3 ◇ 二枚の紙のプレゼント
全4話(執筆済)。毎日投稿の予定です。
「セゴット!17歳のお誕生日、おめでとう!!」
ただの従者の俺のために、わざわざ毎年手作りで何か用意してくるお嬢。
お嬢は今年は、俺が一番好きな表面がパリパリの焼きプリンタルトを作ってきてくれた。
いつもはお嬢が自分の部屋に俺を呼ぶか、俺の部屋に突撃してきて祝ってくれてた。
でも今日は何故か広間に呼び出された。そこには旦那と奥さんもいた。
お嬢は旦那と奥さんに挟まれて3人で並んで座っていたから、俺は3人に向かい合うようにして座った。
「お嬢、あんがと。……今日は何かあんの?」
俺は例年と違う雰囲気を感じたから、お嬢に質問をした。
するとお嬢は分かりやすく動揺してから、その動揺を隠して笑って
「まあまあ。まずは先にみんなで私の自信作食べようよ!」
っつってきた。
でもお嬢はそう言いながら、自分はタルトに手をつけなかった。
俺が「お嬢、具合悪いの?無理してねえで休めば。」って言ったら、お嬢は「無理してないよ。昨日甘いもの食べ過ぎたから、今はスイーツ欲がないだけ。私は後で食べよっかな。」って返してきた。
………………絶対何かあんじゃん。
俺はそう思いながらも、よく分かんねえからそのまま普通にタルトを食った。
相変わらずお嬢の作ったものは、世界で一番美味かった。
俺が食い終わって満足していると、お嬢が意を決したような顔をして俺に話しかけてきた。
「ねえセゴット。私ね、今年はあなたに料理だけじゃなくって、プレゼントも用意してあるの。」
「プレゼント?」
俺が聞き返すと、お嬢は頷いた。
お嬢の両隣にいる旦那と奥さんが、そんなお嬢を見守っている気配がする。
…………嫌な予感がした。
いや、嫌なのかも分かんなかった。
良いものかもしれない。お嬢が用意してくれたものが悪いもののわけがない。
だから絶対に、俺が嬉しいもののはずだと思った。
でも、何故か変な予感がした。
今日が最後のような……もう来年は無いような予感。
…………だから、俺はもうすでに喜んでいいのかよく分かんなくなっていた。
お嬢は俺に、伯爵家の家紋が押された綺麗な封筒を渡してきた。
「セゴット。それ開けてみて。破いちゃっていいからね。……もう一度後で、新しい封筒に入れて封をしてあげるから。」
妙なことを言うお嬢。
でも俺はお嬢に反抗なんてできないから、言われるがままに封筒の中身を取り出した。
「…………『推薦状』?」
そこに入っていたのは、旦那のサインが入った一枚の推薦状だった。
俺がその推薦状を目にしてからたったの数秒。俺がそこに書かれている文章を読み始める前に、お嬢は早まって俺に指示をしてきた。
「セゴット。あなたはその推薦状を持って、王都に行きなさい。この王国の王宮に行くの。
それで、お城の人にその『推薦状』を見せなさい。
……大丈夫。お父様が事前にちゃんと連絡は入れておくから。心配しないで。」
「は?どういうこと?何言ってんのお嬢。」
俺はお嬢の言葉がよく分からなくて、もう文章なんて目に入ってこなかったから、お嬢の顔を見て質問した。
するとお嬢は、俺の目をしっかりと見返してきながら、俺にこう言ってきた。
「……セゴット。その推薦状があれば、王宮の人たちはあなたの話を聞いてくれる。
話さえ聞いてもらえれば……一度実力さえ見てもらえれば、絶対に大丈夫。セゴットほどの強い男をみすみす逃すなんて、絶対に有り得ないから。
──だから、セゴット。あなたは『王国の直属機関』に就職しなさい。
あなたはただの傷物令嬢の従者で終わっちゃダメ。ただの地方貴族にはセゴットほどの凄まじく強い護衛は必要ないの。人並みに戦える護衛がいれば充分なの。
セゴットはもっともっと偉い人のもとにつきなさい。たった一つの家族じゃなくて、この王国すべてを護りなさい。
誰にも負けない、毒にも斃れないあなたなら、国王様の護衛だってできる。
人間の限界を超えた右眼と左手を持つ、誰よりも強いあなたなら、人々を守るために魔物相手にだって戦える。
……セゴット。あなたがやりたいことを見つけられないなら、私がセゴットに『仕事』と『使命』をあげる。
だからセゴットはそこでたくさん活躍して、たくさんの人に感謝されて、たくさん自分の価値を感じなさい。
…………それで、どれだけ時間がかかってもいいから、セゴットは『自分の人生』を見つけなさい。」
お嬢は俺にそう言った。
それが、俺には死刑宣告に聞こえた。
「…………嫌だ。……嫌だ、行きたくない。
っ、そんな言葉いらない、お嬢。俺はお嬢と旦那を守れればそれで充分なんだ。
他の奴なんて守りたくない。王国なんてどうでもいい……!
なあ、何でお嬢はそんなこと言ってくんの?
