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四方敵地の係争領  作者: 一等ダスト
二章 冒険者ギルドを誘致せよ編(仮)
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19.冒険者ギルドを誘致せよ②

 「それなりに長いので彼らの出した結論を先に話しますが、冒険者ギルドが現時点でヴェンデランドに支部を建てることには積極的になれないと言うことでした。その主な理由としては、中レベルダンジョンだけでは冒険者にとって魅力に欠けるってことらしいです」

 「ダンジョン一本で食っていける奴は、そのダンジョン専門で活動して成功のコツを掴んでいる奴らばっかだからなぁ。冒険者ってんのは主に魔物や魔獣、賞金首の討伐や護衛依頼なんかをこなして生計を立ててんだ。仕事がなくて仕方なく野盗に身を落とす奴も多いし、実際俺も色々あってそうなりかけるところだった」

 近くにリファル王国とバーチバール国の駐屯地があることもあって、ヴェンデランド内に魔物や魔獣が現れることはあまりない。それに領地が狭くて巡回もそれなりに容易だから、警備や護衛なんかの依頼を出す必要性も薄い。精々、ヴェンデランドに立ち寄る行商人なんかが頼むことがあるかもってくらいだ。

 まぁつまり、冒険者にとってダンジョン以外の魅力が欠けると言われたら正直その通りだと頷かずにはいられない。

 「でも、冒険者ギルドは各地に支部を設置して様々な情報収集を行っている。対価を貰って組織や国家にそれを提供することもある。四大国と領地を接するヴェンデランドは、情報収集をするための場所としては悪くないと思うけどね」

 「ノナが言ってくれたことを計算したのかどうかは分からないけど、冒険者ギルドはこちらの誘致をただ断ったわけじゃない。とある危険な魔獣の足取りを確認するために、ヴェンデランドにギルドの人員が寝泊りできる土地を一時的に貸して欲しいと言ってきている。受け入れてくれるならその間に、ヴェンデランドとその領地のダンジョンを好意的に再評価する機会を作りたいとも」

 「えー、期待させるだけさせて何もないやつでしょ、それ。うち、そう言う焦らされるのは好きくないなぁ」

 冒険者ギルドはかなり規模が大きく、しかもどの国家にも所属していない中立の組織だ。大国なら多少彼らに意見を通せることもあるらしいけど、基本的には国でさえも彼らには干渉できない。何せ彼らの不興を買えば、最悪冒険者がその国から一斉に引き上げるなんてことも起こり得るのだから。

 「それは俺も思いましたが、彼らの要望を断ることはヴェンデランドにとって危険かもしれません。その魔獣の進路とヴェンデランドが重なるらしいんです。いえ、もしかするとヴェンデランドを目指しているのかもしれない、と」

 「ヴェンデランドを、ですか?でしたら試したい設置型の魔術がたくさん」

 「ストップストップ!冒険者ギルドにも面子ってものもあるからね」

 例え最終的に魔物を始末すると言う結果に変わりがなくても、その過程で相手を尊重しなければならないこともある。強すぎ力はその過程をあっという間に短縮してしまうし、説明なく使えばただの危険因子としか認識されない。ヴェンデランドが冒険者ギルドに与えたい印象は、四大国に対するものとは違う。

 「とは言え、自衛のために衛兵の武具を整えるくらいのことは問題ないのではないでしょうか?それが冒険者ギルドの方々の目に留まることもあるでしょうし、何より」

 鍛冶師として一流の腕を持つらしいチルティさんは、リアラさんとリュッセリンナさんの二人を見つめて溜息を付いてから続けた。

 「このお二人のおかげで、魔物の素材が飽和状態なんです。仮組みした倉庫にも入りきりませんし、行商人と取引をしてさばくにしても限界がありますから」

 「……鍛冶場が完成したら、すぐにでもお願いします。必要のないものは二人には悪いけどダンジョンに置きにいきましょう」

 他にも魔物の素材を加工できる人材や商売が得意な人材がいればなぁ。そもそもチルティさんの鍛冶仕事をサポートする人員すら足りてない状況なんだけどさ。

 結局のところ、ヴェンデランドの名前が轟くような何かがないと注目されないし、人員も人材も集まってこない。リュッセリンナさんの名前はこの辺りではかなり有名になってきているけどそれは局所的なものだ。だからこそ、冒険者ギルドの誘致を成功させることは重要な意味を持つ。

