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四方敵地の係争領  作者: 一等ダスト
一章 四大国の小事編
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8.演奏旅行家④

 「うっ!……も、申し訳ありません。突如現れた賊どもの侵入を許してしまいました……」

 倒れていた三人全員に息があったことは幸いだが、恐らく"演奏旅行家"が力づくでダンジョンに侵入したことはほぼ確定的になった。賊ども、と言っているからやはり複数の人形を操っているんだろうけど、どれくらいの数なのか正確な数字を倒れていた三人に求めるのは流石に酷か。

 「賊がどれくらいの人数だったか分かる?今すぐ三人で出来るだけ間違いのない数を出して」

 それをすっとやれちゃうのが仕事中のノナの凄いところでもあり、残酷なところでもある。もう少し怪我をしている三人を気遣えればいいのだけど、今は時間の方が貴重なことは確かだ。こういう時のノナは本当に頼もしい。

 「恐らく、二十人くらいかと……」

 一人がそう言うと、他の二人も同意するようにゆっくりと頷いた。

 「二十人!?」

 おいおい……人形使いってそんなに同時に人形を操れるのか?脳の処理速度どうなってんだ!?

 駄目だ、是非ともこの眼で"演奏旅行家"を見てみたいと言う欲求が抑えつけられなくなってきやがった。聖騎士殿の前では何とか我慢してたのに、こうも誘惑が多いとそれに乗りたくなってしまうのは俺の悪癖なんだろうな。

 でも、誰だって気になるだろ?一流の人形使いと聖十位騎士。この極上の逸材たちのオーラがどれくらいのもんか、どんな形と色をしているのか。気にならない方がおかしいだろう?自慢じゃないけど俺は良く我慢出来ている方だと思う。

 「了解。ほとんど同じ形状の足跡だからあたしも正確な数字は出せないけど、彼らと同じく二十前後だと判断した。アラーマ、あたしたちだけで突入するの?」

 リュッセリンナさんが懐から薬草をすり潰して作った塗り薬を衛兵に渡す横で、ノナが冷静に聞いてくる。怪物魔術師と腕利きの密偵がいる以上このまま突入しても問題は無い気はするが、むこうも追手が来るのは分かっている。それなりの準備はしているだろう。

 「いや、このダンジョンは一階だけで上にも下にも逃げられないんだ。ここで警戒を続けて賊をダンジョンから出さないことを優先しよう。突入はルードヴェッタ卿たちが到着してからでも遅くはない」

 神が造ったと言う人形は気になるけど、このダンジョンはもう調べるだけ調べ尽くされてきたんだ。そんなものはないし、仮にあったとしても短時間で見つけられるはずがない。

 俺は倒れていた衛兵たちにここから離れて休むように言った。思ったより傷が浅かったし、リュッセリンナさんが渡した塗り薬のおかげでその傷もかなり癒えた彼らにここに居られた少し困るのだ。賊の首魁が恐らく"演奏旅行家"であることを、リュッセリンナさんとノナ以外に知られるわけにはいかない。

 「私が聖魔術を使えればもっと傷を癒せたんですが、複合魔術は扱えないんですよね……」

 去って行く衛兵たちの背中を見ながらそう言うリュッセリンナさんは無念そうだ。

 「いま話題沸騰中の天才魔術師でも、水と木の複合魔術は使えないんだね」

 「私は出力が大きいだけで天才ではありませんし、だからこそ魔力の操作が大雑把になりがちでまだ習得できていません。水の"浄化"や木の"精神安定"は使えますけど、複合魔術となるとその二属性を組み合わせたとても緻密な術式を求められるんです。例外としてラクレグム教国の僧侶のように、ラクレグム神へ信仰を捧げることを誓って神がそれを受け入れれば聖魔術が使えるようになりますが、そうなると今度は聖魔術以外があまり使えなくなりますからね」

 「魔術師は色々できて羨ましい。あたしたち戦士系統の人間は肉体が魔力を扱うから、得意な技術が生まれつき決まってて融通が利かない」

 「魔術師は脳で、戦士は肉体で魔力を扱う、とは有名な言葉ですね。ですが私たち魔術師からすれば、魔力の移動や集中、配分のタイミングなどを学ばなくても直感的にそれを扱える戦士が羨ましく思えます」

 なんか魔術師と戦士談義が始まってしまったが、君たち警戒は……などとは言わない。

 リュッセリンナさんはダンジョンの入り口に設置型の魔術を用意しているし、ノナは入り口の死角に移動している。彼女たちが話しているのも、入口付近に敵がいないとそれぞれの能力で察知しているからだろう。

