表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

93/178

93.闇の神の力

「ぐ、ぐううう……! 貴様ら……! 俺を舐めるなああああ!!!」


さっきまで余裕を見せていた男は、豹変した。体から、禍々しい黒いオーラが立ち込める。オシアーナの【束縛】の鎖は、音を立てて崩れ落ちた。


「ほう、なかなかやるじゃないか。だが、覚悟はいいか? この先、お前を待つのは、想像を絶する苦痛だぞ」


オシアーナは、男の姿を一瞥し、わずかに頷いた。


「な、なぜ貴様に……! これは、我らが御主人様から賜った、神の力だ! 俺はこの力を得るために、あらゆる苦痛を乗り越えてきたのだ!」


男は、狂ったように叫びながら、変貌していく。本来は人間に近い姿をしていたはずの体が、異様なまでに膨れ上がり、巨大な球体と化したかと思うと、今度は逆に収縮し、自身の体ほどの大きさの鋭い爪へと変貌した。


「これが……闇の神の力……! なんという力だ……!」


男の声は、もはや人間のものとは思えない獣のような咆哮へと変わっていた。吸血鬼と怪物、その両方の要素が混ざり合ったような異形と化していく様は、まさに恐怖だった。しかも、その変化はとどまることを知らず、数秒後には、別の場所が膨らみ始めた。


その光景に、聖女は顔面蒼白になった。もし、このまま奴が巨大化し続ければ、この狭い下水道には到底収まりきらない。そうなれば、地上での戦闘は避けられない。市民たちに、怪物が侵入したことを知られてしまえば、教会の権威は地に落ちてしまうだろう。


しかし、オシアーナは落ち着いていた。彼女は、変貌を続ける男の姿を見ながら、静かに祈りを捧げている。


「え、あの……オシアーナ様? なぜ、こんな時に祈りを……?」


オシアーナの行動に、聖女はますます混乱する。祈りは、通常、自分ではどうにもならない事態に直面した時、あるいは、神の導きを求める時に行うものだ。今の状況で祈りを捧げるということは……。


「お願い……どうか、ライトがこんな姿になりませんように……」


「え……?」


オシアーナによると、ライトもまた、闇の神の力を使えるという。つまり、目の前の怪物と同じ力を持っているということだ。


だとすれば、彼もいずれ、この怪物のように……。オシアーナは、愛する人の未来に、言い知れぬ不安を覚えていたのだ。


「……でも、もしも、ライトがこんな姿になっても……私は、彼を受け入れる……」


オシアーナは、独り言のように呟いた。


「あの……オシアーナ様!? そろそろ、何かしないと、まずいんじゃ……」


二人が話している間にも、男の体は進化を続けていた。二本目の腕が生え、まるで巨大なゴリラのような姿になっている。


「ああもう、仕方ないわね……! 【束縛】!」


オシアーナは、先ほどと同じように、杖を使うことなく鎖を放つ。しかし、鎖は男の腕に絡みつくことすらできず、いとも簡単に弾き飛ばされてしまった。


「……思ったより、進化してるみたいね……」


オシアーナは、驚きを見せることなく、今度は傍らに置いてあった杖を手に取った。


「【束縛】」


「無駄だ、無駄だと言っているだろう!! この俺には、そんな低レベルな魔法はもはや通用せん!!」

「そうかな?」


オシアーナの周囲に、再び鎖が出現する。先ほどと同じように見えるが、男の腕に絡みついた瞬間、異変が起きた。


男の動きが、完全に停止したのだ。しかも、進化の途中だった体までもが、変化を止めている。


「な、な、なんだこれはぁぁぁ!!!」


男は、恐怖に歪んだ顔で叫ぶ。【束縛】は、基本的な魔法の中でも強力な部類に入る魔法だが、所詮は基本魔法だ。種族や魔力の強さによって、その効果は大きく変わる。例えば、人間が使えば、せいぜい相手を数秒間拘束するのが関の山だ。吸血鬼であれば、複数の相手を同時に拘束したり、魔力を通すことで、より強力な拘束力を発揮したりすることもできる。


しかし、今の状況は、明らかに異常だった。


闇の神の力を得た自分が、こんな簡単に拘束されてしまうこと自体が信じられない。それ以上に恐ろしいのは、進化が止まってしまったことだ。まるで、時間が止まったかのように。


そして、この異常事態を引き起こした張本人であるオシアーナは、楽しそうに、どこからともなく取り出した本を捲っていた。


「な、なぜだ……! どうやってこんなことを……!!」


「簡単よ。あなたより、ちょっとだけ、魔法の才能があっただけのこと」


オシアーナは、ゆっくりと本を閉じ、異次元ポケットへとしまった。


「【束縛】は、確かに多くの者が使う魔法よ。でも、魔法は、元を辿れば神々が作ったもの。種族によって、その理解度には、大きな差があるの」


オシアーナは、少し息を切らしながら、言葉を続けた。


「つまり、私の魔法の方が、あなたの魔法よりも、ほんの少しだけ、優れている。それだけのことよ」

「ば、馬鹿な……! 我々吸血鬼の魔法は、あらゆる種族の中で、最も強力なはず……! なのに、なぜ……!」


男は、認めたくない現実を突きつけられ、絶叫する。


確かに、この世界では、ドラゴンは最強の肉体を、吸血鬼は最強の魔力を、ドワーフは最強の技術力を持つと言われている。それは紛れもない事実だ。


しかし、世界は広い。


「ええ、あなたの言っていることは、正しいわ。でも、それは、あなたの知っている世界が、狭いだけのこと」


オシアーナは、冷酷なまでに淡々と告げた。


「どういうことだ……まさか、貴様……!」


男は、恐怖に震えることしかできない。オシアーナは、これ以上、言葉を交わすのは無駄だと判断したようだ。再び杖を構え、とどめを刺そうとしている。


その瞬間、男は、幼い頃に聞いたある伝説を思い出していた。それは、はるか昔、神々が地上を支配していた時代から語り継がれる、神話……。


「あ、ああああああ!! そ、そんな……まさか、貴様は……深海の……!」


何かを言いかけた男だったが、オシアーナは容赦なく、氷属性の魔法を放った。


全身を凍てつくような冷気が包み込み、自分の身に何が起きているのかを理解した時、男は、もはや抵抗する気力すら失っていた。ただ、幼い頃に聞いた言葉を、頭の中で反芻していた。

(深海に住まう種族……神々に追放された民……その力は計り知れない……決して敵対してはならない……!)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