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四方敵地の係争領  作者: 一等ダスト
一章 四大国の小事編
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3.慶事に捧げる領土権③

 領地の案内、と言っても実際にリュッセリンナさんを連れていける場所はほとんどない。すでにゼッツエル様の住まう屋敷は案内しているから、村と鉱山と低レベルダンジョンくらいのものだ。

 村も鉱山も魔術師の興味を惹けるかといえば微妙なところだ。いや鉱山には魔術師と密接に関係しているものもあるのだけど、ヴェンデランドのそれから産出されることはあまりないし質も大して良くない。

 となればやはりダンジョンだな。まずそこに連れて行こう。

 何時の間にやらついて来たノナも伴って、俺たちは低レベルダンジョンに辿り着いた。

「えー、ここがヴェンデランド二大観光名所である低レベルダンジョンでございます。その由来は古く、一説には三百年前から」

「つまんない。早くいこ」

 ぐっ!

 いつか大勢の観光客を案内することを夢見て練習してきた語り口が、ノナによって一蹴されてしまう。歴史だけはあるんだぞ、ヴェンデランドは。歴史以外ないんだぞ、ヴェンデランドは……。

 いかんいかん、ついつい本音が心の中に溢れてしまった。

 背中を丸めている俺を置き去りにして、ノナとリュッセリンナさんが軽く話を弾ませながらダンジョンの中に入っていく。

 やっぱパワハラ上司と話すより、それほど歳の変わらない同性の方がいいよなぁ。ノナにも仲の良い話し相手が出来そうで良かった。低レベルダンジョンと紹介しているように、この広い洞窟のような内部形状のダンジョンには弱い魔物しか出現しない。俺ですら軽くとはいかないけどある程度の余裕をもって倒すことが出来る。

 だけど。

「やっぱり魔術師がいると明るくていい。光源を作ってくれる」

 そうだ、ノナは初めてリュッセリンナさんの魔術を見るんだ。新入り魔術師のかざした手が作り出しているのは光源などではなく。

「……ファイヤーボールです……」

「え?」

「これはファイヤーボールです……初級火魔術のファイヤーボールです」

「……ごめん」

 小さく頼りない火球が、彼女たちと対峙してるスケルトンに向かってひょろひょろと飛んでいく。

 それは骨の魔物の肋骨に直撃すると弾け、ほんの少しその体を揺らした……だけだった。ダメージを全然受けていないスケルトンは錆びた剣を振り上げると、自分を軽く揺らした相手に斬りかかる。

「影死期殺ノ型・断末魔」

 だがスケルトンの余命は刹那の間だけだった。素早く振り抜いたノナの短剣が敵の喉元を掻っ捌くと、魔物はからからと音を立てながら崩れていく。

 断末魔って技名のくせに一切それを上げさせる気がないのえげつないな。

「ふと、疑問に思った。リュッセリンナは魔術師なのに、(ほじょぐ)を持っていないんだね」

「杖を持っていると、もっと悲惨なことになるんです。詠唱も同じです。普通の魔術師なら当たり前のことをやると、私の場合酷くなるんです」

「それは不思議。でも、性格の悪いアラーマに連れて来られたんでしょ?」

「なんか一言余計じゃない?」

 俺の抗議は無視され、リュッセリンナさんが問われたままに頷く。

 一応俺、あなたたちの上司で領主代理なんですよ?

「じゃあ大丈夫。こいつ口も腕も性格も悪いけど、眼だけは信じられるから」

 一言どころか更に悪口を追加しやがったノナは、抜いた短剣をしまい込んで座り込むと、自分の前方の地面をぽんぽんと叩いて見せた。同性で近い年齢と言うこともあって新入りのことをあれこれ聞きたいのかもしれないし、相談に乗ってみたいのかもしれない。何もダンジョン内でなくとも、と思ったが密偵であるノナがこうも気を抜いていると言うことはこの辺りに魔物がいないと言うことだろう。

