フェティッシュ或いは釣りに寛容な皆様へ
R15は念の為、付けていません。いないよ? 念押ししたからね?
睦言といっても間違いではない、身も心も熔ろけさすような囁きに惑乱させられながら、わたしは必死に考えていた。理解しての驚愕からは立ち直った――と思う。この熱情をもっともっとと望んでしまうなら、そう、解った今でも猶惑わされてしまうなら、この、愛する彼に、同じ気持ちを抱いて欲しいと今も猶望んでしまうのならば。
「なんと愛しき人よ」
なんて残酷な話。こんな声聞いて惑わされない筈無い。仮令欺かれていると解っていたところで、耳朶をあやしく漣かすだろうというのに、心からの言葉を熱く語るのだから。ううん、この声だって聞く迄も無い。この熱の籠もった顔を見る迄もないかもしれない。わたしとて、人の眼や耳で捉えることができる、彼の姿形に惑わされたのではなく――いえ、それは、全く無いとはいわないけどね。
知ってはいた。彼等の見目の麗しさなど、目の当たりにしたことが無い都市部の子供達とて知っているだろうが、いや、今や人の多いところには滅多に現れなくなったのだから、山村の人々の方が知識というよりも経験といった形で知っているのかもしれない。何れ、探求者並に達したわたしにはきっと及ばないにしても。いえ、この考え方は研究をしている人々に失礼である。わたしは、単なる好奇心で彼らに興味を抱いたのだから。そして、幸運なことに、単なる好奇で彼等について述べた本を幾冊も読むことができた上に亦、荘園を訪い、好奇心が促す儘に探し、呼び掛けることができた。
間違い無く、わたし一人が求めたからではない。彼の方も求めていたから、お願い、ひとめでも、というわたしの呼び声に応えてくれたのだ。そして、すっかりと魅了され、そう、今に至る迄、頻々に、社交の時期でしょうにうちのお嬢様ときたら等小言も頻々に耳に受ける、葡萄の香りすらないときにも荘園へと足を運び、冬枯れの中でも熱く立ち上る彼の愛の香に包まれにきた。
初邂で明かしてくれた、愛しい名を呼べば惑乱も極まる。わたしだけじゃないって。呼ぶわたしだけじゃないって。わたしに呼んでもらうからこそ、嬉しいのだと、愛惜しさも昂まるのだと、応えてくれるのに。
熱を感じれば、その熱の滾りに、彼の方から逢いにきてはくれないかとねだってしまったことを思い出す。愛惜しいと想ってくれているのならと増長して。
――愛しきが故に。
人中は熱量が多いといった理由だけでは納得できなかったから、そんな言葉さえもらったというのに、気が付かなかった。わたしを、と、そう思い込んでいた。
――待って。それで解る訳無いじゃない。
却って前世での記憶が邪魔をした可能性だってある。如何してもっと歴史を、地理を、大体のところは社会だが、いや、理科もか、いや、も、全科目、勉強していなかったと後悔したわたしでも、火事ときたら江戸だ、祭りだ――ではなく、いや、とにかく人が集中しているところが危険ではないかと早合点してしまう自分でも、山火事というのも知っている。自分――の父が所有している荘園周辺といった辺りが、懼らく、程良く手入れもされていて大火の虞が少ないのだろうとは理解した訳だけど、いってしまえば、高々その程度のことが彼の振る舞いを規定する筈が無いって。だって、唯の火ではない。其処等の野火や炉辺の火を司る存在ではないのだから。
――待って。この辺で気付かないわたしが莫迦――な訳無い。無理よ、無理。
考えろって。
――この身を焦がす想いが仇となるとは。想いの儘に近付けば、想いが燃え盛る余りに、愛しきものを我が身で焼いてしまう。
愛しいと呼び掛けられている状態は変わっていなくたって、今は解っている――筈、との想いも熔けて、焦がして欲しいなんて思ってしまうぐらいなら考えろ、莫迦。
いや、でも、無いでしょ。でも、そう、今だって時折馳せる、その視線の意味を、自分の都合の良いように考えなければ――無理だって。
だって、思うじゃない? 逢えなかった間のことを語り合う、そのときに、彼が、わたしがその間いた都市のある方角に眼を遣る、その眼差しは、わたしをみつめてくれるときと変わらない。わたしの普段の日々を、彼と逢えないときに眼に映す光景を語れば、嬉しそうに耳を傾けてくれて、もっと聞かせて欲しいと身も傾けて、躰が触れ合う程に身を寄せて聞いてくれれば、打つ相槌に愛しいだの挟まれたら、わたしをと思わない筈が無い。いえ、確かに、彼はわたしを愛していない訳ではない。けれど。
――いえ、そうよ、この辺りで、いえ、無理よ。
