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95.君に、我々の仲間になってほしい

「なんだ、そりゃ」


俺は、男の視線の先にある祭壇を、半眼で見つめた。確かに、形としては祭壇と呼べるのかもしれない。だが、俺が今まで見てきた祭壇とは、何かが違う。そして、その違いの最たるものは、その大きさだった。


一般的に、神に祈りを捧げる祭壇といえば、それなりの大きさがあるものだ。供物を捧げたり、儀式を行ったりするスペースが必要だから当然だろう。だが、目の前の祭壇は……良く言えば簡素、悪く言えばみすぼらしい。


「……あの、ちょっと聞いてもいいか? こんな小さな祭壇で、本当に闇の神は応えてくれるのか?」

俺は、思わず口を挟んでしまった。


「正規の祭壇であれば、もっと立派なものだがね。だが、今の我々は、人目を忍んで行動しなければならない。あまり目立つものを作るわけにはいかないのだよ」


男は、俺の言葉にムキになることもなく、むしろ、友好的な笑みを浮かべている。


まあ、俺も闇の力を使う身としては、同胞意識のようなものを感じているのかもしれない。


「ところで、話を始める前に、一つ聞いておきたいのだが……君たちと、ゆっくりと話し合いをすることはできないだろうか?」


男は、いきなり戦闘になることを避けたいようだ。


「俺は構わないが」


こうして、俺たちは、奇妙なことに、敵同士でありながら、五メートルほど離れて向かい合い、話し合いを始めることになった。


「ところで、その前に……闇の神について、もう少し詳しく教えてくれないか? 俺、そっち系の知識は全然ないんだ」


俺は、まずは情報収集を優先することにした。


「構わんよ。むしろ、そのために、君をここに招いたようなものだからね」


男は、快諾すると、語り始めた。


「まず、はるか昔に起きた、神々の戦いについてだが……君も知っているだろう? 人間の世界では、あの戦いは、至高神が闇の神を倒したと伝えられているらしいが……事実は違う。最終的に、至高神と闇の神は和解し、至高神は表の世界を、闇の神は裏の世界を統治することになった。互いに干渉しないという約束でね。だが、信者同士の対立は、今も続いている。その点は、今も昔も変わらないようだ」


「ちょ、ちょっと待ってください! 闇の神と至高神の戦いは、至高神の勝利に終わったのではないのですか!?」


聖女が、我慢できずに口を挟む。彼女が今まで受けてきた教育とは、全く異なる話に、動揺を隠せないようだ。


「おいおい、それはないだろう。至高神と闇の神の力は、ほぼ互角だった。決着などついていない」

男は、少しムッとしたように言ったが、それでも丁寧に言葉を返している。


「そ、そうか……で、でも、闇の神が封印されたという話は……?」


聖女は、まだ納得できないようだ。


「……あのさ、とりあえず、その話は置いといて。さっき言ってた、表の世界と裏の世界ってやつだけど……あれは、具体的に、どんな場所なんだ?」


これ以上、二人の言い争いを聞いていてもラチがあかないと判断した俺は、話題を変えることにした。

「それは……私たちにもわからない」


「え?」


「裏の世界という言葉は、世界各地で発掘された古代の石板に記されていたものだ。我々は、それを固有名詞として認識しているだけで、詳しいことは何も……」


俺は、男の言葉を聞いて、むしろ信憑性を感じていた。


そもそも、俺は教会とは敵対関係にある。奴らのやり方は、どう考えても許せるものではない。医療資源の独占、情報操作、思想統制……。


「……それで? 他には、どんなことが書かれていたんだ?」


「ああ……そうだ。闇の神の力についてだが……君が、どうやってその力を得たのかは知らないが、我々は、祭壇を作り、祈りを捧げることで、その力を授かった」


「条件は?」


「ただ、心から願うこと。それだけだ」


「……供物とか、儀式とかは?」


「捧げてもいいが、なくても構わない」


それはすごいな。心さえあればいいなんて、まさに究極の力ではないか。そんな話が本当なら、俺も、とっくに祭壇を作って、毎日祈っている。


俺は、チラリと聖女の方を見た。至高神への祈りは、教会にとって、年間を通して最も重要な儀式の一つだ。時間も費用も、莫大な労力が費やされている。それなのに、今のところ、至高神が人間に何かしてくれたという話は、聞いたことがないのだが……。


まあ、こんな場でそんなことを言ったら、聖女に怒られるだけだろう。ここは、黙っておこう。

「……大体、わかった。それで、ライト君に、話があるんだが……二人きりで話せないだろうか?」

「やっぱり、そう来るか」


最初から、攻撃してこないところを見ると、何か話があるとは思っていた。というか、俺に話があるのだろう。それも、十中八九、俺が闇の力を持っていることについてだ。


「単刀直入に言おう。君に、我々の仲間になってほしい」


「仲間……!?」


驚きの声を上げたのは、俺でもオシアーナでもなく、聖女だった。彼女は、今、大きな危機感と責任を感じていた。


もし、俺が闇の勢力に寝返ったら……。それは、人間にとって、大きな痛手となるだろう。


最強の暗殺者である俺が、もしも人間に牙を剥いたら……。それは、想像を絶する脅威となる。


だから、聖女は、なんとしてでも、それを阻止しなければならないのだ。


俺は、特に、焦ってはいなかった。むしろ、最初から、こうなることは予想していた。


人間でありながら、闇の力を持つ者。それは、前代未聞の存在だ。


彼らは、俺の中に、何か大きな可能性を感じているのだろう。そして、その力を、自分たちの側に引き込みたいと考えている。


「……で、どうするんだ?」


「俺は、別に構わないぞ」


「ら、ライト様ぁぁぁ!!?」


俺は、嘘偽りなく、そう言った。


そもそも、俺は、教会とは敵対関係にある。そうなれば、至高神とも、敵対することになるだろう。いや、そもそも、俺がタッカを受け入れた時点で、至高神とは敵対することになる運命だったのかもしれない。


そんな絶望的な状況の中、彼らの申し出は、まさに渡りに船だった。


「ちょ、ちょっと、オシアーナ様も、何か言ってくださいよ! このままじゃ、私たち、危ないですよ!?」


聖女は、焦燥感を募らせながら、オシアーナに助けを求める。


オシアーナは、そんな聖女を尻目に、優雅にお茶を口に運んだ。きっと、異次元ポケットの中にでもしまっていたのだろう。


「私は、ライトの好きにすればいいと思うけど?」


「な、なぁにをぉぉぉぉぉ!!!」


「……だが、残念ながら、今はまだ、君の誘いに乗ることはできない」


俺は、パニックに陥っている聖女をよそに、男の申し出を断った。


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