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2 ◇ 私とは違う彼の解放を

全4話(執筆済)。毎日投稿の予定です。

「まあ……今回は、ご縁がなかったということね。」


「『今回()』でしょ。いいよ、お母様。変に気を遣わなくて。どうせまた私の見た目にケチつけられたんでしょ?

『我々は決して偏見を持っていないが、周囲の者たちが何ちゃら〜』だの、『妻には社交の場に出てほしいと考えているから、残念だがふんちゃら〜』だの。

 ……ま、仕方ないよね。伯爵家(うち)を継ぐのは私の従弟(いとこ)ってもう決まっちゃってるし。向こうは私と結婚する旨みなんてないもんね。」


 19歳にして、お見合いはこれで記念すべき30連敗。


 ──【傷物(きずもの)令嬢】シャメリー・アーガン。


 社交界ではちょっと名の知れた……というより、腫れ物扱いされているアーガン伯爵の一人娘。


 何を隠そう、この私のこと。


 ほとんど開かなくなってしまった濁った右眼に、ひどい火傷(やけど)の痕の左手。服で隠しているから普段は見えないけど、実は左脇腹と左脚にも火傷の跡がある。


 12歳のときに火事に巻き込まれて、ガラスの破片が刺さって失明した目と、熱風と炎で爛れた肌。


 私の人生は、その火事によって一変した。



◇◇◇◇◇◇


◇◇◇◇◇◇



 私は昔、自分でも引くくらい夢見がちな少女だった。

 桃色のふわふわな髪に、萌黄色のキラキラの瞳。自分が世界で一番……とまではいかないけど、舞台役者にはなれるくらい可愛いと思ってた。

 ……というか、将来の夢が舞台役者だった。


 それで、頭の中はかなりお花畑だった。

 私は私生活でも、本物のお姫様……とまではいかないけど、愛する人の唯一絶対のお姫様になれると信じきっていた。

 小さい頃からずっと自分だけの王子様を探していて、両親に「まだ早い」って言われても駄々を捏ねて、かっこいい貴族のご令息とたくさんお見合いをしていた。


 そして私は、運命の人を11歳のときに見つけた。


 彼は王国南部の侯爵家の次男だった。

 すっごくかっこよくて、私のためにアーガン伯爵家に婿入りしてくれるって言ってくれた。

 私の舞台役者になる夢を応援してくれるって、家のことは一切やらなくていいって断言してくれた。


 私は舞い上がった。……今思えば馬鹿らしいけど。

 今なら分かる。彼はただ、自分の実家の後継ぎになれない代わりに、私の実家アーガン家の当主になろうとしてたんだってこと。

 私が脳内お花畑だったから、私を放っておいて好き勝手やっても大丈夫だって思われてたってこと。


 でも、そんなことにすら気付けなかった私は、その彼にのめり込んだ。

 彼に一方的に愛を語って、彼との将来を一人で妄想して、彼と手を勝手に繋いで、彼に毎回キスをせがんで……痛々しいにも程があった。



 そんな痛々しかった私は、12歳になったある日、外出先で火事に巻き込まれた。



 …………そして私は、中身だけではなく見た目まで痛々しくなってしまった。



 爆風で飛んできたガラスの破片が目に刺さって、痛くて痛くて(うずくま)って泣き叫んでしまったせいで、他の人たちより逃げ遅れた。

 叫びながら火の中に飛び込んできて私を助けてくれたお父様。お父様が無我夢中で私を建物の中から連れ出してくれたときには、私の左半身はひどい火傷になっていた。

 駆けつけてきた救護隊が何とか回復魔法と冷却魔法を掛けまくってくれたお陰で、私の命は助かった。

 でも、私自身がそれまで勉強を怠っていたせいで……防御魔法や回復魔法を全然使いこなせていなかったせいで──……私が脳内お花畑で、何の努力もしてこなかったせいで、傷は治りきらなかった。

