駆ける子供達
その会社は実に奇妙だった。
都心に数えきれないほど並び立つオフィスビルの中でも一際高く、会社員たちは男女問わず見るからに優秀そうな者達ばかり。
いや、事実優秀なものばかりだ。
嫌味な言い方をするならば、いわゆるエリートだけが働ける場所。
しかし、ビルの中に入ればその異質さに気づく。
エントランスに二十人ほどの幼児が笑いながら駆けまわっているのだ。
これではまるで幼稚園か保育園だ。
しかし、先生らしき人はおらず、無秩序に騒ぎ続けている。
彼らは受付嬢や警備員はおろか外からの客人にも当然のように近づいて行って、子供らしいしょうもない問いかけを遠慮せずに投げかける。
困り果てた客人は受付嬢ら会社の者に助けを求めるが、皆一様にして「放っておけば飽きますから」と苦笑いするばかり。
こんな扱いを受ければ大抵の客人はむっとするし怒り出すものもいる。
中には子供たちを怒鳴る者も居るが、流石にそんな様子になると警備員が飛んできて会社の外へと追い出す。
「ふざけるな! どうなっているんだこの会社は!」
客人がそう怒鳴っても警備員は首を振って答える。
「おかえりください。そして、二度とここに来ないでください」
何とも奇妙な会社だ。
さて、そんな会社に一人の女性がやって来た。
彼女はもう何度もこの会社に来ているため、集まって来た子供たち一人一人に手を振って、さらには「みんなで分けてね」と言いながら駄菓子まで与えていた。
「やった!」
駄菓子の袋を持った子供は他の子供たちの下へ駆けていく。
そんな様を見送ると女性は受付嬢に要件を告げる。
「社長に会いに来たの」
「かしこまりました」
彼女はエレベーターに乗ると社長室のある最上階へと向かった。
「お姉さん! ありがとう!!」
そう言って手を振る彼らに女性もまた笑顔で手を振り返した。
社長室へ着くと七福神の布袋を思わせるような笑顔を浮かべた社長が現れる。
「おやおや、これはこれは」
社長は女性の訪問を大いに喜ぶ。
「ついにここへ来てくれる気持ちになったのかね?」
女性はこの上なく有能な人材なのだ。
社長が直々にスカウトするほどに。
「社長。申し訳ありませんが、その話は……」
「分かっているさ。軽い冗談だ」
そんな定型なやり取りをしながら女性はふと気になったことを尋ねる。
「子供が二人増えていましたね」
「おや、気づいたのかい? 目ざといね」
「ええ」
「可哀想なことに家を無くしたらしいのでな。引き取ったのさ」
「そうでしたか。ならば、この会社は益々成長をしていくでしょうね」
社長は笑う。
「あぁ、その通りだろうな。あの子たちのおかげでな」
心地良ささへ感じてしまう無垢な笑顔を見せる社長に女性は笑う。
「まったく、呆れてしまいますよ。社長の人の良さには」
「ありがとう。さて、仕事の話を始めようか」
「はい」
二人は雑談を終え商談を始めた。
先ほどまでの穏やかな空気は一瞬の内に失われた。
どれだけ親しくともここは交渉の場なのだから。
エントランスでは子供たちが駄菓子を分け合う声が響いていた。
その様をちらりと覗き見ながら新人が先輩に聞いた。
「あの子たちが座敷童だというのは本当なのですか?」
「そんなこと俺だって分からないさ。ただ、うちの会社は成長を続けているし、あの子たちに丁寧に接してくれる取引先の経営は安定しているんだ」
それが答えだと言わんばかりに肩をすくめて見せる。
そんな会話など気にもせず子供たちは、家の繁栄に大きく関わる座敷童たちはエントランスではしゃぎ続けていた。