135.黒幕
「うん、それはもっともな話だね。勉強になるよ。」
私は力強く頷いた。まさかオシアナの口からこんなに理にかなった言葉が出てくるとは思わなかった。本当に見直したよ。
ただ、なぜかオシアナはその言葉を聞いた後、怨念がこもったような表情でこちらを見ていた。……たぶん気のせいだろう、ははは。
「それでも、やっぱりこっちの方がいいと思う……。だってこれは婚約指輪だから。派手すぎるくらいの方が、地味すぎるよりはマシだろ?」
「確かに、じゃあ君の言う通りにしよう。」
どうやらチャールズのやつ、すでに準備していたらしい。そうでなければ、あの性格でこんな短時間に自分が納得できる案を決めるなんて無理だろう。
彼の性格を言葉で表すのは難しいな。多くの人が彼を「優しくて思いやりがある」と評している。それは確かに間違っていない。だけど、俺からすれば、それはむしろ「弱さ」なんじゃないかと思う。
ほかのことはさておき、好きな相手と一年間も一緒に住んでいて、何も起こらなかったという事実だけで、彼がどれほどヘタレなのかが分かる。
彼は人を傷つけることを極端に恐れている。だから、何かを決断する時にはいつも迷ってばかりで、俺が背中を押してやらなきゃいけないんだ。
だが、今回はもう結論が出た。それならいいことだ。
「ライトさん!ライトさん!」
考え込んでいると、携帯していた通信機から連絡が入った。嫌な予感がする。俺はすぐに二人の手を引いて駆け出した。
「どうした?」
「火事です!ティファニーさんが消火に当たっています!」
「了解、すぐ戻る。」
たった三時間しか離れていなかったのに、もう狙われたのか? あり得ないだろ!
一応用心して、ティファニーとタカに警備を頼んでいたはずなのに、それでも突破された? 一体何が精霊と最先端技術の防御を破ったんだ? それに、俺たちが不在だという情報はどうして漏れた?
クソッ……まさかアリスンに何かあったのか……?
「ボス、どうした?」
チャールズが俺の険しい表情を見て、すぐにただ事ではないと察した。彼の声が震えているのが分かる。
「まだ分からない。ただの火事かもしれない。料理を失敗して家を燃やしただけ……かもな。」
――奇跡は起こらなかった。
目の前に広がるのは、黒煙にまみれ、目も開けられないほどの炎の跡。
そして、その中でティファニーはまだ必死にファートと一緒に、息をしていないアリスンを救おうとしていた。
――もう、取り返しがつかない。
「オシアナ、準備を!」
「分かった。」
俺はすぐにアークを引き抜き、地面に突き立てた。次の瞬間、周囲は無限の闇に呑まれた。
そして、その中心に跪くオシアナが、誰にも理解できない呪文を唱え始める。
「よく聞け、チャールズ。ここまできたら、もう元には戻せない。だが、アリスンが未練を残したまま逝くのは絶対に許すな。分かるな?」
「オシアナと俺が協力すれば、短時間だけ冥界からアリスンの魂を呼び戻すことができる。あとは、お前が何をすべきか分かっているだろ?」
「お前の今の苦しみは理解している。でもな、アリスンの前でだけは、それを見せるな。」
言い終わると同時に、闇の中に一筋の光が差し込んだ。次の瞬間、それはアリスンの姿へと変わった。
「え……私、もしかして……?」
状況を把握できていない様子で、アリスンは目の前の三人を見つめた。
チャールズはすぐに片膝をつき、ポケットから、まだ会計も済ませていない婚約指輪を取り出した。
彼は笑顔を作ろうとしていたが、溢れる涙がすべてを物語っていた。
「……っ!」
一言発しようとしただけで、涙が止めどなく零れ落ちた。
――極度の悲しみに襲われると、人は胃が締め付けられ、最後には嘔吐してしまうことがある。
今のチャールズは、まさにそういう状態だった。
それでも彼は無理に笑顔を作った。
――だって、最愛の人にプロポーズする時に、悲しんでいる場合じゃないから。
でも、彼は何を言えばいいのか分からなかった。
婚約を誓うはずだったのに、大切な人を守れなかった。
謝罪の言葉など、今の状況では無意味だった。
そんな沈黙を破ったのは、アリスン自身だった。
「……チャールズ様が好きそうなデザインですね。でも、婚約指輪にしてはちょっと派手すぎるかも?」
彼女は微笑みながら、チャールズが選んだ指輪を取り、薬指にはめた。
「でも、すごく気に入りました。あなたと結婚したい。」
「……ただ、今はもう、できそうにないですね。」
「チャールズ様、どうか自分を責めないでください。私は――」
「おっと、感動的な場面で悪いけど、そのセリフは後で直接チャールズに言うんだな。」
俺は手を振って合図を送り、オシアナは次の手順へと移った。
彼女が呪文を唱えると、闇は指輪の中へと吸い込まれ、アリスンの魂と共に封じ込められた。
「三日後に、また会えるよ。それまでの間、魂を安定させておくんだ。あとは、俺とライト、そしてお前の夫が何とかする。」
そう言って、オシアナはその指輪をチャールズに渡した。
「聞こえただろ? 三日後に会えるんだから、まずは気持ちを落ち着けろ。」
「……これって……」
「別に不思議なことじゃないさ。ただ、お前の背中を押してやっただけだ。」
「最悪の事態を想定して準備してた。だから、アリスンの魂は確実に存在する。陰陽の別れなんて心配するな。」
――だが、ここに残された傷は、どうやって癒せばいいのだろうか?
「さて、お前は少し休め。俺は、今回のことの黒幕を突き止める。」




