新しい魔法を習得したぞ!
次の日、朝食が終わった頃に家の前に馬車が来ていた。
「さあ、乗って。」
父は笑ってはいるが、有無を言わさない様子だ。
馬車に乗らないと何も始まらないし何も終わらない。
獣人の2人は、家で大人しく留守番することになっている。
しぶしぶ馬車に乗ると、父が布を渡してきた。
「これで目隠しをしてね。」
オレは売られるのだろうか?
2人も食い扶持が増えれば、誰かが犠牲にならねばならない。
言う事を聞かない生意気な息子より、かわいい獣人娘を取ったか・・・。
仕方ないオレならそうする、納得の判断だ。
「これから行く所は、一般人には秘密の場所なんだ。
だから、これをしてね。」
まあ、父は人身売買などしない。
オレは愛情を注いで育ててもらったから、売られる訳ではないと分かっていた。
だけれど、どこに行くのか何をしに行くのか全く分からない。
父はオレに激甘で過保護だから怖い事はないと思うが、痛いことはありえる。
予防注射のようなものなら喜んで連れて行くだろう。
この世界で予防注射なんて受けたことはないけどな。
父は母が死んでしまって、家族がいなくなることへの恐怖に怯えている。
オレが歩けるようになった2歳くらいから剣を握らせ、鍛えられてきた。
危険なことがあっても一人で対処できるようにと。
なので、売られないと分かっていても少しビビッている。
目隠しした理由は話してくれたが、何をしにいくかを聞いていない。
もともと決まっていて連れて行くのか?
昨日の約束やぶりの折檻で連れて行くのか?
考えると、どんどんネガティブな思考に染まっていく。
そんな感じで悶々としていると、馬車が止まり目的地に着いたようだ。
目隠しを取ろうとすると、
「帰るまでずっとつけててね。」
父がオレの腕をつかんできた。
目が見えてない状況でいきなり掴まれてビックリした。強い力だ。
そのまま体を引きづられて、どこかの建物に入ったようだ。
暗闇しかないオレはおぼつかない足取りで進み、どこかに座らせられた。
「はい脱いでー。」
父がオレの服を脱がす。
ちょっ!!!何するのやめて!?乱暴しないでっ!!!
目隠しされていることと体格差で、いとも簡単に服を剥ぎ取られた。
といっても、脱がされたのは上半身だけだが。
「どうですか?」
父が誰かに聞く。
声の聞こえ方でオレに話しかけたのではなく、オレの前にいる誰かにだ。
「流石は英雄の息子。骨格もいいものを持ってますね。研鑽も隙がない。
魔法使いとしても将来が楽しみですね。」
目の前にいるのは男、声の感じからおっさんだ。
そのおっさんが体を触ってくる。医者・・・なのだろうか?
触診されているんだと思うが、胸を執拗に触られている気がする。
やめろ、おっさんがオレに触れるんじゃない。
体を弄るのなら、せめて美人のお姉さんを連れてこいよ!
「ではいきます。」
ナニをする気だ!?
男の手がさらにオレの体をまさぐってくる。
胸を触っていた手は右わき腹辺りをなでる。
「ここだな。」
そう言うと、指を2本立ててなぞっていく。
少し熱く感じたが、それよりもこそばゆい。
「くひひっ。」
「はい、動かないでくださいねー。」
動けないよ。
なにせ父がオレの肩をつかんでいて、微塵も体を動かせない。
恐ろしい事に肩をつかんでいるだけなのに足も動かないし、腕も動かない。
何かの魔法でやってるんだろうけど、ここまで出来るのか!?
男の指が背中に行き、尻の方に来たかと思えばそのまま前に指をやってくる。
「ちょちょちょい、ちょっとそこは駄目でしょ。」
「ははは、いかがわしいことはしないよ。」
初めて会った男をどう信じろと?
