1 ◇ 一枚の紙の人殺し
全4話(執筆済)。毎日投稿の予定です。
「……フッ。お前、この私を殺す気だろう?
狙いとしては悪くない。褒めてやろう。」
「なっ……!?」
「何、分かるさ。そのくらい。
私も、忌々しき『邪眼』を持つ者だからな。」
「…………!!」
「そして、その包帯。『左手』が疼くんだろう?……見ろ。私のこの左手を。」
「っ、まさか!?」
「フッフッフ……そうだ。もう分かっただろう?
──お前は、私と同じだ。
ついてこい、闇に生きる同胞よ。今日から私がお前の『新しい主人』だ。」
──俺の、理解者。俺と……同じ。
闇の中でもがき続けていたクソみてえな人生に、最後の最後で、光が差した。俺は独りじゃなかった。
…………そう思った。
でも、その「光」はただの勘違いだった。
自称「新しい主人」のソイツは、俺の理解者でも、俺と同じでも、何でもなかった。
◇◇◇◇◇◇
「キャアァーーッ!!?一体何なの!?コレは!!」
「警備兵!コイツを取り押さえろ!!お前たちはすぐに王国各機関に連絡だ!!」
明らかに不審な少年の俺を真っ当に不審がる身分の高そうな夫婦。
旦那の方は俺の姿を目に入れた瞬間に、控えていた警備兵たちと、何か執事っぽいオッサンたちに向かって的確に指示をした。
俺は特に何の抵抗もしなかった。大人しく縄やら手錠やら何やらでガッチガチに固められて、ご丁寧に魔法でもしっかり拘束されて、そのまま床に倒されて転がされた。
「やっと見つかったと思ったら……!これは一体どういうことだ!【シャメリー】!」
「もう!いい加減にしてちょうだい!あなたが最近ずっと変なことを言っていたのは知っていたけど、まさか人間を拾ってくるまでだったなんて!」
その夫婦に【シャメリー】と呼ばれた女は、俺を拾ったときの尊大な態度とは打って変わって気まずそうに俯くだけだった。
夫人が両手で顔を覆ってその場に崩れ落ちる。
そんな夫人の肩を抱きながら、旦那は溜め息をついた。
「やれやれ……仕方ない。シャメリーが無事に帰ってきただけでも良しとしよう。
……そこの少年については、こちらで始末をつけるしかないな。」
…………………………アホくさ。
俺は呆れた。
誰にでもない、この自分の愚かさにだ。
自分はろくでもない死に方しかできねえだろうとは、予想していたはずだった。
それにしてもあまりにもアホくさい。まさか自分の最期が「勘違い令嬢にホイホイついて行って貴族に捕まる」だったとは。
あのときの俺の頭はどうかしてた。……本当に、どうかしてたんだ。
…………まあ、どうせ帰ったところで殺されてただろうし。
どっちでも変わんねえか。
俺が静かに自分の最期を悟って受け入れていると、頼んでもいねえのに急にシャメリーとやらが俺のことを庇いだした。
「……っ、お父様!『始末をつける』って……一体この子をどうする気なの?!」
そう言って俺の前に頼んでもいねえのに躍り出てきたシャメリー。
「どきなさい!シャメリー!」
「どかない!だってお父様は……この子を──……!」
……「殺す気でしょ」って言いてえんだろうな。
俺が続きを口には出さずに考えていると、シャメリーはその続きを否定するかのように大袈裟に首を振って、それから別のことを言い出した。
「──いいでしょ?!私だって従者の一人くらい雇っても!お金ならあるんだから!!
見てよ!この子は私と同じなんだよ?!
きっとこの子だって辛い思いしてきたんだよ!助けてあげなきゃ!……っ、私はこの子を助けてあげたいの!!」
…………コイツ、口調変わってんじゃん。さっきの誰だよ。
すると旦那の方が、シャメリーの狂った行動についにキレて、背後にいる俺のことを指差しながら怒鳴ってきた。
「目を覚ませ!いい加減にしろシャメリー!!
お前が仲間を欲する気持ちは分かる!お前が苦しんでいるのもよく分かっている!……だがな、コイツを見てみろ!
右目の眼帯も!左手に巻かれた布も!全部封印魔法を施された特殊なものだ!普通の人間ではあり得ない!!
