80.依頼の話を始めようか
「さて、皆揃ったことだし、ぼったく…いや、依頼の話を始めようか」
「ライト様、申し訳ありませんが…先日のことのこともあり、わたくし一人だけでは、お話できませんの」
私たちは静かな部屋へと通された。本来であれば、依頼の話し合いは当事者同士で行うのが筋というものだ。しかし、先日の私の所業のせいで、聖騎士たちは私が彼女と二人きりになることを断固として許さず、彼女の護衛として同席することになったのだ。
こうして、5人の屈強な聖騎士たちに彼女を囲まれた状態になってしまった。彼女の姿はほとんど見えない。しかし、その分、私もオシアーナを同席させた。彼女は今、私の隣に座っている。私の目的は単純だ。もし話し合いの最中に相手が卑怯な真似をしてきた場合、すぐに対応できるようにするためだ。
「構いませんよ。どちらにせよ、こんな事態になったのは私の責任ですから」
私は手を振り、彼女に気にするなと伝えた。
「ではライト様、今回のご依頼ですが…吸血鬼の討伐をお願いしたいのです。報酬につきましては、ご安心ください。必ずやご満足いただける額をご提示いたします」
「…その話、聞いた時点で断ろうと思ってたんだけど」
私はため息をついた。他の依頼ならまだしも、吸血鬼の討伐となると話は別だ。
理由は簡単だ。まず、吸血鬼というものは、一般的に魔界に生息している。魔界とは、人間界にほど近い大陸のことだが、そこは辺境地帯であり、私たちがいる場所からはるばる離れている。それに、理論上、吸血鬼が人間にとって大きな脅威となることはないはずだ。なにしろ、人間界には、結界があるのだから。
むしろ、脅威を煽っているのは教会の方だ。
「聖戦」「偉大なる神のために」といった、仰々しい理由を並べ立てて、毎年莫大な資金を魔族の領土への侵攻につぎ込んでいる。そのせいで、人間と魔族の間では、多くの争いが起きているのだ。
私は、彼らのそんな行為をいつも罵倒していた。魔族が人間を嫌うのは当然のことだ。彼らを敵視することには反対しないが、だからといって、こちらから攻撃を仕掛ける必要はない。魔族の領土には、人間を守るものは何もない。そこへ行くということは、すなわち死地へ向かうようなものだ。
リスクとリターンが全く見合っていない。そんなことをするのは、頭のおかしい連中に違いない。
そして、今回の件だが…おそらく、私にも協力してほしいのだろう。だが、私はそんなことに手を貸すつもりはない! 第一、私は暗殺者だ。アークの力を使って戦うのが私のやり方だ。そんな私が吸血鬼と戦えというのか? 無理に決まっている。
しかし、プロとしての意識から、私は彼女の話を最後まで聞くことにした。
「ライト様、大変申し上げにくいことなのですが…今回の敵は、この街の中にいるのです」
「え、この街の中に…? ごぼっ!?」
私はお茶を一口飲んだ。毒が入っていないか少し心配だったが、考えてみれば、普通の毒では私には効かないだろうと思い、そのまま飲み込んだ。
しかし、彼女の言葉を聞いた瞬間、私はお茶を吹き出してしまった。
自分の耳を疑った。彼女は何と言った? この街の中に、吸血鬼がいる? きっと聞き間違えだろう。人間にとって最も清浄なはずのこの街に、吸血鬼がいるなど…。
「ラ、ライト様…?」
「ああ、すまない。ちょっと驚いただけだ。で、この街の中に吸血鬼がいるって?」
「は、はい…その通りでございます。吸血鬼はこの街の奥深くにまで侵入しておりまして…そこで、ライト様には、この問題を解決していただきたく…」
「ふぅ…ちょっと待ってくれ。なんで、君たち自身の手で対処しないんだ?」
私は疑問をぶつけた。吸血鬼を相手にするなら、教会の方がよほど経験豊富だろう。彼らが本気を出せば、しかも自分たちの縄張りであるこの街なら、多少の吸血鬼など、敵ではないはずだ。
「それが、問題なのです…」
彼女は立ち上がり、私の耳元で囁くように言った。
「実は…その吸血鬼は、教会の上層部から入り込んだ可能性が高いのです。しかし、誰一人として、そのことに気づかなかった。そのせいで、このような事態になってしまったのです」
彼女の言葉を聞いて、私は思案に暮れた。これは、難しい状況だ。依頼の内容が街の中のことなら、報酬の面から考えると、私たちにとって決して損はない。
しかし、よく考えてみてほしい。私は本当に、吸血鬼を倒せるのだろうか?
今の私は、以前と比べてはるかに強くなっている。しかし、吸血鬼を相手にできるほどの力があるとは思えない。それに、私はもうこれ以上、アークの力を使いたくない。普通の依頼は来ないのだろうか?
考えてみれば、旅に出て早々ドラゴンを倒し、その後は恐ろしい妖族と戦い、そして今度は吸血鬼ときた。まるで、人間界にいながらにして、魔界を旅しているかのようだ。
吸血鬼は、紛れもなく魔族だ。以前戦った妖族でさえ、彼らに敵うかどうか怪しい。ましてや、この街に侵入してくるような吸血鬼ともなれば、只者ではないだろう。少なくとも、吸血鬼王クラスの実力はあるはずだ。
吸血鬼は、大きく分けていくつかの階級に分けられる。最下級のものが「一般吸血鬼」、その上が「将級吸血鬼」、さらに上が「吸血鬼王」、「吸血鬼皇」、そして頂点に君臨するのが「始祖」と呼ばれる存在だ。
「始祖」ともなれば、もはや一人の人間が太刀打ちできる相手ではない。軍隊を率いていかなければ、歯が立たないだろう。もし私たちがそこで命を落としてしまったら、どんなに報酬が良くても意味がない。
「ライト様、何かお悩みですか? その点につきましては、ご安心ください。わたくしが、陰ながらお手伝いさせていただきます」
しばらくして、私はため息をつきながら言った。
「そこまで言うなら…引き受けないわけにはいかないな。ただし、報酬は高くつくぞ?」
「構いません。必ずや、ライト様にご満足いただけるだけの報酬をご用意いたします」
「それなら…」
私はオシアーナに視線を向け、何か欲しいものはないかと目で尋ねた。彼女は首を横に振り、私に任せるというように目で合図を送ってきた。
「では…即効性のある治癒薬を10本、それから、教皇令を2枚…そして最後に…光明神の加護を二人分、いただきたい」
「貴様! 夢を見るのも大概にしろ!!!」
一人の聖騎士が、ついに我慢の限界に達したようだ。他の者たちの制止も聞かず、私に怒鳴り散らした。
まあ、私自身も、自分の要求が法外なものだということは分かっている。吸血鬼皇が相手だとしても、ここまで高額な報酬を提示されることはないだろう。しかし、今ここで便乗してやらないことには、ライトの名がすたるというものだ。
「静かに」
玉座に座っていた少女が、まるで別人のように威厳に満ちた声色で言ったかと思うと、思案にふけった。
私は、彼女が口を開くのをじっと待った。
長い沈黙の後、彼女はゆっくりと口を開いた。
「こちらに、あなた様のお力が必要なのですから…ライト様のご要望、お受けいたします」