まあ、父のせいで動くのが口ぐらいなんで抵抗できないんだけど・・・。
でも不快だ。
表情に出ていたんだろう。
「嫌がらなくても、もう終わったよ。」
「えっ、本当?もう触らない?」
そういえば、男の手がオレを触っていない。
「施術は終わりましたよ。こちらが結果になります。」
いきなり頬を切られた。
え?この人こっちに何も言わずに傷をつけてきたよ。
マッドドクター?やばい人なのかな?こっわいなぁ・・・。
と、思っていたら頬が熱い。そこに魔力が流れたのが分かる。
頬の痛みは引いていき、傷が塞がったのが分かる。
「どうでしょうか?」
マッドドクターがオレの頬の血をぬぐって、父に見せたのだろう。
「ああ、これでこの子は大丈夫だ。この度はありがとう。」
この発言で、何故ここに連れて来られてセクハラされたかが分かった。
体が熱くなったのは魔法を体に仕込んだんだ。
それは回復魔法。傷を負っても自然に治る魔法だ。
でも頬切るときに切りますね、って断り入れないのはどうなのよ?
「主任、お客様が来ています。」
「おや、今日はよくお客さんが来るね。誰だい?」
「いえ、それが・・・」
医者達がなにやら話している。
いや、もう終わったんなら服着せて帰らせてくれよ。
こっちは目隠しもしてるって言うのに。
「マルロスさん、あなたも呼ばれているようでして、お願い出来ますか?」
「ええ、いいですよ。」
息子の意見は!?
オレだけ先に帰ってもいいかな?良くないよねぇ・・・。
この施設は貴族にしか知られちゃいけないみたいだし、平民のオレには口を出す権利すらないよね。
全員がどこかに行ってしまってオレは一人残されてしまった。上半身裸のままで。
どうしようか?暇だ、とてつもなく暇だ。
あれからどのくらい時間が経っただろうか?
目隠しをされて見えない中で何とか服は着れた。
その後おとなしく待っていたが、そろそろ目隠しを外して探検でも行こうか?
と考えていたら、父が帰ってきた。
「帰るよ、エゼル。」
父に手を引かれて、また馬車に乗せられた。
家に帰ったころには昼を少し過ぎていて、腹を鳴らした犬と猫の獣人娘2人に軽く睨まれた。
朝食は充分にとったというのに、卑しい奴らめ・・・。
昼食を食べた後は、ショッピングだ。
獣人娘達の服を買ってやらないといけない。
今はオレの服をぶかぶかなまま着ているが、オレの服の予備はそれほどない。
数日中にオレ達は汚い服を着たままか、裸でいるか、その選択を迫られる。
よって買い物に行く。
ただし、ミルシャとアマナには変装が必要だ。
この2人をさらった悪党共がまだ捕まっていないから、もし見つかったら大変なことになる。
どうやらオレが迷い込んだあの場所は、この街のスラムらしい。
あの悪党の拠点はスラムにあるだろうから近寄らなければ安全だ、と父が言うが同じ街にいるのだから念には念を入れておこう。
2人の尻尾はズボンの中に押し込み、耳は帽子を深くかぶらせてごまかす。
後は運が良い事を祈ろう。
買い物は無事に終わった。
買い物途中で悪党に出くわすなんてことはなく、平穏だった。
いや、オレの精神と肉体の疲労は無事ではなかった。
2日前まで奴隷になっていたとは思えないほどのわがままぶり。
やはり異世界だろうが獣人だろうが小さな女の子だろうが、女は女だ。
2人の服を何着も買ったのだが、こだわりというかワガママがひどかった。
やれ色が嫌だ、やれ肌触りが嫌だ、尻尾が出しにくい。
そんな感じに時間だけが過ぎていった。
体が小さいのだからどうせすぐに新しい服が必要になるのに、そこまでこだわらなくていいと思う。
それもやっと終わり、あとは家に帰るだけ。
ただ、買った服はオレがまとめて持つことになるんだよな・・・。
父さんは仕事なのか付いて来てくれなかったからな。
護衛も荷物持ちもオレだけはきついよ・・・。
とりあえず今日の所は服を買いに外へと出たが、2人は外に対して怖がっているように見えた。
父はいなかったが、オレが英雄の息子だからか少しは安心して外に出れたみたいだ。
こんな調子で大丈夫だろうか?
あと1週間ほどでオレの学園生活が始まる。
となると、家の中にはオレも父もいない。
そんな中で2人は、やって行けるのか?
悪党が捕まり、2人が恐怖に打ち勝って自分から外に出ないと何も始められない。
・・・すぐにどうこうという話ではないな。
まずは父さんに頑張ってもらって、奴隷商人を捕まえてもらおう。
英雄ならあっさりやってくれるかもしれないな。
父の武勇に期待しよう。