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四方敵地の係争領  作者: 一等ダスト
一章 四大国の小事編
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7.演奏旅行家③

 "演奏旅行家"のチャリティーコンサートがヴェンデランドで行われる、と言う話題はたちまち周辺に広がった。

 安全のためにそれを知るもの全員に強く口止めをしていたはずなのに、どこから漏れたのかさっぱりだ。ルードヴェッタ卿はその状況に何やら思案している様子を見せていたが、人の口に戸は立てられないって言うしこればかりは仕方が無いと思って欲しい。

 頼むからラクレグム教国には出来るだけ穏便に報告してほしい。

 まぁ、そんなわけで演奏会当日の観客の集まり具合は相当なものになった。ヴェンデランドではとてもではないが人数分の観客席を用意出来そうにないので、もう椅子は貴賓用にしか用意しないようにしよう。と、考えていたのだけど今のヴェンデランドにはそれを力技で解決できる怪物がいるんだった。

 その怪物ことリュッセリンナさんはあっという間に木製の簡易的な舞台と観客席を作り上げたくれた。本人は意匠も何もなくて地味で恥ずかしいと言っていたけれど、これを用意してくれるだけでも本当に助かる。おしむらくは、木魔術によって作られた物はもって三日くらいだと言うことだろう。リュッセリンナさんの魔術だから二週間は持つか?とにかく、新たな観光名所の誕生!とはいかないようだ。

 そんなこんなで当日の警備について話し合ったり、聖騎士殿と一緒に他国の間者っぽいやつを追い詰めたり、忙しすぎるノナがちょっとおかしくなるなんてことがありながら、"演奏旅行家"の演奏会当日を迎えたのだった。

 

 

 「アラーマ、こっちは観客全員の名前と荷物の確認と武具の預かりを終えたぜ」

 「あたしたちも、観客にも混ざっていた怪しい奴らの尋問を終えた。四大国じゃなくて他の国の間者だったよ。"演奏旅行家"の演奏を魔道具で録音するつもりだった奴と、リュッセリンナを勧誘するために来た奴だった」

 「了解。ラゲルダさんもノナもお疲れ様。でも、最後まで気を引き締めていこう」

 ラゲルダさんとノナから演奏開始前の最後の報告を受けた俺は、領主の座る予定の椅子の隣に立って周囲を見渡した。残念ながらゼッツエル様はご体調があまりよろしくなくこの席は空席のままになってしまったけど、音楽は館まで届いてくれることだろう。

 それにしてもコンサートの開催を決定したのはたったの五日前なのに、三百人もヴェンデランドに集まるなんて正直信じられない思いだ。それにこの三百と言う数字は人数制限一杯のものなので、本来ならどれだけ人が集まったことか……。

 本当に"演奏旅行家"が高名な音楽家なんだと実感してしまうな。

 さて、それじゃあ最終確認だ。俺は隣に立っているうちの切り札に問いかけた。

 「リュッセリンナさん、周辺に変な気配はない?」

 領地内どころか集中すればそれすら越えた範囲の魔力感知が出来る彼女が、この言葉に頷いてくれたらとても安心できるんだけど。

 「……ついさっき、気になることが出来ました」

 ぐっ!そうはいかないらしい。

 俺は隣に立っている小柄な少女に小声で再び問いかける。

 「気になることって?」

 リュッセリンナさんは視線を落として躊躇いを見せた。何か言いにくいことなのかもしれない。

 「どんなことでもいいから教えてほしい」

 「えっと……アルノットさんの魔力に少し違和感が生じたと言いますか……」

 「アルノットさんの!?」

 意外な人物の名前が出てきたことに俺は素直に驚いた。と、同時に聖十位騎士が彼に懸念を示していたことに思い当たる。

 まさか本当にこのコンサートを何かの企みのために行おうとしているのか?

 「はい。今ままでアルノットさんご自身には注意を払ってなかったんですけど……いえ、今もそうなんですが、だからこそ変なんですよ」

 「ん?どういうこと?」

 「説明しにくいんですけど、今のアルノットさんの魔力の気配は人間のものとしては少し違和感があるんです。これまでずっと人間であるかのようにそれを隠して来たんだと思います。でも今の彼からは隠そうと言う気が感じられません」

 んん?

