133.幻覚じゃない
事実として、ドラゴン族の呪いはもはや私にとって大した問題ではない。むしろ、この呪いが私の身体を強化してくれるおかげで、それなりに助かっているというのが実情だ。
そして、何か人を化け物に変える力だなんて言われているけど、それが暗黒神の加護に勝てるものなら見せてほしいものだ。
「私がまだ君と一緒にいる理由?それは、君が何度も私を救ってくれたからだ。そして、これまで一緒に数多くの困難を乗り越えてきた。そんな君を見捨てて死なせるなんて、私には絶対できないことだ。」
「それに、最近気づいたんだ。この“成神への道”ってやつ、もしかしたら私にも深く関わっているのかもしれない。だから、いずれは君が私についてくる側になるかもしれないな。」
「最後にもう一つ。たとえ君が呪われていようと、そんなことは私にとってはどうでもいいんだ。君は君だ。呪われし者というのはただの肩書きであり、同時に君の力でもある。私たちは神々に抗おうとしているんだ。こんな力、むしろ大いに役立つだろ?」
「この旅路には希望が見えないかもしれない。でも、完全に絶望というわけでもない。私たちがまだこの地を歩き続けられる限り、私がまだ息をしている限り、どんなことがあっても君を見捨てたりしない。」
「わかったかい、可愛い子?」
「わ、わかった……」
その時、オシアナの顔は真っ赤になり、熟れたリンゴのようだった。私が彼女を放した瞬間、彼女は帽子を深く被り、顔を隠した。
「分かったならいい。さあ、行こう……」そう言いかけたところで、オシアナの顔色が変わった。私が突然動きを止めたからだ。彼女が帽子を少し持ち上げると、目の前ではついさっきまで力強く話していた私が月をじっと見つめていた。
またしても、紅い月が現れた。
右手が前回と同じように勝手に動き始め、力尽くでも止められないほどの勢いで、私の目を抉り取ろうとしていた。焦った私はすぐにアークを引き抜き、ためらうことなく自分の右手を切り落とした。
前回の経験から、これがただの幻覚だと分かっていたので、目を失うくらいなら腕を切り落とす方がマシだと判断したのだ。
「ライト!ライト!何してるの!?」
オシアナの声が現実に引き戻してくれた。空を見上げると、月はいつもの姿に戻っていた。しかし、腕から感じる激痛が私の注意を引いた。
地面には切り落とされた右手が転がり、切断面から真紅の血が滴り落ちていた。空気には鉄の臭いが漂っている。
これは……幻覚じゃない?
「ライト!ライト!!」
「ああ、大丈夫だ。」
私は地面に落ちた自分の右手を拾い、切断された部分を再び腕に押し当てた。幸い、吸血鬼の再生能力は他の種族よりも圧倒的に優れているため、これで何とかなる。普通の人間だったら、本当に障害者として生きるしかなくなっていたかもしれない。
「一体何をしているの?どうしてこんなことを……」オシアナは涙目になりながら、震える声で言った。彼女にとって、さっきの状況は異常そのものだっただろう。感動していた矢先に、私は突然自分の腕を切り落としたのだから。
「ほら、紅い月って聞いたことあるかい?」こうなった以上は、適当にごまかすこともできない。誰しもが突然自傷行為に走るわけではないのだから。私は紅い月について知る限りのことを丁寧にオシアナに説明した。もしかすると彼女なら何か知っているかもしれない、そんな期待を込めて。
説明を聞いた後、オシアナは眉をひそめた。「いいえ、そんなものを聞いたことがないわ。紅い月なんて現象、私の知る限りどんな記録にも載っていない。」
「普通なら、精神が何かに汚染されて幻覚を見ている可能性が高いわね。」
私も同じ考えだ。だが、私の精神を汚染できる存在とは一体何なのか。まさかこれもアークの副作用だったりするのだろうか?でも、仲間たちに会う前から、この症状は一度起きている。
「ちょっと調べさせて。」オシアナはそう言うと、私に頭を下げるよう促し、自分の額を私の額にぴたりとつけた。
五分ほど経ってから、彼女は不思議そうな顔をして私から離れた。「ないわ。精神には何の問題もない。」
「でも、深いところに鍵のかけられた扉が一つ見えた。そして、その鎖のいくつかは壊れていたわ。」
「まだどれくらい残っている?」
「かなり……。」
おそらくだが、オシアナが見たのは私の封印された記憶だ。彼女の言葉通りなら、私は単なる記憶喪失ではなく、それらの記憶が意図的に封じられている可能性が高い。
だが、今考えたところで仕方がない。自力で解けるなら、とっくに解いているだろう。
「さっき、私はどんな行動をしていた?ただ腕を切り落としただけか?他には何もしなかったのか?」
「何も。」オシアナは首を振りながら答え、心配そうに私の腕を見つめた。腕はすでに再生を始めている。
それはおかしい。私が見たのは、右手が私の目を抉り取ろうとしていて、それを阻止するために腕を切り落としたというものだった。
もしかして、幻覚を体験するはずが、私の意思が介入したことで現実に変わってしまったのだろうか?
それとも、この幻覚を通じて誰かが何かを伝えようとしている?だが、どちらにしろ、目を抉るなんてあんまりだし、もしこれが単なる現実だったら、オシアナに一生トラウマを与えてしまいかねない。
「もう大丈夫だ。行こう。明日も厄介な問題が山積みだからな。」
私はオシアナの肩を叩き、歩き出す合図をした。今夜の出来事は、どう考えても気味が悪い。正直なところ、普段に比べて異常に疲れている。
「本当に?」
「ああ、本当だ。今の私は、昔みたいに怪我をして薬を探さなきゃいけない体じゃないだろ?この間も見ただろう?頭が吹っ飛んでも平気だったんだ。」
「わかった……。」
私は彼女を抱き上げ、そのまま建物から飛び降りた。すると、オシアナは私にしがみついたまま動こうとせず、結局私は彼女を背負ってチャールズの家に戻る羽目になった。
家の扉の前まで来ると、見覚えのある人物が立っていた。
「ライト様、兄貴から一言伝えに来ました。もう少し準備の時間をいただきたいと。予定を明後日に変更していただけますか?」
「君は……ジェッタだな。」
「ええ、まさか私の名前を覚えてくださっているとは。」
そこにいたのは紅王の右腕であるジェッタだった。ただの伝言にこんな大物を送ってくるとは、紅王は相当気を張っているのだろう。仲間にこれ以上の被害が出ないか心配しているに違いない。
「もちろんいいさ。彼には十分な準備をしてもらいたい。全て彼の都合に合わせるよ。」
「ありがとうございます。すぐに伝えます。」
「それと……アンナのことは、本当に残念だった。」
「ええ……その言葉も兄貴にお伝えします。そして……ご協力、ありがとうございました。」