 私は失明した右目と、火傷の跡が痛々しい左半身とともに生きる羽目になった。


 それでも私は、まだ脳内がお花畑なままだった。

 こんな傷付いた私を、彼が慰めて、受け入れて、愛してくれる──そんな純愛の物語を夢見てた。


 …………そんなわけないのに。


 もともと彼との間には、私からの一方的な愛しかなかったんだから。純愛なんてあるわけなかった。


 私と彼の婚約は、あっさり破棄された。


 もともと「アーガン伯爵家の当主になるまでの辛抱だ」って、夢見がちな痛い少女の私に我慢して付き合ってくれていた彼。

 その私が脳内お花畑だけでは飽き足らず、こんなひどい見た目になってもまだ「私を愛してくれるのよね?」「私のこと好きって言って!」って毎回迫ってくる。

 さすがに我慢の限界だったんだろうと思う。

 私がもし彼の立場でも、こんな女との婚約は破棄したと思う。だから、私は彼を別に恨んではいない。むしろ申し訳なかったとさえ思っている。



 でも、当時12歳だった私はそんな自分の痛々しさなんて自覚できてなかったから……もっと夢の中へと逃げた。


 もっともっと、現実から目を背けた。



 ──この婚約破棄は作戦なんだ。本当は彼も私のことを愛しているんだけど、実は裏で私たちの仲を引き裂こうと暗躍している敵がいて……それで仕方なく彼は今、私を嫌いになったフリをしてるの。だから、いつか彼はもう一度、私を迎えにきてくれるはず。


 ──……そうじゃなかったとしても、大丈夫。私にはすぐに、もっともーっとかっこよくて優しいクールで最強な王子様が現れるから。ある日、私は夜道で倒れている王子様を偶然助けるの。そして私はその王子様に一目惚れされて、一生溺愛されるの。


 ──この傷は、運命だったんだ。選ばれし者の証なんだ。きっと私には秘めし力があって、いつか何かをきっかけに能力が覚醒して、私はかっこいい勇者様と一緒に世界を救う旅に出るの。


 ──突然、真夜中に妖精がやってきて、私の目と肌をキラキラの魔法で包んで綺麗に治してくれるかもしれない。ついでに私はそこで不老不死の身体になって、それで、やっぱり秘めし力が覚醒して──……



 そうして、私は夢を見続けた。

 自分が主人公の小説の、好きな場面だけをたくさんノートに書いた。両親や使用人の前でもそれを語りまくった。その小説を信じて、しょっちゅう夜中に屋敷を抜け出した。

 お母様には散々泣かれて、お父様にはすごく悔しそうな顔をさせた。


 …………他力本願だった。


 私は自分の人生を好転させるために、誰かに助けてもらう妄想ばかりしてた。


 ただ自分の傷と向き合って、現実を受け入れれば良かっただけの話なのに。

 別れた彼や王子様や妖精や秘めし力なんて期待せずに、地道にコツコツ勉強して、特訓して、努力して、ちゃんと実力をつければ良かっただけの話なのに。


 私はそれをせず、自分の傷と、不幸と、あり得ない未来に酔い続けた。



 ──……そんな私の目を覚ましてくれたのが、私が拾った少年【セゴット】だった。



◇◇◇◇◇◇


◇◇◇◇◇◇



「……なぁ、お嬢。元気出せって。

 お嬢が落ち込む必要ねえよ。お嬢との縁談断るなんて、相手がアホなだけだって。」


 陽気に包まれた昼下がり。

 お花畑みたいな庭園が見渡せるテラス席で今日のお見合いの残りのお菓子と追加のケーキを食べまくっていたら、セゴットが私に声を掛けてきた。

 封印魔法を施された特殊な眼帯。その眼帯に隠されていない方の黒紅色の左目は、思いっきり私を憐んでいた。


「ねえ。私は今こ〜んなに美味しいスイーツをこ〜んなにも笑顔で堪能してるんだよ?セゴットにはこれが落ち込んでるように見えるの?」


 私がセゴットに文句を言うと、彼は素直に頷いた。


「……見える。だってお嬢、今日のお見合い張り切ってたじゃん。『相手の顔がかっこいいから楽しみだ』って。」

「私は『()()()()()()()顔がいいから、今日の相手は()()()()()()』って言ったの。勝手に事実を捏造しないで。」


 私がそう言ってマカロンを頬張ると、セゴットは私を憐んで勝手にしょんぼりした。



 ──5年前。私が14歳のときに拾った、暗殺組織に育てられていた12歳の少年。


 左目と同じ黒紅色のウェーブがかった髪に、珍しい褐色肌。宵闇がよく似合う彼の本来の名前は【セゴット・ジャスリー】。

 私の2つ下で、明日が17歳の誕生日。



 セゴットの本名も、誕生日も、私たちは後から知った。

 セゴットを保護して、それから過去の殺人事件を遡って戸籍を調べて──……それでセゴットが、今は亡きジャスリー子爵家の一人息子だったってことが分かった。



◇◇◇◇◇◇



 私は5年前のあの日、また夢見がちな自分の小説を信じて……現実から逃げたくて、屋敷を抜け出して夜道を彷徨っていた。

 王子様でもいい。妖精でもいい。とにかく誰かに会いたいと思いながら。


 そんな私の目の前に現れたのは、私と同じように右眼に眼帯をして、左手を肘までぐるぐるに包帯で巻いた宵闇の少年だった。


 私は「運命」だと思った。


 私と同じ境遇の少年。私は身元も分からない彼の女主人になって、彼の異能と私の秘めし力で、裏社会を駆け上がっていくの。

 私に救われたこの少年は、私に絶対の忠誠を誓う。私の言うことを何でも聞いて、私が命令すればどんな汚い仕事でも請け負う闇の部下になる。路地裏での抗争とか、秘密アジトへの潜入とか……何かそういう殺伐とした戦いをしてくれるの。