 アルノットさんの魔力の気配が人間じゃない?それを百パーセント信じるとして、じゃあリュッセリンナさんが言った通り今まで隠してきたその気配をいま露わにする意味は何なんだ?

 コンサートを中止にした方がいいのか?もうすぐ始まってしまうぞ、どうする!?

 俺は近くにいるであろう聖騎士を探し――そしてその赤い瞳と目が合った。すぐに舞台に目配せして指で×を作って見せると、聖騎士はそれだけで俺の意図を汲んでくれたようだ。

 「観客の皆さま、申し訳ありませんがこのコンサートは中止に――」

 「あああっ!ぐうっ!うっ……!」

 聖騎士のコンサートの中止を告げる言葉は、観客には届かなかった。彼らはそれよりも舞台に上がっている主役の異変を目の当たりにして一斉に大声を上げ始める。

 「演奏旅行家が突然倒れたぞ!!」「呻いた後、ピクリともしていないぞ!」「な、何が起こったの?何でアルノットさんが倒れていらっしゃるの!?」「病気か事故か!?それとも暗殺か!?」「ああ、我らがラクレグム様。どうかかの偉大なる才能に御慈悲を……!」

 まずい!舞台の上で突然倒れた"演奏旅行家"を見て観客たちが騒然としている。"演奏旅行家"が一人でに倒れただけだから、まだその程度で済んでいるけど、このままこの状況を放置していたら最悪パニックに陥る可能性もある。

 「落ち着いて下さい皆さん!アルノットさんは少々体調を崩しておりまして、それを承知でこの場に上がられていたのです。すぐに聖魔術の心得のある僧侶が治療にあたりますのでご安心下さい。ですが、大変申し訳ありませんが本日のコンサートは中止とさせて頂きます」

 聖騎士の凛とした響きを伴ったその言葉をこっちの主導で言えないのが歯がゆいな。だけど、俺たちは俺たちの仕事をしないといけない。

 俺は観客をこの場から遠ざけるように衛兵に指示を出し、次に"演奏旅行家"が倒れた瞬間を目撃して体を強張らせているリュッセリンナさんの肩を軽く掴んだ。怪物としての力に目覚めても、彼女の精神はまだそこまで追いついていないみたいだ。

 「何か領地内に異変はない?特にダンジョン付近に」

 「あ、え……えっと……」

 目をぎゅっと閉じて集中し始めたリュッセリンナさんは、しかしすぐにそれを大きく見開いた。

 「似たような魔力を持った存在が複数、領地外からヴェンデランドに侵入しています!進路から予想するとおそらくダンジョンを目指しています!」

 「"演奏旅行家"は目くらましか!?」

 何が一体どうなっているんだ?ラクレグム教国の策略か?いやしかし、ルードヴェッタ卿は"演奏旅行家"が倒れる直前に間違いなくコンサートを中止しようとしていた……。

 だからこそ、"演奏旅行家"はその前に行動を起こしたのか?だとするとこの状況は"演奏旅行家"の計画なのか?

 ああくそっ、分からない。とりあえずこの情報をルードヴェッタ卿にも教えないと。

 「ルードヴェッタ卿。アルノットさんの容態は」

 「……駄目だ。すでに亡くなっている。だが……いや、まさか……」

 亡くなっている!?演技じゃなかったのか!?

 なんてことだ……例え病死だとしてもヴェンデランドで亡くなったのだからある程度の責任を問われるかもしれない。そうでなくとも色々と悪い噂が流れることになるだろう。

 いや、いやいや今はそんなことを考えている場合じゃないだろ。本当に亡くなったのなら、ヴェンデランドに問われる責任を最小限で済むように行動しなければ。

 「……ルードヴェッタ卿、こちらからお伝えしなければならない情報があります。現在複数の何者かがダンジョンを目指して領地内を移動しています。あなたが懸念されていたことに関係があるかもしれません」