 「ゼッツエル様は俺たちの決定を信じると言ってくれています。俺としては冒険者ギルドからの要望を受けたいんですが、皆さんはどうですか?何か意見はありますか?」

 全員を見渡してからそう問うと、ノナが座っている椅子を揺らしながら手を挙げた。

 「冒険者ギルドとつるむ必要ってあるの?あたしたちだけで宣伝して、ダンジョンに潜る冒険者を受け入れちゃ駄目なの?」

 「そう出来るだけの名声と知名度があるならそうしたい。でも、冒険者ギルドのネームバリューがないと冒険者も集まってこないと思う」

 「でもヴェンデランドから冒険者ギルドに仕事を回せないんでしょ?だったら仮に冒険者ギルドの支部が出来ても、結局すぐに廃れるんじゃない?」

 「実際、その可能性はある。ただ冒険者ギルドの支部が建ったら、それだけでその辺りに一定の価値や需要、信用が生まれるんだ。冒険者ギルドの支部があるだけで持ち掛けれる商談は増えるし、移住者がやってくることもある。俺はこの誘致を成功させてヴェンデランドがもっと繁栄するための取っ掛かりを作りたい。そしてこの土地が上手く繁栄していけば、ここで暮らす人や商売をする人なんかも多くなって、支部に個人的な依頼を出す人も増えていくと思う」

 他の人たちは意外と俺の考えに反対しないから、遠慮なく意見を出してくれるノナが居てくれて助かる。

 ……俺の話が夢みたいに甘いもんだって自覚しているけど、代理領主としてはこのチャンスを見過ごすことは出来ない。冒険者ギルドの支部があることは、四大国にとっても完全に無視できるものではないしな。

 「りょーかーい」

 リアラさんみたいな言葉の伸ばし方をノナがすると、次にラゲルダさんが赤茶色の髭を蓄えた口を開いた。

 「冒険者ギルドが足取りを追っている魔獣についての情報はなんかねぇのか?」

 「あ、そうでした……すみません」

 冒険者ギルドから届いた書類の内の一枚を手に取り、皆に見せる。そこには彼らが追っている魔物の神々しい姿が描かれていた。

 「この魔獣は冒険者ギルドの危険指数で言うと上から二番目である"S級"……と言っても一番上である"天上級"は天獣グンデリや精霊女王、龍帝ログニーズとその一族である真龍たちと言った常軌を逸した存在しかいませんからね。人間の武力が通じはするものの最上級に危険な敵に付けられるのが"S級"ですが、今回冒険者ギルドが追っているのはそのS級である魔獣"金狼爵(きんろうしゃく)シグリオン"です」

 「いっ!?金狼って黒樹樹海(こくじゅじゅかい)に張っている縄張りに踏み込んだ人間を全員食い殺してるとか言うヤベェ魔獣だろ!?腕一本噛み千切られるくらいならともかく、食い殺されるのは勘弁だぜ!?」

 「S級の中ではかなり温厚な方だーってうちは思うけどねぇ。縄張り(りょうち)に入らなければ害がないって、相当マシなんだから!……いや、マシだった、って言い直すべきかな」

 冒険者として活動していたことがあるラゲルダさんと、今でも活動することがあるリアラさんはやはり噂くらいは聞いたことがあるようだ。リファル王国の南西部にある黒樹樹海は、価値の高い木材を伐採出来ることでそれなりに知られている。だがその場所が有名な理由のほとんどが金狼爵シグリオンの存在だ。

 リファル王国のとある伯爵の私兵部隊を全滅させたことから始まり、何名もの有名な冒険者や冒険者パーティーが金狼の討伐のために黒樹樹海に入って命を落とした。それでもリアラさんが言う通り金狼の縄張りは決まっていて、そこにわざわざ踏み入らなければ害のない魔獣、だった。

 その金狼が縄張りを離れて移動しているとなると、それは冒険者ギルドとしては注視しなければならない事態だ。金狼が新しい縄張りを張るかもしれないし、張った縄張りの中に人通りの多い街道や人間の街があるかもしれない。そうなると悲惨なことになるのは、火を見るよりも明らかなんだから。

 それに冒険者ギルドからの情報を考えれば、その縄張り内にヴェンデランドが含まれる可能性だってある。そうでなくてもヴェンデランドから各国へ続く街道が使えないなんてことになれば、関銭やその他諸々の収入なんかにも関わってくる。