……お嬢っ、俺、全然嬉しくない。俺の人生はここにあるって、そんなのもう決まってるのに……!」
今までの人生で一番手が震えているのが分かった。
暗殺者集団の奴らにやばい毒を目の前で食事に盛られて「食え」って言われたときも、首領に「次に失敗したら殺す」って言われたときも、こんなに震えたことはなかった。
「……なあ。俺、全然いいから。
もう俺がこの家に要らないなら、……俺のこと嫌いになったんなら、変に気なんて遣わなくていいからハッキリそう言ってくれよ。
……そんな建前要らねえって。普通に言ってくれよ……!」
俺はそっちの方が全然嬉しかった。
お嬢に「私はセゴットをもう見たくないの。この家を今すぐに出て行きなさい。」って命令をされた方が、百万倍マシだった。
震える俺を見て、お嬢は何故か泣きそうな顔をした。
でもお嬢は、俺の言うことを聞いてはくれなかった。
「セゴット。私がそんなこと言うわけないでしょ?
私はセゴットのことが世界で一番大切なの。」
「──ッ!じゃあ何でこんなもん渡してくんだよ!!」
俺が思わず声を荒げると、お嬢の隣にいた旦那が、静かに俺に語りかけてきた。
「今は分からなくても仕方ない。
だがな、いずれお前にも分かる日が来る。
だから辛いかもしれないが、今は耐えて、シャメリーの言う通りにするんだ。
そうやってもっと広い世界を見ていけば、賢いお前なら、そのうち自分の本当の道を見つけられるはずだ。」
訳が分からなかった。
俺は「意味分かんねえこと言うなよ旦那!何なんだよそれ!!」って、旦那に向かって初めて怒鳴った。
取り乱す俺を見て、お嬢は左目から涙を零した。
でもお嬢は、涙をすぐに拭って作り笑いをして、それから俺にもう一枚の紙を渡してきた。
「ほら、セゴット。見て。
……もう一つのプレゼントだよ。
私たちの言ってる意味が分からなくても、これなら分かるでしょ?」
俺が見たくなくて、受け取りたくなくて手を出さずにいると、お嬢は苦笑して
「……ねえ、ちょっと。そんなに怯えなくても大丈夫だって。」
って言って……そんで何故か、また泣きだした。
よく分かんねえけど俺よりも先に心が折れたのか、受け取ろうとしない俺を見て、お嬢は何故か急に顔を両手で覆って泣き始めた。
俺がどうしていいか分かんねえままお嬢の泣く姿を見ていたら、隣にいた奥さんが、お嬢の代わりに俺にもう一枚の紙を差し出して見せてきた。
「セゴット、見なさい。
ほら。……ここに何て書いてあるか、読める?」
奥さんに指差されたところを、俺は恐る恐る見た。
「………………【セゴット・アーガン】?」
俺が読み上げると、奥さんは俺に向かって微笑んだ。
「そう。そうよ。
あなたはずっと……ジャスリー子爵家がなくなってしまってから、姓氏が無かったでしょう?
5年前に娘を救ってくれたあなたに、私たち家族からのもう一つの誕生日プレゼントよ。
──私たちから、あなたに『私たちの家名』をあげるわ。
形式上は夫と私の養子ということになるけど。
あなたは今日から、夫と娘と一緒に『アーガン』を名乗っていいわ。
……もちろん、これからあなたが独り立ちして、あなたの人生を見つけて、そのときに本当のご両親の『ジャスリー』を名乗りたくなったらそれでもいい。
そのときはまた相談して?あなたが爵位を得られるよう、私たちも協力するから。」
「………………何、……何が?……どういうこと?」
俺が呆然としていると、旦那が泣いてるお嬢の背中にそっと手を添えて「シャメリー、自分で伝えられそうか?」とお嬢に尋ねた。
でも、その旦那の言葉を聞いたお嬢は、落ち着くどころか「うわぁぁーん!」って声を上げてボロボロ泣きだした。
そんなお嬢を見た旦那と奥さんは、二人ともぐっと何かを堪えていた。
…………で、それから結局、旦那が俺の方を向いて、昔を懐かしむように目を細めながら、お嬢のプレゼントの意味を教えてくれた。
「シャメリーとお前が出会ったときのことを覚えているか?
お前を拾ったときのことだ。シャメリーが何と言ったか……お前は覚えているか?」
「…………何?」
どれのことを言っているのか分からなくて、俺がただ聞き直すと、旦那は笑った。
「シャメリーはこう言っただろう?
──『お前は私と同じだ』と。
セゴットとシャメリーの右眼と左手は、全然別のものだ。私はあの日、お前たちを『全然違う』と言ってしまった。……私もよく覚えている。
そのときにセゴットが傷付いた表情をしたことも……私たちは、よく覚えている。
だからな、シャメリーはずっと、お前に『同じ』をプレゼントしたかったんだ。
──お前は家名でもう、シャメリーと同じ、我々アーガン家の人間だ。
私たち両親だけでなく一族の者たちを丸一年もかけて説得してきた、シャメリーからの一番の贈り物だ。
……どうか、受け取ってやってくれ。」
旦那がそう言い終わった瞬間、お嬢は俺の名前を何度も呼びながら泣き崩れた。
「うわぁぁーーん!セゴット……!セゴット!!うわぁぁーーーん!!」
って。
俺はもう、どうしていいか分からなかった。
たった二枚の紙のプレゼント。
泣いてるお嬢を見ていたら、一枚目のプレゼントを受け取ったときとは違って……怒りたくも、悲しくもならなかった。でも、嬉しくも、楽しくもなかった。
…………ただ、俺も泣きたくて仕方がなかった。
17歳の誕生日。
俺はその日、セゴット・アーガンになった。
そしてその次の日、俺はずっと世話になってきた家を出た。