 それで、私とこの少年は──……その後の物語はまだ考えていなかった。


 でも私はその「設定」で、目の前に現れた「運命の少年」に語りかけた。

 そうしたらその少年は私のお花畑な設定を信じて、目を輝かせてついてきた。



 …………そして、そこで私は「現実」を知った。



 私の「()()()()だ」って言葉を信じてついてきて、でも違うって分かって失望して……それで大人しく捕まった少年。



 ──その子は、私と違って「本物」だった。



 暗殺者たちの狂った世界しか知らない中で、一生懸命生き抜いて、それでいて殺しに手を染めずに耐え抜いていた、すごい子どもだった。


 私の考えた物語よりももっと悲惨な、もっと生々しい、ひたすら痛々しい日々があった。


 ……私のただの傷とは違う、もっともっと悲しい「秘めし力」があった。



 そこで、やっと私は目が覚めた。



 見た目だけで「私と同じ」だなんて思い込んで共感した、自分の浅はかさに気が付いた。


 勝手に創りだした物語の設定に酔って、上から目線で救ってあげようとした自分の愚かさに気が付いた。


 ……本当の「闇」の中で必死にもがきながら生きていた彼を前にして──……他人から与えられる幸せを待っているだけの、受け身な私の恥ずかしさに耐えられなくなった。



 ………………でも、



 ようやく「現実」を見た私と、少年は真逆だった。



 彼は私に拾われて、お父様に助けられて……それで、私に「夢」を見るようになった。


 自分を拾ってくれた私を「新しい主人」だと認めて、私のために「力」を使うと言ってきた。

 私のためなら、自分が死ぬのも惜しくない。私に命令されたら、殺しだって何だってするって言ってきた。


 私が拾った少年【セゴット】は、そうして愚かな私に服従した。



◇◇◇◇◇◇



「ほら。せっかくだから、セゴットも一緒に食べよう。

 座って座って。」


 私が促すと、セゴットは言われるがままに私の向かいに座った。

 そしてテーブルの上に並べられた盛りだくさんのスイーツを見渡して、パリパリのカラメルで覆われたスイートポテトを食べ始めた。


 セゴットが好きなのはパリパリのカラメル。


 それが発覚したのは、セゴットを拾ってしばらく経った頃だった。

 今まで毒ばっかり食べてきたセゴットに美味しいものをたくさん教えてあげようと思って、初めて私がプリン作りに挑戦して……それで()()()()カラメルが固まっちゃったのを食べたのが最初だった。

 セゴットが異様に驚いて私にいつも以上に感謝をしてきたから、私は最初「新しい主人」に気を遣って大袈裟に持ち上げているんだと思ってた。


 違った。

 セゴットはただ単に、パリパリのカラメルを割って食べたのが楽しかったらしい。そしてその、よく言えば香ばしい……正直に言うと焦げた感じが、普通に気に入っていたらしい。


 私が後日もう一度作り直して「ほら!今度こそ上手くできたよ!これが真のプリン。食べてみて。」って言ったとき、反応が普っ通〜だったから。

 ううん。普通ですらなかった。いつもは「お嬢がいつでも一番」「お嬢が施してくれるものなら何でも嬉しい」って感じなのに、あのときは何ならがっかりした感じで「お嬢……あのパリパリしたやつは?」って珍しく聞いてきたから。


 思えばあれが、セゴットが初めて私に逆らった……とまではいかないけど、私に不満を見せた最初の出来事だったかも。



 …………懐かしいな。あれからもう5年か。



 こんなセゴットも……明日でついに、見納めかな。



「セゴット。私の心配より、セゴットの方はどうなの?

