ。
主人じゃなくて、私として。一人の女として。
──『あなたに恋をしているから、私のことが好きなら結婚して。』って。
…………うん。でも、そのためにはやっぱりセゴットにも、自分の人生をしっかり生きてもらわなきゃね。
そのときにセゴットが自分の意思に気付けていないままだったら、意味がないもん。自分に恋してくれていないセゴットを、命令で従えて結婚する羽目になっちゃう。そんなの全然幸せじゃない。」
うん。そうだ。
もし仮に、私の「好き」がお父様の指摘通りだとしても。
それなら絶対に、この別れは私とセゴットにとっては必要なものだったんだ。
そのことに気付けた瞬間、最後の心の引っかかりが解消できた感じがした。
それで、逆に……もし、いつかセゴットが自分の人生を生きていく中で、私と結婚したいと思ったとしたら。
4日前の時点では「ない」って言い切ってたけど。
もしセゴットが、いつか私を主人としてじゃなく、手を繋ぎたい、キスをしたい、イチャイチャしたい──……人生を「捧げる」んじゃなくて、人生を「共にしたい」女性だって思ってくれたとしたら。
そのときは、きっとセゴットが私のところに言いにくるでしょ。
世界で一番かっこいい、最高にいい男として。
〈お嬢。全部分かった。全部ちゃんと理解できた。
──だから、もういいだろ。俺と結婚して。またお嬢のところにいさせてよ。〉
かな。セゴットがもし言ってくるとしたら。
本物のセゴットはそんなこと言わない気がする。
でも、もし言うとしたらこんな感じな気がする。
私は、王都でたくさん活躍をして英雄になって、私の元にプロポーズをしにくる未来のセゴットを想像してみた。
──セゴットはまず、王都に行ってすぐに王家の護衛に抜擢されるの。
最初は特殊な見た目や不遜な態度で引かれちゃうけど、その圧倒的な強さと、荒々しさの中に隠れてる優しさにだんだんみんな気が付いて、セゴットは徐々に周りに受け入れられていくの。
……そんな平和な日々に、突如、暗雲が立ち込める。
建国記念の祭典当日。反乱軍の手によって玉座の間に麻痺毒がばら撒かれる。突然の奇襲に、国王様は玉座に座ったまま動けなくなってしまう。そして衛兵たちも次々と倒れていく──そんな中、セゴットが一人だけ颯爽と駆けて国王様を助けるの!
それだけじゃない。後日、奇襲作戦の失敗を取り戻すべく、反乱軍の間者がこっそり食事に毒を仕込むんだけど……セゴットが毒見役をして毒をスパッと指摘して、王妃様の命の危機を救っちゃうの!
そのままついでにセゴットは、あの右眼と左手の封印を解いて、秘めし力を解放して、国王様を襲った反乱軍たちも、王妃様を狙った間者も全員あっさりやっつけちゃう。
反乱軍はセゴット一人の手によって壊滅。セゴットは国王様と王妃様を守り抜いた英雄になるの!
それで、英雄セゴットは国王様直々に褒章を授与されて、この国で一番の聖女様に「結婚してください」って頼まれる。
でもセゴットは、そんな褒章をぜーんぶ一蹴して、国王様の御前で
「要らねえよ。
お嬢と旦那以外から何貰ったって嬉しくない。っつか、そこに突っ立ってる聖女とか、お嬢に比べたら馬のクソ以下──「なっ?!この無礼者!」「不敬だ不敬だ!」「この暴言男を捕まえろー!!」
…………って、あれ???
「……話がセゴットに引っ張られて、ズレてきちゃった。」
私は思わず苦笑した。
何年もかけて鍛え上げてきた痛々しい妄想力は、まだまだ健在だと思ってたんだけど。
私の夢の世界は、5年間見続けた本物のセゴットによって、見事に崩壊してしまった。
「……うーん。セゴットが『お嬢』と『旦那』を卒業して英雄になるなんて、やっぱり一生かかっても無理かもしれないなぁ。
忠犬セゴットの設定でもう一度考え直してみよっかな。」
笑いながらぶつぶつと独り言を呟き始めた私を見て、お父様は本当に久しぶりに──……それこそ5年振りに、お花畑な妄想を膨らませていく私のことを心配してきた。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
思うままに書き散らした小説を気ままに楽しく投稿し続けることができているのは、拙作を見つけて読んでくださったり、評価や反応、温かいご感想までくださる読者の皆様のお陰です。改めて、本当にありがとうございました。
さて、この作品は一応、すでに投稿済みの拙作「【連載】婚約者様は非公表」の番外編的な位置付けとなっております。
ですが、上記の作品は長い上に、今作の二人は登場すらしません。ですので、この二人のために関連作品を無理にお読みいただく必要はないと思います。
(ただ、セゴットの名前だけは数回出ているので、彼がその後の未来でどこに着地しているのかが気になる方は「婚約者様は非公表」の小話3-1、3-2あたりをさらっと流し見して名前を探してみてください。)
〈追記〉
気が向いたら&書けそうなら、彼の現在の様子がわかる後日談を書こうかなと思います。需要があるかは分からないのですが……もし気になるなーという方は、また気が向いたときに、あまり期待はせずに軽く覗いていただければと思います。
〈再追記〉
……と思いながら書きました。また明日あたりに投稿すると思います。