 対してリュッセリンナさんはやや悩むような間があってから両手を前に出して緑色の魔術陣が浮かび上がらせた。と、地面に人が座れるくらいの大きな木の根が生えてくる。そこに腰を降ろした新入り魔術師に、ノナが早速言葉を掛けた。

「火の他に木の魔術の適性もあるんだ」

「えっと。い、一応は全部適性があります」

「……全部?全部って木・火・土・金・水の五属性全部?」

「えっと、あと日・月もですね。基本属性五つに準属性二つの七属性全部です」

 平均的な魔術師が一か二属性、多くても三属性であることを考えれば、七属性全部に適性があると言うのは非常に珍しいことだ。

 百年に一人、いやもしかしたら千年一人を超える希少さかもしれない。

 だが、希少さとは必ずしも強さと結びついているわけじゃない。

「確か……なんだっけ。反発というか対立というか、相性の良くない属性適性を持ってると上手く扱えないんだよね?」

「相克ですね。木は土に、火は金に、土は水に、金は土に、水は火に強く、日と月は互いに相性が良くないとされています。例えば木と土の魔術適性を持っている場合、土の魔術のコントロールが格段に難しくなるんです。私は……全ての属性に適性を持っていても、全ての属性が上手く機能していない欠陥品なんです……」

 そう言ってリュッセリンナさんは掌をノナに拡げて見せた。そこから赤い魔術陣が浮かび上がると、ついさっきスケルトンに放った小さな火球が生み出される。

「私のような相克関係の属性適性を持った魔術師は滅多にいません。この魔術も一応初級火魔術のファイヤーボールと呼んでいますが、魔術書のままに試してみても上手く魔術陣が錬成できないので自分なりにアレンジしたものなんです」

 ふっ、と火球が消えるとダンジョン内が一気に暗くなる。彼女自身の落ち込み具合のように。

 けどそんなことはもうとっくに知っているんだ。知っている上で俺の結論と自信は変わらない。

 リュッセリンナ・エンスナッツは必ず怪物として覚醒する。

 それは彼女の潜在能力が、そのオーラがとんでもないからと言うだけではなく。

「リュッセリンナさん、もう一度ファイヤーボールを出して貰っても良いかな?」

「え?はい。分かりました」

 彼女が了承してくれると共に俺は左目を閉じ右目を大きく見開いた。ずきりと右眼の奥に針を刺されたような激痛が走るがそんなことはどうでもいい。

 やっぱりだ。リュッセリンナさんが魔術陣を浮かび上がらせたと同時に七つの魔術のオーラが一瞬だけ現れて炸裂する。

 そうして残った一つの魔術は頼りなく淡いものだが、それはただの残りカスだ。それを彼女はファイヤーボールと名付けているのだ。

「これでいいです、わっ!アラーマさん目から血が出てますよ!なのに何でそんなに笑ってるんですか?ちょっと怖いですよ……」

 笑ってる?そりゃ笑うしかないだろ?

 ハンカチを目に当てながら俺は自分の口をなぞってみた。うん、我ながら気持ちの悪い口角の上がり方をしてるな。

「大丈夫。アラーマが気持ち悪いのはいつものことだから」

「えぇ……」

 気持ちが悪い自覚はあるからその点については反論できないな。それにその程度の悪口でこの笑みを消すことは出来ない。精々、掌で口元を隠すので精一杯だ。

「そうそう。俺が気持ち悪いのはいつもの事だから。出来ればもっと気持ち悪くさせて欲しいな」

「すみません、その発言は真面目に気持ち悪いと言うか恐ろしいのですが……」

「気にしちゃ駄目だよ、リュッセリンナ。これでもまだ最大限に気持ち悪くはなってないから。今は三キモイくらい。あたしは五キモイくらいまで見たことがある」

「どんな単位ですかそれ……?」

 結局ダンジョンの案内は、一階しかないしそんなに広くもないためすぐに終わった。ただ帰り際にリュッセリンナさんはじっと地面を、下を見つめていた。どうしたのか、と俺が聞くと彼女は首を横に振り、気のせいでした、と答える。何だか不思議そうな表情だったのは気にかかるが、そろそろ自室に戻って書類の作成をしなければならない。