──コイツはお前とは全然違う!化け物だ!!」
………………まあ、そうなるだろうな。
…………俺と同じ奴なんか、いるわけねえか。
俺は呆れながら旦那の方に同意した。
そして、どうせだからアホな最期の記念にでも見ておくかと思って、見上げたその先──
──……そこには、今にも泣きそうな顔をして俺を見下ろす、右目にただの眼帯をして、左手にただの包帯を巻いた少女がいた。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
俺が物心ついたときには、もう両親はいなかった。
俺の親代わりは、王国東部の山中に拠点を持つ有名な「暗殺者集団」だった。
……どうやら、俺の両親はソイツらに昔、殺されたらしい。
そしてそのとき赤子だった俺は、運が良いんだか悪いんだか、一人だけ殺されずに連れて帰られた。
別に、俺を人質にしてさらに親族や王国を相手に金を奪おうって考えではなかったらしい。
ただ、俺が貴族の血を引いていたから「魔力がある」ってことで、「上手く育てれば使える」と思ったらしい。
…………最強の「暗殺者」として。
まだ自我もねえ赤子なら、いくらでも暗殺者らしい狂った倫理観と絶対的な服従心を植え付けられる。
そんでもって、魔力適正があるなら……もしかしたら、魔物の血を混ぜた化け物にできるかもしれない。
そう思ったらしい。
そんな馬鹿げた実験を、ソイツらは俺を使ってやり始めた。
まず、何はともあれ夜目が効くように、俺の右眼を《月下狼の眼球》と入れ替えた。
記憶にねえけど、拒絶反応が酷くて俺は相当暴れ狂ったらしい。当たり前だ。我ながらよく死なずに済んだと思う。
それから、証拠を残さずに暗殺対象を骨まで溶かしちまえるように、俺の左手を《鉱邪龍の酸》に慣らした。
最初はかなり薄めた酸に左手を肘あたりまで浸けて、少しずつ、少しずつ、酸の濃度を濃くしていく。
それはつい最近までやっていたから、思いっきり記憶にある。最後はもう薄める必要とか何もなくて、ただそのまま酸に手をぶち込むだけの作業になっていた。
……それで、その酸を片付けるのも俺の仕事。
俺はその酸を「薄めていいから全部飲め」って言われてた。その酸だけじゃなく、俺の食事にはしょっちゅう何かいろいろな《人殺し用の毒》が仕込まれてた。
毒殺に耐性をつけるためらしい。俺が平気な顔して食えれば、暗殺対象も警戒しねえで食うから。
俺は狂った育成のすべてに耐え切った。
《月下狼の眼球》も身体に馴染んで、人間の目には映らない魔力の波を右眼で捉えられるようになったし、真っ暗闇でもすべてがハッキリ見えるようになった。
《鉱邪龍の酸》にも慣れて、魔力を込めればどんな鉱物でも一瞬で溶かせる左手を持った。
そして、大抵の《人殺し用の毒》なんて微塵も効かない身体になった。
……貴族特有の「魔力持ちの血」のお陰で、簡単には死なずに済んだから──
──な訳ねえだろうが。ふざけんなよ。魔力があろうがなかろうが、普通だったら死んでるっつの。
何度も右眼や左手が急に疼いて動けなくなったことだってあったし、盛られた毒で死にかけたこともあった。
でもたまたま、運が良いんだか悪いんだか、毎回死なずに済んだだけだった。
全部痛かった。激痛だった。今でもたまに普通に痛い。
……別に、実の両親を殺された恨みなんてない。顔も知らねえから。
でも、暗殺者集団のアジトの中で…… 俺だけ目玉を替えられて、俺だけ手を酸に漬けられて、俺だけ食事に毒を盛られて……何で俺だけが毎回こんなに殺されそうになってんだよって思って──……それだけが、ただひたすら辛かった。
だから、そういう意味では、その暗殺者集団は俺の教育に失敗した。
ソイツらは俺の育成には成功した。
俺はソイツらの望む通りの《化け物》になれた。
──……ただし、俺はソイツらを盲信するどころか、ひたすらに恨みを持つようになっていた。
「──だから、俺に真っ当な倫理観なんてない。別に人殺ししたくないとか、そういうんじゃない。ただアイツらの言う通りにしたくなかったってだけ。