 なので魔術師でも戦士でもない俺もちょっと参加することにした。

 「じゃあ人形使いって魔術師なのか?戦士なのか?」

 「人形の材質によりますが、基本的に木か金か土の属性適性を持つ魔術師になりますね。特に土と金属性両方に適性を持つ魔術師が多い職業です。ちなみにゴーレム使いもほぼ似たような適正ですが、混同すると激怒されるので要注意です」

 「へえぇ。それで人形使いは普通、二十体も人形を操れるもんなのか?」

 「それはありえないと思います。ただ、単純な行動しかとれない自律型の人形を使ったのなら話は別ですけど。複数の自律型の中に数体自分で操る人形を紛れ込ませておくのが、戦闘における人形使いの常套手段です。私も模擬戦で一度やられました」

 なるほど、流石に約二十体を意のままに操れるわけではないのか。ただ、ルードヴェッタ卿は"演奏旅行家"を一流と評していたからな。かなりの数を操れるのは間違いないだろう。

 そんなことを考えていると、背後からカチャカチャと音が聞こえて来た。リュッセリンナさんとノナの視線がダンジョンから外れたのにつられて俺もそちらを向くと、聖騎士が走りながらこちらに向かって軽く手を振って来た。

 「アラーマ君にリュッセリンナさん、それと何度か見かけた諜報員の方、なのかな?待たせてしまって申し訳ない!」

 かなりの速度で走って来たルードヴェッタ卿から少し遅れて、三名のラクレグム教国の人員が到着する。三名がかなり軽装な出で立ちなのに対して、ルードヴェッタ卿は厚く重そうな鎧を付けてこの差があるのだからやはり聖騎士は伊達ではない。

 息一つ乱してないから、かなり余裕がある上でこれだもんな。俺が鎧なんて付けて走ったら五分も持たないぞ?

 「ヴェンデランドの皆さんには名前は紹介してなかったね。右からリアム、ジェイコブ、アメリア。聖魔術が得意な二人と、水と金属性を得意としている魔術師一人だ」

 丁度ルードヴェッタ卿にノナの事を紹介しておくいい機会だ。俺も同じようにラクレグム教国側にリュッセリンナさんとノナを紹介すると、明らかに三人がリュッセリンナさんを気にする素振りを見せ始めた。まぁ紹介する前から僅かにリュッセリンナさんを警戒する様子があったから知っていたんだろうし、アメリアさんと言う魔術師に至っては同じ魔術師同士で何かを感じとったのか目を泳がせてさえいる。

 それにしても三人全員が後衛か。ルードヴェッタ卿だけで前衛は足りているってことなんだろうか。

 「それで、状況はどんな感じかな?」

 人形のおおよその数と俺たちがダンジョンの入り口で待っていた理由を話すと、数字付き聖騎士は軽く礼を言って誰よりも入り口に近づいた。

 「それじゃあ行こうか。念のために改めて言うと、僕たちの目的は恐らくこのダンジョンの中にいる"演奏旅行家"を生きたまま捕らえることだ。先頭は僕が引き受けるから、魔術師の皆には援護を、ノナさんには周囲の警戒をお願いする」

 ……これ、俺もダンジョンの中に入って良いんだろうか。

 魔術師でも戦士でもない俺が足を引っ張るのは分かり切っているけど、だけどこの領地の代理領主としては"演奏旅行家"を捕らえるその時には立会いたいし……。ぶっちゃけまだラクレグム教国の陰謀じゃないとは言い切れないし。

 そう逡巡していると、ノナに肩を小突かれリュッセリンナさんに心配そうに顔色を窺われる。そうだな、この二人なら俺が引っ張っる足を引き摺り回してくれるだろう。

 「よし、突入する!」

 先頭のルードヴェッタ卿がそう言うと、俺たちはダンジョンの中に入って行った。

 

 

 ダンジョンの中の様子は、想像とは違っていた。"演奏旅行家"の人形と思われる存在がモンスターを片っ端から殲滅していたのだ。"演奏旅行家"を名乗っていた人形と比べると関節部分に継ぎ目があるし、表情もないしで随分と人形だと分かりやすい。

 そしてその人形たちは、俺たちには一切敵意を見せない。なんだかこっちが害の無い人形のような扱いをされているようで、変に不気味だ。

 「……!?今日のダンジョン、何か様子が違います。いつもより禍々しい気配が強くなっています!」

 聖騎士が人形の強さを確かめるように美しい銀の長剣を振るう後ろで、リュッセリンナさんがそう言った。最近ダンジョンに入り浸っていた彼女の言う事なら間違いはないだろう。