 ノナに案内を任せた方がいいかもと思ったがいつの間にかあいつは姿を消していたので、俺はリュッセリンナさんを鉱山と村に案内した後で自室へと向かったのだった。



 こいつらヴェンデランドと関係ない所で勝手に潰し合ってくれないかなぁ。

 翌日、領主の間でエノエとヴァラグさんが睨み合いをしている姿を見て俺は溜息をついた。二虎競食の計と言う計略があるらしいが、この二国の餌として立ち回るのがヴェンデランドになるのだけは勘弁して欲しい。涎すら怖いんだ、こいつらのは。

「まさかあなた方が我々と同じ贈り物を受け取るとは思っていませんでしたよ。いえ、同じ、ではありませんでしたね。あなた方は北半分で私たちは南半分でした。これは失礼」

「はっ、所詮文官上がりの小娘には戦のことなど分からなかったのだろうな。貴様らは一対一で決闘を行うのだろう?我々は万全を期して三対一だ。北だ南だで調子に乗るのは良いが、文官は実際に手に入れる前から自分の功績を誇りがちだからな」

 ……ゼッツエル様の前だぞ。マジでいい加減にしてくれ、こいつら。

 希望を賭して咳ばらいをしてみたが、案の定効果はない。かと言って無理矢理止めようとすれば、こっちに矛先が向くのは明白だしなぁ。

 ノナに足止めを頼んだが、流石に密偵の立場で時間を稼ぐのは無理があったか。

 どうしようか……と頭を抱える状況の中、柔らかでしかし凛とした声が響き渡った。

「申し訳ない、エノエ殿、ヴァラグ殿。本日ご両名がお伺い下さったご用件をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 ゼッツエル様がそう言うと、二人の争いがピタリと止んだ。有無を言わせない強い語調でもないのに自然と耳を傾けたくなる声質は、とてもじゃないけど俺では真似できない。

 こうなると話は早かった。リファル王国もバーチバール国も事前に打ち合わせた内容で合意する。バーチバール国と三対一での決闘を行うと聞いたリファル王国が条件を引き上げて来るかもしれないと思っていたのだが、ヴァラグさんがいる手前なのかそう言った要求はされなかった。

 むしろしてくれた方がこちらにとってはありがたかったんだけど。

 ありがたいと言えば、決闘の見届け人としてヴェンデランドと接する四大国の一つであるラクレグム教国の大祭司をリファル王国が呼んでくれていることが分かった。これなら決闘に勝利しても後から文句を言われる事はあっても無効には出来ないだろう。それだけ自信があるってことなんだろうけどな。

「決闘の日時は丁度一週間後か。やけに早いけど、時間を掛けることはこちらの有利になると判断したんだろうか?」

 犬猿の仲の二人が帰った後で、ゼッツエル様が契約魔術によって作られた書類を見ながらそう仰った。

「リファル王国もバーチバール国も我々の最大戦力が現在不在であることを知っていますからね。リアラさんが帰還する前に決闘を行いたいのでしょう。もしかすると彼女は今頃、バーチバール国の関所や街で足止めを喰らっているかもしれません」

「彼女には悪いことをしてしまったね。でもアラーマはリュッセリンナさんがリアラさんを超える逸材だと確信しているんだね」

「リアラさんには申し訳ないですが、それは間違いありません。それでその……ゼッツエル様に一つお願いしたいことがございます」

「私に出来ることであれば何でも協力するよ。言ってくれ」

「ありがとうございます。それではリュッセリンナさんに暗示の魔術をかけて頂きたいのです」



「はああぁぁぁああ!!できるできるできる!リュッセリンナさんなら絶対に勝てる!どうか頼むから頑張ってくれ!」

「そうだ!自分を信じて!勝敗を決めるのは自分の気持ちだから!勝てる勝てる勝てる!」

「……あ、あのぉ。これは何の拷問なんでしょうか?」

 領主の間に呼ばれてすぐにゼッツエル様の月魔術"暗示"をかけられたリュッセリンナさんだったが、彼女はひたすら困惑している。まぁ、暗示の魔術なんて一回かけただけで効果がすぐに現れるもんじゃない。狂ったように勝てる勝てる言われてもすぐには気持ちも上向かないどころか怪しく思うだけだろう。