 うちにとっても百害あって一利なしだ。

 「この魔獣の動向を得るためにも、俺は冒険者ギルドに一時的に土地を貸与したいと思います。他に意見がある人はいませんか?」

 なんかもっと意見があってもいいのよ?代理領主怒らない、うん、絶対。

 会議室が依然しんと静まり返っている理由は、皆がS級の魔獣の脅威に恐れ戦いたからではないだろう。例え最悪の事態になってもその魔獣に対抗できる最終兵器がこちらには居ることを皆わかっている。だからただ、誰にも他に意見がないんだろう。

 それにしてもS級魔獣とリュッセリンナさんの戦いかぁ……是非とも見てみたいものだ。だけどいま俺は代理領主として重要な決定をしようとしているから、流石に私情は挟まない。

 「じゃあ多数決を行いたいと思います。賛成は……あの、別に代理領主に忖度してくれなくても良いんですよ?皆さん」

 全員賛成してくれるとは、嬉しいやらちょっと不安やら。

 「では……全員賛成で冒険者ギルドに土地を一時的に貸与することに決まりました。彼らがヴェンデランドに滞在している間、皆さんには通常業務の他の仕事もお願いすることになります。ノナは冒険者ギルドから渡される情報の確認、ラゲルダさんは彼らの護衛、リアラさんは彼らがダンジョンを調査する際の案内役、チルティさんは魔獣の襲来に備えた武具の生産、リュッセリンナさんは……まぁ、何があってもすぐに動けるように」

 「雑ぅ!私だけなんか雑じゃないですか!?」

 「やって欲しいことが多すぎて全部は伝えられないんだ。その場その場で頼むことになると思うから、出来るだけ俺の側にいて欲しい」

 「うぁっ……むぅ……分かりました」

 少し不機嫌そうだけど納得してくれたようで良かった。彼女が協力してくれるなら、大抵のことはなんとか出来るだろう。

 そう確信しているのに――俺の胸の中にある嫌な予感がどうしても拭えないのは何故なんだろう。

 

 

 

 「今、なんとおっしゃいましたか?」

 眼鏡の下の両目を一瞬訝し気に細めてしまったのを、この人には気が付かないでいて欲しい。

 私の上官であるリファル王国北部軍長官グラーリー公は先ほど確かにこう言ったのだ。

 "七日以内にヴェンデランドへ進軍する準備を整えて、合図があるまで万全な状態で待機せよ"と。

 ……私が犯した先の件での失態は、リファル王国軍の矜持を傷つけるものだった。だから例えどのような辞令が下されようとも、私に弁解の余地はなかったのだ。

 けれど私に与えられたのは辞令ではなくそんな新たな命令だった。それも、ヴェンデランドに対して明らかな敵意のある命令。

 リファル王国にとってヴェンデランドはそう重要な土地ではない。鉱山もダンジョンも、リファル王国は相当数所有している。確かにヴェンデランドに進駐したこともあったが、それはバーチバール国に対する抗議と牽制の意味合いの方が大きかった。

 仮に併合できれば友好国であるラクレグム教国と直に領地が接することになるのは喜ばしいけれど、友好と言うものは離れているからこそ維持できる種類のものもある。私の持論ではあるけれど、リファル王国とラクレグム教国の友好とはそう言うものだ。

 だからと言うわけではないが、私とこの上官の認識はこう一致していたはずなのだ。

 "所詮あの土地は、我が国の意思をバーチバール国や諸外国に表明するための場にすぎない。積極的に併合や占拠したい土地ではない"。

 実際あの憎きアラーマに何度か邪魔をされ、私は今日に至るまでヴェンデランドを手中に収められていない。それでも上官がこれまで自らこの駐屯地を訪れたことがなかったのは、私が未だここの隊長でいられているのは、彼が私の失敗をこれまで一顧だにもしていなかったからだ。

 はっきり言えばグラーリー長官はこんな僻地のことも、そこで働く隊長や兵士のことも普段は頭の片隅にすら浮かべていないのだ。

 だけどいま、私の目の前に上官がいて……そして先ほど予想外の命令を下した。

 「優秀な軍人ならば、不意の命令でも一字一句しっかりと覚えているだろう?だからこそ、その問いかけは良くないな。実に良くない」

 「失礼しました。すぐに準備を整えます」

 私が失わせてしまったリファル王国軍の矜持を取り戻すためなのか?しかしあの決闘は、リファル王国とヴェンデランドの間で取り交わされた正式なもので、書類にはヴェンデランドとリファル王国だけではなくラクレグム教国の調印もある。腹いせに武力を用いて占拠したなどと思われれば、安全保障をしている他の国や領地との関係にも影響して来る。