 ちゃんと新しい仕事見つけた?」


 私はしんみりする心の内を隠して、澄ました顔をしてセゴットに質問した。

 するとセゴットは、もう一度しょんぼりしながら首を振った。


「………………見つからない。

 みんな俺を見た瞬間に『無理』って言ってくる。話聞いてもらえない。面接なんて全然してもらえない。」



「そっか。……やっぱり、セゴットが輝けるような仕事は、こんな地方じゃ見つからないか。」



 私がそう呟くと、セゴットは不貞腐れたような顔をして、主人である私とお父様への不満を零した。



「お嬢も旦那も、何でそんな『伯爵家(うち)以外で仕事を見つけろ』だなんて無茶言ってくんだよ。

 ……別に俺のこと家から追い出したいならそう言えばいいだろ。俺は『出てけ』って言われればいつでも出てくっつってんのに。」



 ………………はぁ。



 私は相変わらず何も理解できていないセゴットに、何度目か分からない説教をした。


「セゴット。何度も言わせないで。

 私もお父様も、セゴットのことを追い出したいなんて一切思ってないの。私たちはセゴットに『出ていけ』って言ってるんじゃなくて、『自分のやりたいことを見つけて、自分の人生を生きなさい。』って言ってるの。」


「……俺は『お嬢と旦那のために生きる』って、自分で決めた。俺のやりたいことは、この家の役に立つこと。それ以外ない。」



 セゴットは毎回毎回、ずーっと()()


 私は、いつもはここで大人しく引いていた。うまく説得できる気がしなくて。


 でも今日は違う。私は今日こそはセゴットに理解してほしかった。

 セゴットが17歳になる前に、最後に何とか分かってもらいたかった。



「だから、そうじゃなくって……。

 いい?私とお父様は、セゴットはこんな平和な伯爵家の従者や護衛なんかに収まる器じゃないって思ってるの。

 ここにいたら、宝の持ち腐れなの。セゴットならもっともーっとすごい男になれるって言ってるの。

 あとね、あなたの決めたことも、やりたいことも、それはただの『恩義』でしょ?私たちに『感謝』してくれてるって感情自体はいいけど、それで自分の人生を全部投げ打っちゃダメって言ってるの。」


「投げ打ってない。」


「本当に?嘘だよそんなの。

 ……うーん、例えばね?セゴットは友達が欲しいと思わない?同い年の男子と一緒にご飯行ってくだらない話をしたり。そういうの憧れない?

 気が合う友達がいたら楽しいよ?そういう楽しみをセゴットはまだ知らないでしょ。」


「憧れない。知らないけど要らない。」


「も〜!じゃあ、えっと……そう!趣味は?楽器を弾けるようになりたいな〜とか、私みたいにお料理してみたいな〜とか。そういうのないの?

 あとはー……ほら!勉強してて『面白いな』って思った科目はないの?その分野の仕事に就きたいなって思わない?」


「ない。『面白い』がよく分からない。

 やりたいこともない。お嬢と旦那に言われたらやるけど。」


「も〜!だからそうじゃないの!

 セゴットはいつか結婚して幸せな家庭を築きたいな〜って思わない?!愛する妻と子どもとか、そういうの欲しいと思わない?!」


「思わない。お嬢と旦那が一番だから。お嬢と旦那が幸せならそれでいい。」


「ああ〜っ!じゃあもう、そこまでいかなくても、とりあえず可愛い子と手を繋いでみたくない?!キスしたくない?!美人とイチャイチャしてみたくない?!……──っ、言ってて私が恥ずかしくなってきた!」


 私が勢いでそう言うと、セゴットは即答した。



「ない。そもそも俺の見た目に全然引かないでくれたの、今までお嬢だけだから。それ以前の問題。


 お嬢以外、全員どうでもいい。」



 私はその答えに感情がぐちゃぐちゃになった。



「ちょっと!ねえ!それってどういう意味?!

 セゴットには『欲』ってものがないの?!それとも、もしかして私と結婚したいってこと?!

 も〜っ!言わせないでよこんなこと!!」


 私が勢いでセゴットに喚くと、セゴットは不思議そうに首を傾げた。


「お嬢と結婚したいなんて思ったことない。

 だって、お嬢は今までずっと頑張って結婚相手を探してきてたじゃん。お嬢はいつか、自分を本当に大切にしてくれる『最高にいい男』を見つけて結婚するんだろ?」


 ──っ、この!!セゴットめ!!!