「はぁ……はぁ……うぷっ!あ、駄目だアラーマ。すまないけど寝所で休ませてもらうよ」

「申し訳ありません、ゼッツエル様。ありがとうございました」

 ゼッツエル様が領主の間から去った後、男二人からただただ言葉の嵐を投げかけられた新入りは溜息をついてから口を開いた。

「アラーマさん。私、いま人生で一番頭の中に疑問符が浮かんでいるかもしれません。今のは何なんですか?」

 リュッセリンナさんには"暗示"の魔術をかけているとは伝えてない。こういった心理面に影響を与える魔術は自覚されてしまうと効果が薄くなるからな。ゼッツエル様が詠唱する際には耳を塞いでもらって、"加護"の魔術を掛けていると彼女には説明しているのだが、まぁそのまま信じたりはしないだろう。

「これはヴェンデランドに古来から伝わる出陣の儀みたいなもんだから。今日から決闘の日まで、一日一回いまのに付き合ってもらいます」

「えぇ、意味わかんない……それに領主様がアラーマさん寄りの人間だったなんてなんかちょっとあれです」

「ゼッツエル様への悪口は許さないよ?」

「アラーマさん寄り、が悪口になるって自覚はあるんですね。何故か安心しました」

 ああ、分かってるよ。本人を騙して気持ちを前向きにしようとするなんて、良い人間の発想じゃない。クソ野郎だ。

 悪いがそれでもやらせてもらう。リュッセリンナさんのためなんて綺麗事は言わない。

 俺のために。嫌な役回りを買って出て下さっているゼッツエル様のために。領地のために。



 こうして始まったリュッセリンナさん暗示計画は五日目にしてかなりの成果を上げていた。

「ワタシ……カテル……テキ……コロス」

「わぁ……ちょっと掛かり過ぎてしまったかな。落ち着いて落ち着いて」

「うぅ……リュッセリンナ、あなたは勝てるんです。一対一だろうが三対一だろうが必ず勝てます。自分を信じなさい!」

 ふん、と細い手でファイティングポーズをとったリュッセリンナさんは、五日前と比べれば見間違えるほど前向きになっている。それは空元気かもしれないが、弱気一辺倒な暗い感情が多少沈んだだけでも充分だろう。

 良い頃あいだ、と思った俺はゼッツエル様に目くばせした。一度暗示にかかれば、二つ目はかなり掛かりやすくなる。この二つ目こそが本命であり、リュッセリンナさんの魔術の欠点を修正するために必ず掛けなければいけないものだ。

 俺とゼッツエル様がその二つ目の暗示をかけ始めるとリュッセリンナさんは、何を言っているんだ?、と怪訝そうに眉をひそめる。だがそれも最初だけで、何度も何度も繰り返すとその日のうちにすっかり信じ込んでしまった。

 かけている側が言うのはあれだが、リュッセリンナさん暗示にかかりやすすぎるだろ。本当にゼッツエル様が唱えている魔術を"加護"だと信じていたのかもしれない。そう思うと流石に良心の呵責を覚えるが、そんなもんで今更計画を止められるはずもない。

 それに彼女にこんな暗示をかけられるのは決闘の日までだろう。怪物として目覚めたリュッセリンナさんに暗示なんて効くわけがないからな。

 それから"審人眼"でいくつか確認をしながら調整を進めるうちに、遂に決闘の日を迎えたのだった。

基本的にマイペースな投稿になってしまいますが、評価を頂ければ幸いです。

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