146.何かまだ用が
「こういうことはやはり本人の同意が必要だ。たとえ蘇ったとしても、人間として生きられるわけじゃない。痛みも感じなければ、空腹も感じず、疲れさえ感じないかもしれない。
怪物として戻るか、そのまま死ぬか——この選択権は私にはない。せめて彼の意思を聞くべきだろう。」
私の言葉を聞いた彼は長い間黙り込み、やがてゆっくりと口を開いた。
「もし……本当に可能で、彼女を連れ帰れるとして……彼女が望まない場合、再び送り返すことはできるか?」
「できない。しかも、今回の代償は非常に大きい。」
アリソンの時、あんなに簡単に魂を召喚できたのは、私たちが戻ってきたのがわずか30分後で、彼女の魂がまだ冥界へ渡っていなかったからだ。
だがアナは違う。私がここに戻った時点で、彼女はすでに2日間死亡していた。さらに時間が経った今、彼女の魂はおそらく死神に回収されているだろう。
「仮に彼女が望まなくても、もう戻せない。冥界から引き戻した魂は、二度と帰れない。」
「……数十年後でも?」
「それはわからない。私も試したことがない。」
正直、私自身にも確信はなかった。冥界から魂を呼び戻すことなど、普通の人間には不可能だ。私にできたのは、闇神からの加護と、ロワが教えた方法を賭けたからに過ぎない。成功するかどうかは誰にもわからなかった。
「……実行しろ。」
劫は目を閉じ、覚悟を決めた。
「もし彼女が恨むなら、俺を恨め。全ては俺が守れなかったせいだ。」
(恨むわけないだろうが……)
私は心の中で呟いた。アナと彼の関係は、私とオシアーナにも劣らない。いや、年月を経てさらに深まっていたかもしれない。たとえ守れなかったとしても、彼女は恨みなどしない。アリソンと同じく、最も愛する人を恨むことなどありえない。
もし彼女に意識があるなら、きっと「悲しまないで」と伝えるだろう。
だが、この言葉は口にしなかった。直接会って話すべきことだと思ったからだ。
劫はアナの身体を魔法陣に安置した。私はオシアーナに結界を張らせ、外部の干渉を防いだ。
「陰陽の輪廻を司る無上の神よ、我は闇神の名において汝を召喚す。我が願いを聞き届けたまえ——」
言葉が終わらないうちに、不気味な冷風が周囲を包んだ。
「闇神の継承者、我を呼んだ理由は?」
その存在の出現に、私たちは皆震撼した。何の前触れもなく、気づけば眼前に立っていた。声を発するまで、その存在に気づきさえしなかった。
「我が寿命と引き換えに、この子を蘇らせてください。」
「陰陽を逆転させることは許されぬ。」
(やっぱりな……)
闇神の加護があるからこそ召喚できたのであって、さもなければそもそも応じてもらえなかっただろう。
だが、陰陽の逆転は世界の理に反する。ましてや私のような“偽物”にできるわけがない。これは最初から予想していたことだ。
交渉の基本は、まず過大な要求を突きつけ、段階的に条件を緩和すること。相手は折衷案を受け入れやすくなる。この手はこれまで何度も成功してきた。
だが、それが“本物の神”に通用するかどうか……。
(ダメなら諦めるしかない。殴り倒すわけにもいかん。)
「では……せめて魂だけでも?」
「…………よかろう。」
(効いたか!)
「汝の寿命百年を受け取る。」
死神は謎の素材でできた書物を取り出し、アナの名を探し出して抹消した。
(百年!? そんなに!? ぼったくりだろ!!!)
この要求の異常さに私は内心で叫んだ。私以上に“黒い”存在がいるとは……。さすがに働きアリでもここまで酷使はしない!
幸い、今の私は吸血鬼だ。寿命は少なくとも千年単位で計算される。そうでなければ、これで即死だったろう。
取引が完了すると、死神は何の未練もなく消え去り、アナの魂だけが残された。
「アナ……」
劫は状況を理解していないアナを見つめ、苦悶に満ちた表情を浮かべた。
「二人きりにしとくよ。あとで来るから。」
感動の再会の邪魔をしてはいけない。私はオシアーナの手を引き、その場を離れた。
「百年の寿命……」
オシアーナは私が払った代償に明らかに不満だった。だが、私の決断を止めるつもりはないらしく、ただ小さく呟いた。
「気にしないよ。今の俺、めっちゃ長生きできるから。むしろ長すぎるくらいだ。」
私は彼女の頭を撫でて、意に介さないことを伝えた。
(生きたいとは思うが、ここまで長くは要らんわ……)
オシアーナは生まれつきの長命種だ。彼女にとって千年単位の時間は“短い”のだろう。だが、元人間の私にはまだ感覚が馴染まない。
「次に使うなら、私の寿命を使え。」
「ダメだ。そうしたら、次はない。」
もし何度でも魂を呼び戻せるなら、私は最早死霊術師だ。今回できたのは、闇神の顔を借りたからに過ぎない。死神と取り引きを繰り返すわけにはいかない。
何より、オシアーナの寿命を使ってまでするつもりはない。これが最も重要な点だ。
「これで後は……オシアーナ?」
ふと、周囲の“何か”が消えた気配を感じ、振り向くと——
あの死神が、すぐ背後に立っていた。
「え、何かまだ用が……?」
(まさか百年では足りないとか言い出すなよ? 商売人としてあるまじき行為だぞ!)
「汝…………なぜここに堕ちた?」
「は?」
(何を言ってるんだ? 私に聞いているのか、それとも……ロワに?)
「我が意志にあらず。止むを得ざる状況なり。」
突然、私の口が勝手に動いた。どうやらこれはロワへの問いかけらしい。
(なるほど、こいつとロワは知り合いか……)
別に驚くことでもない。リリスの名を教えてくれたのも彼だった。ただ、ますます疑問が湧く——
(彼は一体何者なんだ?)




