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四方敵地の係争領  作者: 一等ダスト
一章 四大国の小事編
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2.慶事に捧げる領土権②

 あぁ、エノエの相手は本当に疲れた。

 だけど本当に疲れているのは横でひたすら話を聞いていたリュッセリンナさんかもしれない。話し合いに言葉を挟むことも出来ず、俺とエノエの顔をひたすら交互に眺めていた彼女は、リファル王国の駐屯地から距離を取った後で話しかけて来た。

「あの、あんな約束をしてしまって大丈夫なんですか?今から謝ってでも撤回すべきだと思うんですが……」

「今更撤回したって受け付けてくれないよ。俺とエノエだけならともかく……いやそれでも駄目だけど、駐屯地にいる他の兵士たちも聞いていたしね」

「で、ではヴェンデランドの決闘者がもの凄く強い方なんですね?」

「ああ、強いよ。万が一にも負けないだろうね。こうやって大事にしてるのは、決闘者が目立つ舞台を用意するためでもあるんだ」

 俺がそう言うと、リュッセリンナさんは少しだけ感心したような顔をする。もしかして考えなしに領土を渡すと言ってると思ってたんだろうか。

「決闘者ってもしかしてノナさんですか?ほんの少し見ただけですけど、確かに身のこなしが凄かったです」

「いや、ノナは確かに強いけど、正面からの一対一が得意な戦闘スタイルじゃないから決闘者には向いていないんだ」

「え、ではアラーマさんなんですか?」

「え?」

「え?」

 俺が首を傾げたままリュッセリンナさんをじっと見つめると、彼女の透き通った碧の双眸も見つめ返してくる。

 それから何とも言えない奇妙な間がしばし出来て……リュッセリンナさんが何かに気が付いたように顔をしかめ始めた。

 ああ、中々いい表情だ。磨かれた原石が放つ自信に溢れた眩い光は最高だけど、磨かれる前の自己肯定感の低いくすんだ光も悪くないんだよな。

「あ、あのまさか……まさかとは思うんですけどその決闘者って」

「リュッセリンナ・エンスナッツさんですねぇ」

「はあぁぁぁあ!?誰ですかそれ!?」

 何時の間にやら改名してしまったらしいリュッセリンナ・エンスナッツさん(仮名)は続けて抗議の声を挙げる。

「私の模擬戦の戦績を知ってます?自分で言うのはいやですけど、五十三戦五十三敗ですよ!くそざこですよ、くそざこ。あ、自分で言ってて悲しくなってきた……」

「模擬戦なんて、いくら負けが付いてもいいんだよ。どれだけ負けたとしても肝心な時に必ず勝てる奴らが英雄と呼ばれるんだから。それにしても五十三回も模擬戦をやってるなんて凄いな」

「肝心な時にも勝てませんけど?いつも最弱と馬鹿にされていましたが?舐めんな?」

 若干切れ気味になっているのは俺のせいだと分かっていても、決闘者をリュッセリンナさんから変える気はない。

 それはこの領地のためだけど、リュッセリンナさんのためでもある。何よりもまず、彼女には自信が必要なのだから。

「確かに今のままだと勝ち目は薄いけど、魔術学校で言ったでしょ?必ず君を超一流の魔術師にして見せるって」

「言われましたけどぉ……私がアラーマさんに付いて行った大きな理由は学園長からの薦めがあったからであって、その言葉を信じていたわけじゃないんです」

 そう……だったのか。ちょっとショック。

 でも考えてみれば当たり前か。ほとんど面識のない相手から大仰なことを言われても、何だこいつ、ってなるだけだろう。

 あの時は本当に怪物の卵を見つけたもんだから、テンションがおかしくなってたんだよな。

「そうだとしても、俺は何度でも言えるよ。必ず君を超一流の魔術師にして見せる!君にはその才能がある!」

「いやぁ……ちょっと……信じられないですね……」

「エノエの冷淡さよりも傷付く反応だぁ……」

 俺がエノエ、と言うとリュッセリンナさんはさっと目を伏せた。

 どうしたんだろう?と聞く前に彼女は腕を抱きしめながら口を開く。

「あの人、最初に顔を合わせたその時しか私を見ませんでした。決闘の話が出た時も、決闘者がヴェンデランドに所属している者に限定された時も、私を気にしている様子はありませんでした。私の力量を見抜いていたからきっと眼中になかったんです。こいつが決闘者に選ばれることはないだろうって、確信していたんです」

「最高じゃん」

「茶化さないで下さい!私、意外なことに落ち込んでるみたいです。新天地でも私はこんな扱いなんだって思い知らされて……場所を変えれば心の整理がつくかも、って思っていた自分が馬鹿みたいで……あぁ、結局自分はどこにいても何をやっても誰にも見て貰えないんだって。誰かの役に立つことも出来ないんだ、ってそんなことをまず最初に考える自分が堪らなく嫌になります」