「だーかーらー!『お嬢がどうか』じゃなくって!『自分はどう思ってるか』なの!」


「俺は、お嬢が俺と結婚したいって言ってないのに結婚したいなんて思わない。」

「じゃあ私が『セゴット結婚して!』って言ってきたら?!」

「お嬢、言ってこないから分からない。」

「ハイ!じゃあ今言う!『セゴット結婚して!』」

「本気じゃないじゃん。」

「も〜!仮定の話!仮にだよ!仮に!仮にもしそう言われたら、セゴットはどうするの?!」


 私はもはや一人で恥ずかしいことを叫びまくっていた。

 私の恥を忍んだ決死の仮定の話を受けて、セゴットはそこで初めて少し考える素振りを見せた。


 私から視線を外して、黙々と考えて……それから静かにこう答えた。



「お嬢が本気で言ってきてるのが想像できねえから分かんねえけど……もし本気で言ってきたら考える。


 …………でも、多分結婚しない。」



 やりとりの中でようやくセゴットが見せた感情。

 それは意外なような、意外じゃないような……やっぱり、意外な返答だった。


「…………なんで?」


 私はその答えに驚くべきなのか、悲しむべきなのか、困惑すべきなのか……何なのかよく分からないまま訊いた。

 するとセゴットは、どう言い表すべきか分からないといった渋い顔をしながら答えた。



「……多分だけど、()()()俺と結婚すんのが幸せじゃないから。」



 私はそれを聞いた瞬間にブチッときた。



「っ、(ちが)あぁぁーーーう!!全っ然違ぁーう!!!

 ()()()()はどこにいったのよ!!あんたの意思はどこに消えた!!?」



 ドンガラガッシャーーーン!!とテーブルをひっくり返してお菓子もケーキも全部ぶち撒けたくなった。

 でも、さすがにそんなことはできないから、私は両手でテーブルをバンッ!!と叩くだけに留めた。


 私の怒りを受けたセゴットは、困り果ててこう返してきた。



「俺の意思は『お嬢に幸せになってほしい』だけ。


 ……なあ。お嬢は俺が何を言えば満足すんの?」



 …………伝わらない。全っっっ然伝わらない。



 私はセゴットの悲しそうな表情を見て、さっきまでの興奮がスッと引いてきた。

 そして代わりに、今度は私の方が悲しくて切なくて仕方がなくなってしまった。



 やっぱり、こんな押し問答だけじゃダメなんだ。


 セゴットには伝わらない。……セゴットには分からないんだ。



 別にセゴットは悪くない。だから私はセゴットを責めてない。「いや、今思いっきり責めてたじゃん!」って言われたらそれまでだけど。



 セゴットを拾って何ヶ月目かのときの、お父様の言葉。私は今でもそれをはっきりと覚えている。


 私とお父様に忠誠を誓って、何でも言うことを聞いて、何でも言われた通りにやるセゴットを見て……そのとき、そっと私の隣でお父様が呟いていたこと。



「セゴットは今まで12年間、ずっと暗殺組織の大人たちに操られていたようなものだ。


 セゴットは『誰かに服従する生き方』しか知らない。


 今はその服従先が、私とシャメリーになっているというだけだ。

 ……いつか、解放してやりたいな。我々の力で。」



 セゴットにくだらない設定を押し付けた、脳内お花畑だった私。

 そんな私に救われたって勘違いしてるセゴット。


 ただの偶然。本当にただ、奇跡的に噛み合っただけ。


 それでも、私は運命の巡り合わせでセゴットを拾った。

 傷の痕を持つだけの何者でもない私が、本物の力を持つセゴットにできること。私はずっとそれを考えてきた。


 セゴットを従者にして、5年間ずっと一緒に過ごしてきて──……そして私は、ついに……やっと、決心した。



 ──明日の17歳の誕生日。そこで私はセゴットを解放してあげるんだ。



 それまでに私も何とか婚約相手を見つけて、セゴットのことを安心させてあげたいと思ってたんだけど。……間に合わなかったな、結局。



 私は自分を落ち着かせるために「はぁ〜っ」と溜め息をついて肩の力を抜いた。


「……まあいっか。

 食べよ食べよ。もう今日は夜ご飯お腹に入らなくなっちゃってもいいや。」


 私がそう言ってケーキをバクッと口に入れると、セゴットは「やっぱお嬢、落ち込んでんじゃん。やけ食いすんなよ。」って憐れんできた。



「……お嬢、大丈夫だって。アイツの顔、俺遠くから見てたけどさ。釣書の姿絵よりも実物は不細工だったじゃん。

 別にアレ、かっこよくも何ともねえって。お嬢と比べたら馬のクソ以下だって。

 他にもっと『かっこいい男』いるって。」



 思いっきり勘違いしながら、今日のお相手に超失礼なことを言って私を励ましてくるセゴット。



 …………セゴットよりもかっこいい男なんて、世界中探したっているわけないじゃん。



 私は心の中でそう吐き捨てながら、もう一つケーキを貪った。


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