前世の記憶があるから、確かに、いや、たっぷりと思うところはあるけれど、我が家は、この世界でも高名たる自由都市の、議員を代々輩出してきた一族であり、今とて、家長の父と限らず議席を確保している。あの都市を築き上げてきたとの自負を、わたしが襲ぐのが当然という直中で生まれ、育ってきたのだ、わたしの話の内に、あの都市其自体が多く占めるのも、亦、当然のことと言えよう。既に前世を終えたときの歳を数えるのも目前といえる今となっては、今のわたしでの立場での心境の方が多くを占める。なんと心騒がす、魅惑の街であることかとか、言われたわたしの心が騒いだって何ら可怪しなところは無い。いや、前世だって、遠距離恋愛してる恋人に逢いにいって、だよ、いや、既に此処で誤解も良いところだけど、だけどね、自分も共に住むことができたなら言われて、誤解しない筈無いでしょう? 絶対に異世界転生ならではの陥穽に陥った訳でも無い。
転生者特典なんてものはなかったけど、いや、前世いっこ分の人生知識を得ていれば充分だろう。これが初恋といえるにしたって、前世分を加えれば、恋を知らない初な小娘がのぼせあがってしまったなんてことにはできないし、したくない。そりゃさ、前世だってキス止まりで、恋愛して結婚して子供産んで孫に囲まれ大往生なんてした人からすれば、人生は疎か恋ひとつ採っても未熟者の経験値零並だけど、却ってだからこそ精霊に引掛かったっても――いや、違うって。そりゃ、興味は懐くでしょ? 精霊だよ? しかも四大精霊の一人(?)、火を司る。この世界の全ての火を。彼に採っては、大の山火事だって我が子どころか、我が身のひとつ、それも普段は意識に昇ることすらない、身体の――この辺で気付け? 無理だって。あぁ、でも、ちょっと、この辺考え処かも?
それはね、人とは違うって、それはもうよく知ってた。知らない訳無いよね? この世界に生まれたときから馴染んで――って、わたしもだ、そう、その上で、生まれたときから精霊なんて存在が在ることの不思議さに惹かれて、娘の好奇に、金も伝も使ってくれる父に甘えて、調べ回ったのだから、違うことなんて疾っくに知っていて、そう、人の姿を仮初めに採ることができるなんてところからして、そりゃ違うって、人とは異なる存在であることはよくよく知っていた。人で在り得ない麗しさ等語られる見目に、実際に眼を奪われたときには、この世界の人々よりも警戒だってしていただろう。ひとめで心奪われ、叶わぬ想いを抱いてしまった人の話だって聞いた。でも、悲恋で終わらない話だって読んだ。確かに、交流が今よりあった昔の、昔語りとて、全きのめでたしめでたしで終わった話は殆ど無かったけど。そんな調べ回って身に着けた知識が無くたって、実際に、魅かれる他無いこの彼に遭ってしまえば、種の違いに気付かないでいられるのは、唯唯魅了される以外のことなぞ叶わぬときにしかない。
――ってだから。
浸ってしまうときじゃない。唯唯夢見心地の儘でいたいのなら、この先をもと望むのなら、先に考えろ。調べ身に着けた知識は、はっきり役立たず、だ。異種間恋愛譚で述べられた中に、こんな愛の試練は載っていなかった。少なくともわたしが求めた内には影すらなかった。いや、異種に限ることじゃないかもしれない。言ってしまえば、考え方の違い、いや、感性の違い? 何れ、それだけといったらそれだけのこと。それなら、今こそ前世知識を生かす可きときじゃない?
人との交流が稀になったとて、人ならざるものが在って当然の世界と雖も、恋愛感は、まぁ、多数派に優しい世界と述べておこう。前世知識があるというのに、そして、生まれに恵まれたというのに、精霊に構い付けてばかりの自分には、批判する権利なんてない訳で。その幸運を、彼の愛を得たいが為だけに使う浅ましさに怖気が走るばかり――でないのが、全く浅ましい。悩むわたしの表情を見取って、愛しい人の気懸かりを晴らす役に我が身は足りぬのかと、親身に語り掛けてくる彼に、ってか、はっきり憂いを帯びると、も、親身というより、はっきり色香というやつが陽炎いで、危ないったら。これは確かに燃える。
――前世だってね。
今生の今と同じ、自分の恋愛ばかりで、余所様の多種多様な恋愛には、精々野次馬根性、ワイドショーネタに喰い付くぐらいで、真摯に考えたことなんてなかった。我が身に降り懸かり、それも役立つかも、という段で、漸く思考の内に入れるんだから失礼でしかない。
――いや、待って。
これも失礼だ。つい浮かべてしまったのが、考え方の違いというより、価値観の違いというより、感性の違いと言いましょうか、のあれである。異性愛者が同性愛者を、そして亦、両者反転させて、とあれ、愛した場合。うん、失礼だ、この事例は全く異種じゃない。
――無性愛者を?