 俺は悔しそうに下唇を噛み締める少女に、気の利いたセリフを言えるほど出来た人間じゃない。どころか、この劣等感がいつどんな風に覆るのかを楽しみにしているクソみたいな人種だ。

 だからただ、必要な舞台で彼女に彼女を証明させるだけだ。

「だから最高なんじゃないか!エノエの高慢ちきな鼻がへし折れるのがより楽しみになってきた。俺は絶対に決闘者をリュッセリンナさんから変えないからな!」

「私が負けたら、領地を半分失うんですよ?」

「全部だよ?」

 そう真実を伝えると、リュッセリンナさんは目を見開いた。

「これから北半分を贈り物としてバーチバール国と交渉するからな。まぁ多分また決闘に持って行けると思う」

「持って行かないで!?」

 リュッセリンナさんの心からの声に、俺は笑顔を見せた。



「アラーマ代理領主の言い分は分かった。しかし、我々の返答はこうだ。だからなんだ?確かに我が国においては女性より男性の方が継承順位が高くなる。だがそれは国内の話であって、他国の男性継承者の誕生を我が国の女性継承者の誕生より優先していいと言うものではない!」

 初老の強面の男がハンマーの柄で地面を叩くと、その衝撃が彼の怒りの代弁者となって俺の足を揺らした。

 バーチバール国特別行動軍第二軍指揮官であるヴァラグ・ブライドンの殺気と威圧感ときたら、いつ来ても心臓に悪い。エノエとは別の意味でやりにくい相手だ。

 俺の隣に立っているリュッセリンナさんなんて涙目になってしまっているくらいだぞ。なんて酷いやつなんだ。

「それにリファル王国には南半分を決闘の賞品(おくりもの)にしているのだろ?ヴェンデランドには我が国が欲するような戦略資源や財源はないが、それでも奴らを優遇しているのは気に喰わん!」

「お怒りはごもっともです。我々は貴国の慈悲に縋るしかございません」

 にやり、とヴァラグさんが笑う。随分分かりやすい反応だが、そもそも隠す気もないだろう。

「ならば決闘においてこちらに有利な条件を付けさせてもらおう。そうだな……我らはリファル王国の後に貴様らと決闘を行い、我が国が三、貴様らが一の、三対一の戦いとする。これが我が国が貴様らにかけられる最大限の慈悲であり、譲歩だ」

「そんな……それは流石に」

「黙れぇ!!どうせ貴様はその狼狽えたような態度の下で何か良からぬことを考えているのだろうが!」

 ぎくっ。

 これまで何度も駆け引きをしてきただけあって、流石に直情的なヴァラグさんでもただ驕りはしないか。

 それにしても三対一、三対一ねぇ。何だかリュッセリンナさんの涙目が本当に泣き出しているかのように赤くなってるな。おのれヴァラグさんめ、いたいけな新人になんてことを。

「……かしこまりました。正式な書類は後日持参します」

 恭しく頭を下げて見せると、これは予想外なことにヴァラグさんは首を横に振った。

「明日、俺がゼッツエル殿から直接受け取りにいくのでそのように色々と手配しておけ。貴様から受け取るなど反吐が出るからな」

 明日……?

 いや、それは流石にまずい。万が一、万が一ヴァラグさんとエノエがバッティングすることになったらどんな悲惨なことになるか分かったもんじゃない。

「明日、でございますか?しかし書類の作成には」

「つべこべ抜かすな!何があっても用意しておけよ。俺が貴様に求めるのはそれだけだ!」

 もう決定事項だ、と言わんばかりにヴァラグさんが腰を掛けていた木箱から立ち上がると、俺とリュッセリンナさんは駐屯地から追い出されてしまう。

 やれやれ、どうしたもんか。もしもの時はノナにどちらかを足止めしてもらうよう頼むしかないか。

「あのぉ……私、来て早々とんでもない重責を担わされている気がするんですけどぉ……」

 軽く考えを巡らせていると、後ろから消え入りそうな声が聞こえて来た。見ると生まれたての小鹿のように全身をぷるぷるとさせているリュッセリンナさんがいた。なんて可哀そうなんだ。

「いや、気のせいじゃないよ。背負わせようとしてるよ?」

「……わかんない。世の中の領主代理ってみんなこんな感じなの……?」

「多分こんな感じじゃないかな?」

「絶対違いますよ!いい加減すぎます!」

 いい加減?