 「むっ……かなり硬い!流石は"演奏旅行家"の人形。腕力だけでは一撃で両断出来ないか。リュッセリンナさんが懸念していることもある、魔術師は人形を――」

 刹那、聖騎士が殺気立った。"演奏旅行家"に騙されていた分かった時には声を荒げることもあったが、ここまで鋭い表情を浮かべたことはなかっただろう。だがそれは"演奏旅行家"や高い性能を持った本命の人形を見つけたからではなく。

 背後に膨大で強力な魔術陣の大群が現れたからだった。

 「魔術師は人形を倒してもいいんですよね?」

 「……あ、ああ。お願いするよ。大丈夫だ、ノナさん。咄嗟に殺気をリュッセリンナさんに向けてしまったのは申し訳なかったけど、あれは戦士の本能のようなものなんだ。どうか許してほしい。彼女を害する気は、全くない」

 「分かった」

 聖騎士にむけていた短剣の先をすっとノナが下ろすと同時に、リュッセリンナさんの頭上に構築されていた幾つもの魔術陣から鋭利な水の刃が雨のようにまき散らされた。

 わぁ、バターみたいに人形と魔物が切れていってるよ。こんな風に最期を迎えたくはないな。

 周辺に居た魔物と人形を完全に滅した怪物魔術師は、気が付くと味方全員から向けられていた視線から逃げるように俺の背中にすっと身を隠した。

 だから、俺の方がそうしたいんだよリュッセリンナさん?俺は盾にすらならないひ弱さなんですよ?

 「あー、リュッセリンナさんは恥ずかしがり屋なので皆さんそんなに見てあげないで下さい。これ以上彼女を真っ赤にさせると、それ以上に真っ赤な火の嵐が魔術陣から飛び出してきかねませんよ。せっかく人形も魔物も近くにいなくなったんですから先に進みましょう」

 本当は恥ずかしがり屋って言うか、あの目に耐えられないんだろうな。あの、化け物を見るような目に。

 さっさと自分は化け物なのだと認めて誇ればいいのに、って思うのは他人事だからかもしれない。彼女は魔術師として大成したかっただけで、化け物になりたかったわけじゃないんだろう。

 でもそれは切り離せないものだ。リュッセリンナさんが魔術師として大成するには怪物として覚醒するしかなかったんだから。

 それにしても不思議だ。俺はいつもリュッセリンナさんを怪物として見ているのに、そんな俺の後ろに隠れるのはいまいち理解できない。

 俺の背中にももう一つ、いや出来れば付けられるだけ眼があればいいんだけどなぁ。

 「そうだね。先に進もう」

 先、と言ってもこのダンジョンはそれなりに広いけど巨大で進むのが大変ってわけじゃない。すぐに最奥近くまで辿り着いた俺たちは、ただ首を捻らざるを得なかった。"演奏旅行家"の姿どころか、リュッセリンナさんが倒して以降人形すら姿を見せない。逃げる場所なんてどこにもないのに……と口に出そうになったところに、それはあった。

 「下に続く階段……!?こんなもの、このダンジョンにはなかったはず」

 ノナの驚愕の声に、リュッセリンナさんも同意した。

 「私も何度かこの辺りを調べたことがありますが、階段なんてありませんでした」

 「つまり腕利きの密偵と魔術師でさえこの階段を見つけられなかったのに、"演奏旅行家"は短時間の間にこれを見つけたと言うことだね。これはもう、"演奏旅行家"はこのダンジョンについての深い知識があるか、僕たちの想像を超える実力を持っていると考えるしかないと思うんだけど、皆の意見はどうかな?」

 「……よく見ると階段の近くの地面に小さな小さな穴がある。ここにこの階段と仕掛けがあると知っていないと、気が付けないような鍵穴が」

 「どれどれ……んー?……薄暗いし、正直僕にはそれが鍵穴だと言われても分からない。何かの拍子に地面にすぐにつきそうなほんの僅かな凹みにしか見えない。でもノナさんが言うならそうなんだろう。そして鍵穴ってことは」

 「"演奏旅行家"はこのダンジョンの地下に続く階段の鍵を持っていた……!ルードヴェッタ卿、私は凄く嫌な予感がしてきましたよ」

 「アラーマ君、残念ながら僕も同じ予感がしているよ。けど、"演奏旅行家"を逃がすわけにはいかない。皆、階段を降りてすぐの辺りは特に注意して行こう!」

 果たしてこれまで何百年と誰も踏み入れたことがないだろうダンジョンの地下には、何があるのか。"演奏旅行家"はどうしてこの階段の仕掛けを解除する鍵を持っていたのか。

 俺たちは階段に足をつけながら、着実に心音が高まっていくのを感じていた。

基本的にマイペースな投稿になってしまいますが、評価を頂ければ幸いです。

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