『もう12歳になるから、そろそろお前も実戦経験を積め』って言われて、今まで5回くらい暗殺を命令されてきたけど、毎回わざと殺さずに帰ってきてた。
……でも昨日、首領に『次に失敗したら殺す』って言われたから……さすがに、いい加減やらないといけないと思った。
ただ『会合の参加者を全員殺してこい』って言われて……ぶっつけ本番でいきなり何十人も殺すのは危ないと思ったから、誰かで練習しようと思った。
本番前に下手に体力使わずに済みそうで、どうせなら金持ってそうな……とにかく簡単に殺せそうな奴。」
「──……それが、シャメリーだったという訳か。」
「そ。いきなり変なこと言われて殺しそびれたけど。」
俺はもうどうにでもなれと思って、拘束されて床に転がされたまま全部洗いざらい話した。
俺を「化け物」呼ばわりした旦那と、俺を拾ったシャメリーと、夫人と、警備兵と、何か後から来た警察だか王国機関の何とやらだか知らねえけど、とにかくぞろぞろと来た奴らに取り囲まれながら。
旦那の後ろで、偉そうなオッサンたちが「ついに尻尾を掴んだ」「上手くいけば一網打尽にできるぞ」「組織を壊滅させるチャンスだ」とか何とかコソコソ話していた。
俺の話をずっと片膝ついた姿勢で聞いていた旦那は、妙に申し訳なさそうな神妙な顔をして、俺に向かってこう言ってきた。
「…………突然のことで動転していたとはいえ、君のことを『化け物』と言ってしまって悪かった。
ところで君は、一度でもその組織から逃げ出そうと思ったことはないのか?
君のその力があれば、殺されずに逃げ切って助けを求めるなり、通報するなりできたはずだ。」
「……………………は?」
その言葉の意味が分からなくて、俺は聞き返した。
すると旦那は、悲しそうに溜め息をついた。
「なるほどな。…………見事に洗脳されていたのか。」
…………俺はそのとき、ようやくアイツらの教育の成果を知った。
呆然とする俺を真っ直ぐ見つめて、旦那はこう頼んできた。
「事情は分かった。……であれば、君が組織について知っていることを、すべて我々に話してくれないか。
君が告発してくれれば、君を12年近く育てて──いや、苦しめてきたその暗殺組織を、壊滅させることができる。
恩赦という言葉を知っているか?
君はまだ若い。そして人殺しもしていないんだろう?
もし君が情報を提供してくれるというのなら、君の身の安全を保証しよう。もしかしたら君は窃盗などの罪はすでに犯したことがあるかもしれないが、それらも不問にする。
……だから、勇気を持って告発するんだ。
君のご両親を殺め、君を苦しめてきた組織の人間を許してはいけない。野放しにしてはいけないんだ。」
それから旦那は、力強く俺に訴えてきた。
「君はシャメリーを殺しそびれたんじゃない。殺せなかったのでもない。
殺さなかったんだ。
君にあるのは暗殺者の才能じゃない。その境遇でも殺しに手を染めずに耐え抜いた『正義』の才能だ。」
旦那の仰々しい言葉は、ほとんど俺に刺さらなかった。
…………でも、俺は一つだけ理解した。
だから俺は迷うことなく答えた。
「わかった。全部話す。
……ただ、俺は正義じゃない。
俺は、アイツらを全員殺したい。」
それから俺は、自分が知っている本アジトの場所も、各地の拠点も、暗殺者集団のメンバーも、今ある依頼内容も、仕事の受け方もお決まりの手法も、全部全部、躊躇うことなく垂れ流した。
初対面の、名前も知らない、何者かも分からない偉そうなオッサンたちに、躊躇うことなくアイツらを売った。
そして俺は、自分の育ての親たちを余すことなく全員処刑台送りにした。
優しい健全な王国らしく、趣味の悪い公開処刑はしないらしい。
だから、俺の初めての殺しの完了は、紙一枚で知らされた。
──王国最大級の暗殺組織が壊滅。構成員は処刑された。
俺の初めての暗殺。表には出ない人殺し。その成功が王国中に知らされた日。
その日に俺は、俺を救ってくれたシャメリー嬢と旦那に、一生分の忠誠を誓った。