「それは違う。俺は本気だ。本気で、君なら三対一だろうと勝てると思っている」

 真剣に言うと、線の細い少女は口を開けようとしては閉じるを数度繰り返して、結局きゅっと唇を引き締めた。

 何度も信じている信じていると言ってはいるが、具体的に俺はリュッセリンナさんの才能を目覚めさせるような行動は一度も取っていないのだから、彼女が言葉ばかりの俺を信じられないのも当然だ。

 だが、今はその時ではない。怪物の産声は凡人にとっては聞いただけでも身の竦むものだ。彼女の魔術師としての問題点が解決すればそれはたちどころに察知され、リファル王国もバーチバール国も決闘の約束を反古にするに決まっている。

「今のリュッセリンナさんにとって無茶な頼みごとをしてるって自覚はある。でも負ける可能性が少しでもあると思っていたら、ヴェンデランドの存亡を餌にかけたりはしない」

「そう言われましても……私より私のことを信じていられるのは、その"審人眼"とやらのおかげなんですか?」

 そう言われて指さされた俺の右目は確かに特殊な力を持っている。

 "審人眼"。端的に言えば、人の潜在能力がオーラのように見える眼だ。無理をすれば人だけじゃなくて魔術や自然現象なんかが持つエネルギーすらオーラとして見ることが出来るけど、それは極限まで集中しなければいけない上に失明の危険もあるため基本的には人にしか使っていない。

 密偵のノナも戦士長のラゲルダさんも、この眼でその潜在能力を見抜いて領地外からスカウトした人材だ。平均的な人間のオーラが自身の肉体とそう大差ない大きさなのに対し、彼ら二人は小貴族の館くらいの大きさがある。

 そしてリュッセリンナさんの潜在能力はその二人には悪いが群を抜いている。俺の人生は十九年とそう長くはないけれど、彼女と同等の潜在能力を持った人物には一人しかお目に掛かったことがない。そしてその一人は現在最強の冒険者と呼ばれているわけで、そりゃ期待するなって方が無理なんだ。

 勿論、潜在能力だけで力の優劣や勝負の結果をはかれたりはしない。むしろ日々の研鑽と比べれば、潜在能力は重要な要素ではないんじゃないかと実感することもある。

 だけどそれは人間に限った話だ。

 世の中にはいるのだ。リュッセリンナさんのような、このヴェンデランド全体を覆う規模のオーラを持っている化け物が。

「うん。そうだよ」

「特別な力を持った部位のある人の事は知っています。魔術学園にも、毒素を出せる唇や魔力を音として聞き分ける耳を持った人なんかも居ましたから。そう言う人はその部位を通して世界を感じ触れているのだと、ある先生が言っていました」

「そう、なのかな?ずっと使っていると最悪眼が使い物にならなくなるし、時と場所を選んでたまにしか使ってないんだけどね」

「だけど私にはその世界が見えませんし、自分を信じられるものが何一つないんです。そのうえ領地の存亡をかけたと言うか、かけにいった戦いの重荷なんて背負えませんよ!」

 領地の半分を賭ける、ってのは一見やり過ぎだと思うのは仕方がない。

 でもそうでもしなければ、二国とも慶事を用いてじりじりとこちらを殺しに来ていただろう。鉱石の採掘量の二割を毎月譲渡しろだとか、領内に宿舎を建てさせろだとか、領土の境界線を見直したいだとか、ダンジョンの自由探索権をよこせだとか。

 何かにつけて突き付けてきた糞みたいな要求が脳裏に巡る。

 政治的な関心を除けば他国の後継者の誕生なんてマジで苛立たしいだけだ。ゼッツエル様にご無理をさせるわけにはいかないけど、ヴェンデランドには現在後継者がいないのだから。

「俺はリュッセリンナさんに重荷を背負って欲しいと思っているけど、別にリュッセリンナさんは重荷を投げ捨ててもいいんだよ?あ、いや、決闘者を辞退できるって意味じゃないんだけど」

「他にどんな意味があるんですか!?」

「まぁつまり、リファル王国とバーチバール国の精鋭と戦えるチャンスなんてそうはないってことだよ。勝手に背負わされた領地の存亡なんて気にせずに、魔術師として経験を積める良い機会だと思えばいいんだ」

「そんな風に割り切れませんよ……」

 魔術学校でも馬車の中でもここに至っても感じていたが、凄く真面目な娘だ。

 こっそりと逃げ出したり、敵国に離反したりなんて考えてなさそうな思いつめた表情だ。その性格が人としてはともかく魔術師として優れているかは疑問かもしれないけど。

 俺の知っている魔術師ってやつらは、もっと自分のためだけに生きてるような存在だ。

「まぁ、取りあえず喫緊の問題は済ませたし領地を案内するよ」

「……はい」

 こうやって渋々ながらも付いてくる所なんて正に真面目そのものだ。

 彼女はもっと肩の力を抜いた方がいいかもしれない。誰が肩の力を入れさせてんだって言われたら何も反論出来ないけど。

基本的にマイペースな投稿になってしまいますが、評価を頂ければ幸いです。

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