 上官の命令に疑問を持たないことが軍人に最も大切な素質だ。だとすれば私は優秀からほど遠いのかもしれない。

 「エノエ隊長、この私の耳にまで天才魔術師の噂は届いているよ。ああ、勘違いしないでくれたまえ……これは嫌味や皮肉などではない。私も知っているのだ、所謂化け物と言われる類の存在を。だからこそ、この駐屯地の兵力だけでヴェンデランドを制圧しろなどとは言わんよ」

 「援軍を出して頂ける、と言う事でしょうか?」

 「そうだ。とは言え騎士団は軍とは命令系統が別で扱い辛いし、さりとて北部軍は野蛮で傲慢なバーチバール国に対する陛下の剣と盾だ。これを削ることは、陛下に対する無礼と同義である」

 これは……いよいよ逃げられなくなった。

 いや、そもそも逃げるつもりはない。私は軍人で、ヴェンデランドに何か思うところがあるわけではない。

 だから例え駐屯地に監視を付けられても、粛々と命令を遂行するだけだ。

 「だから、私自らが身を削るしかあるまいよ。私の私兵部隊を三日以内に駐屯地に送ろう。彼らが必ず、ヴェンデランドの地に我らの旗が立ち上る瞬間を見届けてくれる。いや、君が頷くなら彼らにその栄誉をわけてくれてもいい」

 「承知致しました」

 だけど本当に怪しい。わざわざ私兵部隊に旗を上げさせようとするなんて、誰かに自分の成果を見せようとするようなものだ。

 陛下に?しかし長官ほどの身分の方が、こんな僻地の占領を成し遂げた程度で陛下に自身の名を誇ろうとするものなのだろうか?

 「そうだ。進軍の合図についてまだ話していなかったな。とは言えそれは赤子でも分かるようなものだよ。エノエ隊長、私の傍に来ることを許そう」

 「はっ!失礼いたします!」

 私はその時、グラーリー公の灰色の眼差しを見た。その眼は確かに、彼から私が直接命令を受けた時のように細まっていた。

 だけどそこにあるのは私と同じ感情ではない。不安げで、恐ろしい何かを覗き込んでいるような……。

 あぁ……私はそれを知っている。あの眼は私がヴェンデランドの天才魔術師を目の当たりにした時のものだ。私は驚愕に思わず眼を見開いたけど、グラーリー公は私のような小娘ほど表情を変えはしないのだろう。

 ただ堪えるように、眼を細めているのだ。

 「!?それは……本当にそれが合図なのですか!?そんな大災厄が合図など何かの間違い――」

 「それ以上は許されんぞエノエ隊長。誰にも、例え陛下であろうとも容易には許されんのだ。かの方はリファル王国やその兵士に被害は出さないと仰って頂けた。その最上の言葉以外の何を求められると言うのだ?」

 「……了解しました」

 陛下であろうとも?かの方?

 な、何一つ分からない。私は、この駐屯地は今、一体どんな陰謀に巻き込まれているの!?

 何よりそれを、この上官に聞けない状況が恐ろしい。自分がこれから部下に発する命令一つ一つに陰謀の糸が絡みついているようで気持ち悪い。そうして絡まった糸が部下と私の命をいとも容易く絞め殺してしまいそうで震えてしまいそうになる。

 今ほどあのヴェンデランドの忌々しい代理領主に邪魔をされたいと思ったことはないかもしれない。そうなれば私が責任を負う必要のある命は自分だけですむかもしれない、なんて馬鹿なことすら考えてしまいそうになる。

 そう、今回の件は明らかに私の肩には荷が重すぎるのだ。本当は文官として王都でずっと働いていたかったのに……!

 ――弱音を吐くな、エノエ・マージャ!あなたはリファル王国の栄えある軍人だ。

 「それではな、エノエ隊長。報告を、君の口から直接聞けるように願っているよ」

 「……はい。グラーリー長官、お忙しいところをご足労頂きありがとうございました」

 私の言葉を受け、背中を見せたまま手だけをひらりと何度か横に振る長官のその動きが、私には絞首台で揺れる縄のようにも思えた。

基本的にマイペースな投稿になってしまいますが、評価を頂ければ幸いです。

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