 「ッ!――くそっ!やっぱり騙されていたのか!薄々分かっていたのに僕としたことが!」

 ルードヴェッタ卿は拳を強く握り締め、木の床に倒れているアルノットさんを見下ろした。

 「騙されていた?どういう事ですか?」

 「それは機密情報に……いや、こうなっては"演奏旅行家"のもう一つの顔を君たちにも話すしかないようだ」

 「ルードヴェッタ卿、なりません!我々はあなたが機密を第三者に漏らしたと、大祭司評議会に報告しなければいけなくなります!」

 「今は"演奏旅行家"の身柄を一刻も早く確保しなければならない!そのためには彼らの力を借りなければ!」

 ルードヴェッタ卿は部下の忠告に頭を振った後で俺を舞台の裏側へと連れて来た。

 機密情報を聞くなんて、正直リスクが高すぎる。だけど、彼の慌てようからヴェンデランドのダンジョンが何らかの陰謀に巻き込まれている可能性は高そうだ。ならば、聞きたくないことも耳の中に入れなくてはならないだろう。

 「さっき言った"演奏旅行家"のもう一つの顔についてだけど、彼は高名な音楽家であると同時に一流の人形使いの特殊諜報員なんだ」

 「人形使いの諜報員、ですか?」

 人形使い。そう言った職業があることは知っているけど、これまでに会ったことはない。ただ人形を操って諜報活動を行ったり、敵に標的そっくりの人形を破壊させて任務を失敗させたり、戦闘専用の人形で戦ったりするってのは聞いたことがある。

 "演奏旅行家"は人形使いだった。そう知ったら、当然こう思うだろう。

 「では、あの舞台の上で倒れた"演奏旅行家"は人形だったんですか?」

 「……あれが人形なら、彼はもう二十年も前からラクレグム教国を欺いていたことになる。当然"演奏旅行家"が人形使いだと知っている僕たちは、本人かどうか正確に判断できるように対策を打っているんだ。ただ、これは別の機密になるから詳細を話すことが出来ない。奇蹟によってそう言う印が体に刻まれているとだけ分かってくれればいい」

 「つまり、舞台の上の"演奏旅行家"にはその印があったんですね?」

 「うん、間違いない。だから恐らく"演奏旅行家"はラクレグム教国と取引したその時からすでに人形だったんだ。瞬きし、呼吸し、髪や髭が伸び、眠りも食事もし、演奏もする……とんでもなく精巧な人形だったんだ」

 あの"演奏旅行家"が人形?恐らく事実だろうことを言われても腑に落ちなかった。

 だって彼の立ち振る舞いはとても優雅だった。常に浮かべている薄い笑みも、人間としての温かみを感じられる柔らかさだった。

 あれが人形だなんて百人中百人が思わないだろう。完全に俺は、俺たちは騙されていたんだ。

 「しかし二十年間も続けて来た偽装をどうして今この場で解いたのでしょうか?」

 「恐らく、この地のダンジョンに封印されていると言う人形が目的なんだ。神が造ったとされる人形が!」

 そうか!確かにあのダンジョンにはそう言う曰くがある。神が造った人形なんて、人形使いにとって最上の宝物だろう。

 いや、でも、やっぱり腑に落ちないことがある。

 「ですが本物の"演奏旅行家"には監視がついていませんから、暇を見つけてこの地のあのダンジョンを訪れることが出来たはずですよね?今この騒動を起こさなければいけない理由が分かりません」

 「それは……そうかもしれない。いや……例えば人形を操るためにそれからあまり離れられないのかもしれない。もしかたら他の理由があるのかもしれない。何も分からないから、まず僕たちがやるべきことは恐らくダンジョンにいる本物の"演奏旅行家"を捕らえることだ」

 「確かにそうですね。では、精鋭を連れてダンジョンに向かいます」

 「お願いするよ。僕たちも舞台の上の人形を少し調査した後で合流する。また騙されるわけにはいかないからね」

 俺とルードヴェッタ卿はやるべき事を言葉で交わした後で互いに頷いた。

 "演奏旅行家"が人形使いであることは、ごく一部の役職のある部下には伝えて良いとの了承を貰って俺はリュッセリンナさんとノナと共にダンジョンへ向かった。役職を持った部下の中で唯一ラゲルダさんだけ呼ばなかったのは、観客やゼッツエル様の安全を衛兵共に確保してもらう人が必要だったためだ。

 そうして二人と共にたどり着いたダンジョンの前には、衛兵たちが仰向けになって倒れていた。

基本的にマイペースな投稿になってしまいますが、評価を頂ければ幸いです。

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