こっちの方が近い気がするが、これもやはり失礼というより違うだろう。人を愛さないという点で近い気はしたが、うん、違うな、彼は人を愛している。いや、人、も、愛している。
故に、街を愛している。
取り分け、わたしが住み暮らすあの都市が素晴らしいと。全くなんて人――じゃないと思い知らされてしまった。
なんとなく、解る気がするのが亦なんといおうか。あぁ、そうだったね、そういや、火の精霊、人の営み、文明への近しさ加減も、四大精霊の内でぴかいちというもので、他の三人(?)だったら、納得していなかっただろう。そういや、都市って彼女って言う人々もいるんだったねっても。転生して、わたしも思ったよ。きっと直に役立ったに違い無い、採らなかった専攻を今更悔やんでも遅いにしたって、ベネチアとかハンザ同盟(全然違う? って辺りが勉学ならざる徒であったって証拠)? 似てるのかなって思った都市群を、綺麗な街ってだけで終わらせず、前世での学びの時間に、せめて身を入れて聴いていれば、今生で役立たせることができたのに、あぁ、もっと勉強してしておけば、って、いや待ってって。彼のこの情熱は知識欲からきているものじゃない、ってのが問題な訳で 全く以て全然違って、全然全然腑に落ちてなんかいないって。それでも、成程、わたしのことも愛しいとか言う訳だ、と。
つまりは、こういうことだ。前世でも現世でも恋バナすれば、彼が好き、に続いて、何処がと訊く前に、ここが好きあそこが好きと好き好き続く、その続きのうちの一パートがわたしだったという訳。うん、全然全く納得してないな、今の考えって、何よそれって。
でも、まるごと全部と胸張って惚気る人だって、強いて挙げれば、とせがめば、優しいところとか答える。優しいより、面白い人、話していて愉しいからって方が近いかな。とすれば、わたしが愛する人、に当たるのは、わたしが普段居るあの自由都市。わたしが数いる人の内(外?)で彼が好き、は、人が集まり暮らす数数の形態の内で、小村なんかも決して嫌いではないが、やはり都市が最も趣深く、中でもわたしの居るあの自由都市に一番に心魅かれるという彼の台詞と成る。えー、と、さ、交際は如何やって? いや、きっと、今のわたしとの遣り取りが彼に採ってのデート……うん、わたしもデートのつもりでいるけどね。好き、いつも面白いこと言って笑わせてくれるとこが好き、っていう人の、恋人の繰り出すジョークのいっこがわたしに当たるとは、所詮人の身、考えたこともなかったよ。って、いうか、考えろ、の、結論がこれじゃ……
いや、待って。思考を此処で止めれば、愛も止まる。引掛かりはあった――筈。確かに、好きなところといったって、もっと、こう……何かあった。自分をジョークのひとつと見做すことは、決め付けることは無い、筈。一部にしたって、そう、パート違い、違う、パーツ。
そう、今こそ前世の記憶を生かすとき。いや、きっと、現世にもいるに違いが無いが、はっきり前世程露わにしてない。いたじゃない。ジョークのひとつを愛する人、は、もしかしたらラッパーとか漫才師落語家とか、いや、鑑賞する側の方にいる方が高そうだけど、は、如何だって良い、問題は、結構な数で人の中にいるってこと。人なら人を愛するという了承事項の内にあって、人の一部を愛する人達がいるということ。
――待って。ああいう人達って、コレクター?
いや、収集家は、物品だった。確かに人の一部のコレクターマニアはいるだろうが、実際やったら、猟奇犯罪者、実際いたとしても、写真なんかで代用(?)していると、って、怖い考えになってしまった。目的も違う。わたしが目指すのはコレクターじゃない。いや、わたしではなく、彼にそうなって欲しいのは。
まず、そう、彼はコレックターじゃない。コレクターにしたって、とにかく数をという人もいるだろうけど、この一品が、という人は絶対いた筈。
彼が愛するのは都市、というより、人の営みが表出する都市という概念の方だろう。彼自身が、火の精霊、つまりは概念の存在であり、つまりは、愛する対象として、決して釣り合いが悪いというものではない。わたしという人の子ひとりより余程。
でも、ね?
人の子のうちには、彼女を愛してる、けど、もっともっと彼女の足が好きという……あれな人とているのだ。そうね、共感する。人というものは趣深い。だから、そんな愛しき人々を含包する都市が愛しい、を、逆転させれば彼の愛を、彼が他者(?)に捧げる愛を一番に受ける座に着けることになる。
「あぁ、なんと愛惜しき貴女」
解ってる。この貴女が貴方に採っては、人の女性ではないことをはっきりと解ってしまった。でも、だから?
「ねぇ、貴方が愛しむものの 何処が好き?」
精霊なんて不可思議存在がある世界に今生生を受け、普遍とはいわずとも存ることに不思議は無かった概念を確立させていた世界を前世と持つわたしが、彼を目覚めさせられない筈が無い。いいえ、故にこそ、わたしは転生した。そう、彼をフェティシズムに開眼せしめるが為に。そして、真の恋人へと至るのだ。愛しい貴方、ねぇ、覚醒して。
お読みくださり有難うございます。
束の間且あなたの貴重なお時間の、暇潰しにでも成れたら幸いです。